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Commentary

ウクライナ問題でのすれ違いを回避した中露共同声明
「平和の友」グループの盛り込みから見える配慮

熊倉潤
法政大学法学部国際政治学科教授
国際関係
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「平和の友」グループという文言が今回の共同声明に盛り込まれたことは、ロシア側も中国の主張にある程度の理解を示さざるをえなくなってきたことを示唆している。写真は北京市内のロシア向け国際物流会社の看板。2025年5月8日(共同通信社)
「平和の友」グループという文言が今回の共同声明に盛り込まれたことは、ロシア側も中国の主張にある程度の理解を示さざるをえなくなってきたことを示唆している。写真は北京市内のロシア向け国際物流会社の看板。2025年5月8日(共同通信社)

国際政治において目下重大なのは、「ウクライナ危機」(当然ながらウクライナ侵攻という表現は使われていない)に関する箇所であろう。該当の箇所は一段落のみで、それほど長くない。その箇所を中国語の原文に基づいて訳すと次のようになる。なお、共同声明にはロシア語の原文もあり、当該箇所はロシア語では二段落に分かれており、中国語より少し長く見えるが、当然ながら内容はほぼ同じであり、ニュアンスも大きく異なるということはない[2]

(中国語原文)為穏歩持久解決烏克蘭危機,双方認為必須在充分完全遵循《聯合国憲章》原則基礎上消除危機根源,恪守安全不可分割原則,兼顧各国合理安全利益和関切。為此,双方支持一切有利於争取和平的努力。俄方積極評価中方在烏克蘭問題上的客観公正立場,歓迎中方願為通過政治外交途径解決烏克蘭危機発揮建設性作用。中方将継続通過“和平之友”小組等平台致力於推動危機政治解決[3]

(中国語原文からの日本語訳:訳は筆者による)
ウクライナ危機を安定的かつ持続的に解決するため、双方は、「国連憲章」の原則を十分かつ完全に遵守することを前提に、危機の根源を取り除き、安全保障の不可分性の原則を守り、すべての国の正当な安全保障上の利益と懸念に配慮しなければならないと認識する。このため、双方は平和の実現に資するあらゆる努力を支持する。ロシア側はウクライナ問題に対する中国側の客観的かつ公正な立場を高く評価し、中国が政治的、外交的手段によってウクライナ危機の解決に向けて建設的な役割を果たそうとしていることを歓迎する。中国側は、「平和の友」グループなどのプラットフォームを通じて危機の政治的解決に向けた取り組みを継続する。

要点としては、ロシアの「安全保障上の利益と懸念」に中国が理解を示し、中国の立場をロシアが評価している。「国連憲章を完全に遵守する」という前提は、以前の共同声明でも言及されていた。中国外交の原則であり、開戦当初から中国側がこだわり続けていたポイントである[4]。ただし、中国側がこの関連で繰り返し主張している「主権と領土的一体性の尊重」は、「ウクライナ危機」の箇所には盛り込まれていない。「主権と領土的一体性」に関しては、最近では2025年2月のミュンヘン安全保障会議において、王毅が「習近平の4点の主張」の1点目として指摘したことで知られる[5]。これはウクライナを含むあらゆる国の「主権と領土的一体性」の尊重ということであり、クリミア、さらにはウクライナの東部4州を編入しようとしてきたロシアの主張と衝突する部分である。ロシアには到底受け入れられるものではない。

一方、中国側の主張が受け入れられた点としては、共同声明の当該箇所の最後にある「平和の友」グループ(“和平之友”小組)云々という文言がある。この文言は、昨年5月の共同声明には存在せず、今回新たに盛り込まれた。中国は昨年5月の中露首脳会談後、ブラジルとともに「ウクライナ危機の政治的解決に関する共通認識」6項目を提起するなど、ウクライナ和平に向けブラジルらとともに仲介外交を画策してきた。中国の主張では、中国はブラジルなどいわゆるグローバルサウスの国々と「平和の友」グループをつくってきたとされている。その一方で、ロシアは中国とブラジルの「共通認識」6項目に対し、すぐに同調することはできず、一説には冷ややかな見方をしているとも言われてきた。そうしたなか、「平和の友」グループという文言が共同声明に盛り込まれたことは、ロシア側も中国の主張にある程度の理解を示さざるをえなくなってきたことを示唆している。

中国からすれば、「平和の友」グループを通じた影響力の行使が、ロシアとの共同声明で公式に承認されたことになる。今後ますます中国のグローバルサウスを巻き込んだ動きが注視されるだろう。

[1] 中華人民共和国外交部「習近平同俄羅斯総統普京共同会見記者」2024年5月16日。https://www.mfa.gov.cn/web/wjdt_674879/gjldrhd_674881/202405/t20240516_11305615.shtml (2025年6月9日最終閲覧)

[2] ロシア語の原文は以下参照。Официальные сетевые ресурсы Президента России. «Совместное заявление Российской Федерации и Китайской Народной Республики о дальнейшем углублении отношений всеобъемлющего партнерства и стратегического взаимодействия в новую эпоху в ознаменование 80-летия Победы Советского Союза в Великой Отечественной войне, Победы китайского народа в Войне сопротивления японской агрессии и образования Организации Объединенных Наций», 8 мая 2025 года. http://kremlin.ru/supplement/6309(2025年6月9日最終閲覧)

[3] 中華人民共和国中央人民政府「中華人民共和国和俄羅斯聯邦在紀念中国人民抗日戦争、蘇聯偉大衛国戦争勝利和聯合国成立80周年之際関於進一歩深化中俄新時代全面戦略協作伙伴関係的聯合声明」2025年5月9日。https://www.gov.cn/yaowen/liebiao/202505/content_7023051.htm(2025年6月9日最終閲覧)

[4] 詳細は拙稿参照。熊倉潤「ロシアと中国──両国の関係はウクライナ侵攻で変わるのか──」『大国間競争時代のロシア』研究会報告書、日本国際問題研究所、2023年、180-181ページ。https://www.jiia.or.jp/pdf/research/R04_Russia/01-11.pdf

[5] 4点の主張とは、各国の主権と領土的一体性の尊重、国連憲章の遵守、各国の安全保障への合理的な関心の重視、平和のためのあらゆる努力への支持。中華人民共和国外交部「王毅闡述中方在烏克蘭危機上的立場」2025年2月15日。https://www.mfa.gov.cn/web/wjdt_674879/gjldrhd_674881/202502/t20250215_11555646.shtml(2025年6月9日最終閲覧)

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