Commentary
中国の新興企業の分析に役立つ「創業板」データ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編③
また劉・李 (2022a)では、創業板に上場する801社の経営陣2万8351人のデータ、発明者5万5204人のデータ、そして5万3482件の特許出願データを照らし合わせることにより、特許出願率の高い企業の経営陣・発明者の特徴と役割を明らかにしました。共通していたのは「2高1若」(高学歴、高ポジション、平均年齢が若い)の経営陣・発明者が、技術開発に携わりながら、企業のイノベーション力を向上させていることでした。そうして事業を拡大し、国内外にビジネス展開をしています。経営トップである会長やゼネラルマネージャーが同時に特許発明者でもある企業は、トップが発明者ではない企業に比べて特許出願率が高くなっていました。
このように、得られた知見は中国で急成長している新興企業のイノベーション政策などに有意なインプリケーションを提供できるだけではなく、日本企業のイノベーション政策にも役に立つと思われます。
リサーチクエッションを明確化してからデータ整理すること
創業板のデータを使う際の注意点は、ほかの上場企業のデータベースと同様、アクセスが容易であるために、すでに十分に使われているかもしれないということです。複数のデータベースと接続したりするなど、オリジナリティを持てるように工夫する必要があります。さきほど紹介したように、私たちの研究では特許データと接続したり、企業の経営陣のデータと発明者の情報をさらにマッチングしたりすることで、企業レベルだけではなく、特許レベル、発明者レベルでもデータセットを整備しています。今はそれぞれのデータセットを使って研究を深めています。
「データにのまれる経済学」などという言葉もありますが、データはあくまでも検証材料であり、何を検証するのかについて、自分自身のリサーチクエッションが重要になります。リサーチクエッションを明確にするためには、先行研究を大量に読まなければなりません。
自分自身の関心のある分野(好きなこと)なら、先行研究の読み込みは退屈どころか、読めば読むほど楽しくなるはずです。先行研究の不足も発見できるでしょう。リサーチクエッションが明確になれば、どのようなデータが必要なのか、どのようにデータベースを接続すべきか、オリジナリティはどこにあるのかなども明確になると思います。
データ整理は地味な作業が多いと思いますが、自分自身のリサーチクエッションさえ明確になれば大変楽しい作業になるはずです。ぜひその楽しさを体験してみてください。
参考文献:
JPX(2022)「市場区分見直しの概要」https://www.jpx.co.jp/equities/market-restructure/market-segments/index.html (2023年12月12日最終チェック)
神宮健(2009)「中国の創業板市場について」『季刊中国資本市場研究』CCMR-3 3_AU2009_07 pp.64-75 公益財団法人野村財団
劉曙麗(2013)「中国における日本企業の収益性及びその決定要因―大規模企業個票データベースからの検証」『中国経済研究』中国経済学会 第10巻第1号 95-114頁
劉曙麗(2014)「中国における企業の研究開発活動及びその決定要因の実証分析」『中国経済研究』中国経済学会 第11巻第1号 22-46頁
劉曙麗(2020)「中国における日系企業の研究開発及びその決定要因―中華系、その他外資との比較―」『福山大学経済学論集』 福山大学経済学部 第43巻 47-76頁
劉曙麗・李春霞. (2022a)「人的資本とイノベーション: 中国創業板上場企業からの検証」『経済志林』
劉曙麗・李春霞(2022b)「イノベーションと経営陣発明者の役割:中国上場企業の経営陣データと特許データの接合からの初歩分析」『経営学論集』山梨学院大学経営学部 第3号55-81頁.