Commentary
石破茂新政権の成立と日中・日台関係
本格始動に至るまでの課題と関門
石破茂政権の成立と日中関係
石破政権が成立すると習国家主席は祝電を送った。そこでは「一衣帯水」(両国が極めて近接していることのたとえ)などといった日中関係を好意的に見る言葉が盛り込まれた。だが、中国国防部は石破首相の持論であるアジア版NATO(北大西洋条約機構)などには強く反発している。ただ、石破首相は所信表明演説でアジア版NATOなどには言及していない。
石破首相は、その所信表明演説において、中国について次のように述べた。「中国に対しては、「戦略的互恵関係」を包括的に推進し、あらゆるレベルでの意思疎通を重ねてまいります。一方、中国は、東シナ海や南シナ海における力による一方的な現状変更の試みを、日々、強化しております」。また「我が国として主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めつつ、諸懸案を含め対話を行い、共通の諸課題については協力する、「建設的かつ安定的な関係」を日中双方の努力で構築していきます」。これらの言葉は、基本的に岸田政権と同じである。つまり岸田政権の対中政策を継承すると述べたのである。これは後述するように、岸田政権の積み残した外交課題もそのまま継承することを意味する。なお、石破総理は「先月には、幼い日本人の子供が暴漢に襲われ、尊い命を失うという痛ましい事件が起きました。これは断じて看過しがたいことです」とも述べたが、これは中国に対して意見を言うべき時にははっきり言う、ということを示そうとしたものと思われる。
中国側はこの所信表明演説の内容を好意的に受け止めているようである。たとえアジア版NATOを持論にしていても、靖国神社参拝を公約した高市候補よりも良いと思われたのかもしれないし、台湾の民進党政権との関係性が強い清和会と距離をとっていることが好意的に受け止められたのかもしれない。
日中首脳間の電話会談と石破−李強会談
前述のように、2018年5月習国家主席と安倍総理との電話会談が行われたが、これは最初の中国の国家主席と日本の首相との電話会談だった。また、この直後に李克強首相が来日したことからも、この電話会談が中国国内における対日関係「改善」へのゴーサインであったと見られる。
その後、菅義偉政権、岸田政権が成立した時にも、習国家主席からの祝電だけではなく、電話会談が行われてきた。中国では、少なくとも表面的には、日中関係改善のシグナルが点灯し続けているとも言える。しかし、目下のところ、石破総理に対しては習国家主席からの祝電は打たれていても、電話会談は行われていないようだ。これは中国の関係改善シグナルが止まったということなのか、目下のところわからない。
だが、10月10日、ラオスにて石破総理と李強首相との間の首脳会談が実現した。そこでは改めて「戦略的互恵関係」、「建設的かつ安定的な関係」といった言葉が再確認された。だが、それ以外の会談内容については日中双方の公表内容に相違がある。日本側は深圳や蘇州の事件、また中国の海洋進出などについての懸念を表明していたとしているが、中国側のそれには見られない。また、中国側の記録では石破首相が日本にはデカップリングの意図はないと述べたことになっているし、台湾問題について日中共同声明で述べた立場を堅持するとも述べたことになっているが、日本側の公表記録にはそれがない。いずれにせよ、岸田政権までの対中政策が継承されており、また「戦略的互恵関係」とはいっても具体的にどのような内容をそこに盛り込むのかという岸田政権の課題もまた同様に継承されたということになる。
日本外務省の記録では、「引き続き首脳レベルを含むあらゆるレベルで重層的に意思疎通を重ねていく」ことを両首脳が確認したという。回復した日中戦略対話などの事務レベルだけでなく、自民党幹事長となった森山裕議員を中心とした日中議連による議員交流が進む可能性もある。しかしながら、深圳の事件などの影響もあり、日本社会が中国に向ける視線は以前にまして極めて厳しくなっており、選挙を控える石破新政権の中国との関わり方には相当な慎重さが求められるであろう。