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Commentary

中国の新興企業の分析に役立つ「創業板」データ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編③

劉曙麗
山梨学院大学経営学部准教授
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「中国のシリコンバレー」と呼ばれる広東省深圳市。「創業板」は深圳証券取引所に設けられた新興企業向け市場だ(写真:共同通信IMAGE LINK)
「中国のシリコンバレー」と呼ばれる広東省深圳市。「創業板」は深圳証券取引所に設けられた新興企業向け市場だ(写真:共同通信IMAGE LINK)

 創業板データのメリット・魅力は、ほかの上場企業データベースと同じく設立年、上場年、産業・所有制などの属性から、売上高、利益、株価などの財務データまでそろえているうえに、研究開発に関する情報も充実していることです。企業のイノベーション活動を分析するときには最適だと思います。

 最近、新潟県立大学の李春霞先生との共同研究で使用している創業板データについて見ると、2020年までに上場した800社の中で、上場後に研究開発費を投入した企業の比率は98.78パーセントとなっています(劉・李2022、表6)。一方で、鉱工業企業個票データベースについて見ると、研究開発費を投入した企業の比率は、中型企業で32.71パーセント、小型企業では9.60パーセントでした(劉2014、表2)。

 さらに、私たちは中国の特許データベースと接続して研究した結果、創業板の上場企業のうち、特許を出願した企業の比率は95パーセントに上ることもわかりました。中国企業のイノベーション活動について、投入(研究開発の費用など)と産出(出願、登録特許、新製品など)の分析も可能になっています。

中国企業の特許出願が急増している要因を分析

 創業板データを使用した例として、私たちの研究を2つ紹介したいと思います。

 まず、劉・李 (2022a)ではイノベーションに重要な役割を果たしている人的資本に焦点に当て、とくに研究者(発明者)、管理者職発明者の人数がもたらす影響を分析しました。近年、中国から国内外への特許出願件数が急増しています。多くの先行研究では、その要因として、資本投入、海外直接投資(FDI)、補助金などを取り上げて検証しました。しかし、資本投入の効果が低下している中で、なぜ、特許出願がかえって増加しているのかについて、十分に議論されていません。単に中国政府の補助金のサポート効果だけでは説明しきれない部分があると思われます。そこで、私たちは創業板データと特許データを接続し、パネルデータを用いて実証分析を行いました。その結果、以下の結論が得られました。

 第1に、人的資本の重要性、つまり、研究開発を行っている主体である研究者(発明者)のさまざまな貢献について、先行研究では議論されていない重要なファクターを検証できました。研究開発している発明者の人数が多いほど、また管理職発明者の人数が多いほど、さらには従業員数に占める発明者数の比率(企業の研究開発チームの相対的な規模)が大きいほど、企業のイノベーションの産出の数と質に貢献するとわかりました。

 第2に、資本投入については、イノベーションの数の増加に効果がある一方、質の向上には貢献していません。資本投入は重要ですが、イノベーションの質に対する効果は大きくないことが明らかになりました。

 第3に、国有企業の場合、人材駆動型ではなく資本依存型のイノベーションが多く見られますが、研究開発部署の相対的な規模の大きさや、研究開発・技術発明に深い理解のある管理職の人数の多さがイノベーションの数も質も促進する要因となっていました。

 このように、先進国を対象とした従来の研究では見られない特徴があることを明らかにすることができました。とくに資本投入と人的資本(発明者人数、管理職発明者など)の異同を検証することができました。

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