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Commentary

中国の新興企業の分析に役立つ「創業板」データ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編③

劉曙麗
山梨学院大学経営学部准教授
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「中国のシリコンバレー」と呼ばれる広東省深圳市。「創業板」は深圳証券取引所に設けられた新興企業向け市場だ(写真:共同通信IMAGE LINK)
「中国のシリコンバレー」と呼ばれる広東省深圳市。「創業板」は深圳証券取引所に設けられた新興企業向け市場だ(写真:共同通信IMAGE LINK)

 私は企業のイノベーション活動について10年近く研究をしてきました。そのきっかけは、博士論文の分析からです。

 もともとは、中国およびアジア地域の経済発展について強い関心を持ち、博士論文では、30万社ある中国の企業個票データベースから日系企業を選別するデータ整理とマッチングを行い、中国における日系企業の収益の決定要因について実証分析を行いました(劉2013)。とくに研究開発活動など現地での企業活動と現地販売率の相互作用が日系企業の収益率の向上に大きな貢献をしている、ということが明らかになりました。それから、アジアの企業を対象として、イノベーション活動と企業の成長について研究を深めようと思うようになりました。

 その後、一橋大学イノベーション研究センターに赴任し、企業レベルのミクロデータを用いて企業の研究開発活動について研究を続けました。①どのような日系企業が中国で研究開発を行っているのか(劉2020)、②中国国内企業を対象に、企業規模別・企業所有形態別で企業の資本制約と輸出の効果はどうなっているか、などを明らかにしました。

 こうした研究は「鉱工業企業個票データベース」を利用しました。鉱工業企業個票データベースはとても良いリソースですが、近年(2013年頃以降)の更新は公開されていないため、最新の中国企業の研究開発についての分析に使うには限界があります。そこで中国の上場企業のデータベースを試してみましたが、中国の上場企業が研究開発を行っている比率は必ずしも高くないため、研究開発に関するデータを財務報告書に記載している企業も少なかったです。

 その後、2020年になって、中国の証券会社に勤める友人との会話の中で「もしかしたら『創業板(ChiNext)』に上場している企業は研究開発を行っている比率が高いかも」と聞き、調べてみたら大変良いリソースだと気づきました。創業板データベースとの偶然かつ運命的な出会いでした(笑)。

2009年、深圳証券取引所に設けられた新興企業向け市場

 創業板は「中国版ナスダック」や「ChiNext(チャイネクスト)」とも呼ばれ、広東省深圳市にある深圳証券取引所の新興企業向け市場のことを指します。

 中国には上海証券取引所、深圳証券取引所という2つの証券取引所があります。いずれも1990年に設立され、当初は「メインボード」のみでした。純利益や資本金などの上場条件が厳しいので、メインボードは主に国民経済を支える企業、国の重点企業、基幹産業における企業向けで、成長が見込まれる中小企業やハイテク企業はメインボードに上場して資金調達することができませんでした。2004年5月、深圳証券取引所が安定成長している中規模企業向けに「中小企業市場」を設けたとはいえ、上場条件はメインボードと同じで、成長性の高いイノベーション企業向けではありません。

 その一方、成長が見込まれる新興企業向けに資金調達の場を提供するために、1999年に中国は創業板の設立準備を始めました。ところが、2001年に米国を中心にITバブルが崩壊し、また中国のベンチャーキャピタルが未成熟であったことから、創業板の設立は延期されました。(神宮2009)。結局、創業板が深圳証券取引所に設立されたのは2009年10月でした。

 創業板への上場基準は、直近2年間が連続黒字で純利益累計1000万元以上、または直近1年間が黒字で営業収入5000万元以上、直近期末において純資産2000万元以上、株式発行後の資本金3000万元以上などです。メインボードに比べて上場基準はかなり緩和されました。創業板は成長が見込まれる新興企業の資金調達の場となっています。2022年に東京証券取引所は上場区分を見直しましたが、その中のグロース市場の設立趣旨が創業板と同じといえるかもしれません。

 創業板に上場する中国企業は成長が見込まれる中小企業やハイテク企業で、研究開発やイノベーション活動がより活発であるため、それらのデータが創業板にはそろっているという利点があります。上場企業のデータベースですので、WIND中国上場企業のデータベースから入手できると思います(https://www.wind.com.cn/mobile/EDB/en.html)。私は中国語版を利用していますが、英語版も提供されていると思います。

 創業板データのメリット・魅力は、ほかの上場企業データベースと同じく設立年、上場年、産業・所有制などの属性から、売上高、利益、株価などの財務データまでそろえているうえに、研究開発に関する情報も充実していることです。企業のイノベーション活動を分析するときには最適だと思います。

 最近、新潟県立大学の李春霞先生との共同研究で使用している創業板データについて見ると、2020年までに上場した800社の中で、上場後に研究開発費を投入した企業の比率は98.78パーセントとなっています(劉・李2022、表6)。一方で、鉱工業企業個票データベースについて見ると、研究開発費を投入した企業の比率は、中型企業で32.71パーセント、小型企業では9.60パーセントでした(劉2014、表2)。

 さらに、私たちは中国の特許データベースと接続して研究した結果、創業板の上場企業のうち、特許を出願した企業の比率は95パーセントに上ることもわかりました。中国企業のイノベーション活動について、投入(研究開発の費用など)と産出(出願、登録特許、新製品など)の分析も可能になっています。

中国企業の特許出願が急増している要因を分析

 創業板データを使用した例として、私たちの研究を2つ紹介したいと思います。

 まず、劉・李 (2022a)ではイノベーションに重要な役割を果たしている人的資本に焦点に当て、とくに研究者(発明者)、管理者職発明者の人数がもたらす影響を分析しました。近年、中国から国内外への特許出願件数が急増しています。多くの先行研究では、その要因として、資本投入、海外直接投資(FDI)、補助金などを取り上げて検証しました。しかし、資本投入の効果が低下している中で、なぜ、特許出願がかえって増加しているのかについて、十分に議論されていません。単に中国政府の補助金のサポート効果だけでは説明しきれない部分があると思われます。そこで、私たちは創業板データと特許データを接続し、パネルデータを用いて実証分析を行いました。その結果、以下の結論が得られました。

 第1に、人的資本の重要性、つまり、研究開発を行っている主体である研究者(発明者)のさまざまな貢献について、先行研究では議論されていない重要なファクターを検証できました。研究開発している発明者の人数が多いほど、また管理職発明者の人数が多いほど、さらには従業員数に占める発明者数の比率(企業の研究開発チームの相対的な規模)が大きいほど、企業のイノベーションの産出の数と質に貢献するとわかりました。

 第2に、資本投入については、イノベーションの数の増加に効果がある一方、質の向上には貢献していません。資本投入は重要ですが、イノベーションの質に対する効果は大きくないことが明らかになりました。

 第3に、国有企業の場合、人材駆動型ではなく資本依存型のイノベーションが多く見られますが、研究開発部署の相対的な規模の大きさや、研究開発・技術発明に深い理解のある管理職の人数の多さがイノベーションの数も質も促進する要因となっていました。

 このように、先進国を対象とした従来の研究では見られない特徴があることを明らかにすることができました。とくに資本投入と人的資本(発明者人数、管理職発明者など)の異同を検証することができました。

 また劉・李 (2022a)では、創業板に上場する801社の経営陣2万8351人のデータ、発明者5万5204人のデータ、そして5万3482件の特許出願データを照らし合わせることにより、特許出願率の高い企業の経営陣・発明者の特徴と役割を明らかにしました。共通していたのは「2高1若」(高学歴、高ポジション、平均年齢が若い)の経営陣・発明者が、技術開発に携わりながら、企業のイノベーション力を向上させていることでした。そうして事業を拡大し、国内外にビジネス展開をしています。経営トップである会長やゼネラルマネージャーが同時に特許発明者でもある企業は、トップが発明者ではない企業に比べて特許出願率が高くなっていました。

 このように、得られた知見は中国で急成長している新興企業のイノベーション政策などに有意なインプリケーションを提供できるだけではなく、日本企業のイノベーション政策にも役に立つと思われます。

リサーチクエッションを明確化してからデータ整理すること

 創業板のデータを使う際の注意点は、ほかの上場企業のデータベースと同様、アクセスが容易であるために、すでに十分に使われているかもしれないということです。複数のデータベースと接続したりするなど、オリジナリティを持てるように工夫する必要があります。さきほど紹介したように、私たちの研究では特許データと接続したり、企業の経営陣のデータと発明者の情報をさらにマッチングしたりすることで、企業レベルだけではなく、特許レベル、発明者レベルでもデータセットを整備しています。今はそれぞれのデータセットを使って研究を深めています。

 「データにのまれる経済学」などという言葉もありますが、データはあくまでも検証材料であり、何を検証するのかについて、自分自身のリサーチクエッションが重要になります。リサーチクエッションを明確にするためには、先行研究を大量に読まなければなりません。

 自分自身の関心のある分野(好きなこと)なら、先行研究の読み込みは退屈どころか、読めば読むほど楽しくなるはずです。先行研究の不足も発見できるでしょう。リサーチクエッションが明確になれば、どのようなデータが必要なのか、どのようにデータベースを接続すべきか、オリジナリティはどこにあるのかなども明確になると思います。

 データ整理は地味な作業が多いと思いますが、自分自身のリサーチクエッションさえ明確になれば大変楽しい作業になるはずです。ぜひその楽しさを体験してみてください。

参考文献:

JPX(2022)「市場区分見直しの概要」https://www.jpx.co.jp/equities/market-restructure/market-segments/index.html (2023年12月12日最終チェック)

神宮健(2009)「中国の創業板市場について」『季刊中国資本市場研究』CCMR-3 3_AU2009_07 pp.64-75 公益財団法人野村財団

劉曙麗(2013)「中国における日本企業の収益性及びその決定要因―大規模企業個票データベースからの検証」『中国経済研究』中国経済学会 第10巻第1号 95-114頁

劉曙麗(2014)「中国における企業の研究開発活動及びその決定要因の実証分析」『中国経済研究』中国経済学会 第11巻第1号 22-46頁

劉曙麗(2020)「中国における日系企業の研究開発及びその決定要因―中華系、その他外資との比較―」『福山大学経済学論集』 福山大学経済学部 第43巻 47-76頁

劉曙麗・李春霞. (2022a)「人的資本とイノベーション: 中国創業板上場企業からの検証」『経済志林』

劉曙麗・李春霞(2022b)「イノベーションと経営陣発明者の役割:中国上場企業の経営陣データと特許データの接合からの初歩分析」『経営学論集』山梨学院大学経営学部 第3号55-81頁.

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