トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

香港ポップスの歌詞が描き出す「東京」の表象
林夕・黄偉文・陳少琪のヒットソングに共通するもの

銭俊華
東京大学大学院総合文化研究科博士課程
社会・文化
印刷する
香港のポピュラーソングは、いつも香港人のそばにある。その歌の世界に「東京」もしばしば現れる(写真:PIXTA)
香港のポピュラーソングは、いつも香港人のそばにある。その歌の世界に「東京」もしばしば現れる(写真:PIXTA)

 「東京」という表象をとおして恋の旅を歌うほかに、東京で迷うことも歌われている。林夕の「迷失表參道」(2007年)では、表参道で「酔っていないのに/なぜか転んでしまった」「私」は、「泊まる東武〔ホテル〕を探そうと/なぜか迷ってしまった」。「私」は「懐かしく思う西武〔百貨店〕を探し/ここで抱きしめたことがある」ことを思い出した。なるほど、探せないのは道ではなく好きな人だった。「帰り道が見つからず/表参道にたどり着いた/月の光が街を掃き/黄葉が舞っている」という寂しい光景では、「私」は自分をこう慰める。「だったらぶらぶらと歩こう/街灯を数えてみていい/探したいものは見つからなければ/忘れていい」。

 表参道でランチを選ぶのに迷うこともあるかもしれないが、表参道自体に迷うことはないだろうとグーグルマップに恵まれている筆者は思う。ただし、新宿の地下街で迷ってしまうことには共感できる。黄偉文の「地下街」(2004年)は、許されない恋愛を描いている。「新宿には10万人も行き交う/なぜか知り合いと出くわした/2人が街角で抱き合いながらキスするのはなぜと聞かれた」。このように、2人の密会が知人にばれた。そしてその恋は地下へと移った。中国語圏では秘密にすべき恋を「地下情」と呼ぶ。地下街のイメージを活用し、隠された「地下情」を表現するのにぴったりだ。黄偉文は地下街の特徴をどのように活かし、「地下情」を描いているのか。以下のフレーズを見てみよう。

 商店街が沈んだ/君と僕につくるため/終わりがない迷宮を/出口を見つけられなくてもいい/一生終点には至らなくても/迷宮の中で君は僕と一緒にいなければならない

 この「東北西南終わりなく広がる」地下街には実際にはよく見られるラーメン店やパン屋、花屋、本屋などが歌詞にも登場する。物理的な迷いと心理的な迷いを地下街の描写で表現し、さらに地下街というイメージが作品全体に貫かれている点は評価されるべきであろう。

香港人の東京に対する理解は消費文化にとどまらない

 以上の歌詞から見える「東京」の特徴を一言でまとめると、「消費文化」であろう。旅行、グルメ、ショッピング、ホテル滞在などをつうじて恋が描かれている。

 林振強の「新宿物語」(1985年)、「六本木的榻榻米」(1990年)、林夕の「新宿愛的故事」(1994年)、「再見二丁目」(1997年)、甄健強の「成田空港」(2001年)、林若寧の「青山散步」(2009年)もそうである。林夕の「郵差」(1999年)、「富士山下」(2006年)、「上次坐飛機」(2006年)、「花無雪」(2007年)、黄偉文の「目黒」(2004年)、梁柏堅の「赤城千葉」(2009年)などは、東京での秋の黄葉や冬の雪景色など、香港では体験しにくいロマンティックな情景を描いているが、旅行や恋愛の枠組みを超えていない。ポップソング自体も一種の「消費文化」なので、そこから見える「東京」も大衆向けの商品のデザインのようなものであろう。

 ただし、香港人の東京に対する理解は消費文化にとどまっていない。次回では香港の現代詩における「東京」を見てみよう。

(注1)海外移住の情報を提供する「MoveHub」の「World’s Biggest Travellers in 2017」を参照(https://www.movehub.com/blog/worlds-biggest-travellers/ 2023年12月4日最終閲覧)。

(注2)日本政府観光局「日本の観光統計データ」に基づき筆者が算出(https://statistics.jnto.go.jp/ 2023年12月4日最終閲覧)。

1 2 3
ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.