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Commentary

香港とマラヤ(マレーシア)を結ぶ意外な文化交流
戦前の中文図書ビジネスと戦後の華語文芸雑誌

谷垣真理子
東京大学大学院総合文化研究科教授
社会・文化
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マレーシア・クアラルンプールにある陳氏書院。中国からこの地に渡ってきた陳一族の祖先を祀る(筆者撮影)
マレーシア・クアラルンプールにある陳氏書院。中国からこの地に渡ってきた陳一族の祖先を祀る(筆者撮影)

 こうした中文図書ビジネスを一歩進めて華語文芸雑誌を発行したのが、友聯社でした。友聯社は「美元(米ドルの意)団体」、「緑背(米ドル札は緑が基調。緑背はアメリカの支援を受けたという意)団体」の1つです。冷戦期、アメリカは世界規模で文化広報宣伝活動を展開し、フォード財団やアジア財団は積極的にアジアで文化活動を支援しました。

 友聯社は、対外的にはチャイナ・ウォッチングの基地としての友聯研究所(Union Research Institute:URI)が有名でした。冷戦期の香港は、西側諸国が「竹のカーテン」の向こう側の中華人民共和国(以下、中国)を観察するための「窓」の役割を果たしていました。この時期、チャイナ・ウォッチャーの聖地といわれたのが、1940年代末に創立された友聯研究所と、1963年にアメリカの現代中国研究の立て直しのために創立された大学服務中心(Universities Service Centre:USC)でした。

 ただし、香港や東南アジアの華人コミュニティーに大きな影響を与えたのは、友聯社が1952 年に発刊した『中国学生周報』でしょう。『中国学生周報』は、香港や中国大陸、海外の各地の華僑学校のニュース、台湾への進学情報などを掲載し、青年や学生からの投稿も多く掲載しました。当時、青年や学生を読者層として企画された出版物はほかにはなく、瞬く間に人気を博しました。1952年7月の創刊号は4面でしたが、その年の12月の第2週から8面構成となりました。『中国学生周報』の編集に携わった羅卞によれば、創刊1周年の際には、当初の数百部から2万部となり、台湾や東南アジアと欧米の華人コミュニティーに販売網を築きました。

 『中国学生周報』は香港域内にとどまらず、香港版を基本にして、シンガポール・マラヤ版、ミャンマー版、インドネシア版が作られて各地へと送られていきました。このような背景のもと、1956年に友聯社はマラヤ連邦とシンガポールでの業務の拡大を決定したのです。

華語文芸誌を支え続けた「友聯社」の活動

 現地で業務の立ち上げには、友聯社の創立期のコアメンバーが当たりました。第一陣として余徳寛、陳思明、邱然と奚会暉がマラヤに行き、その後、王健武、張海威、姚拓、古梅、黄崖、黎永振などがマラヤで活動しました。

 商業的な成功を期待できない華語文芸誌『蕉風』を、マラヤ/マレーシアの友聯社がグループとして支えました。そもそも、友聯社が最も成功した「美元団体」と呼ばれたのは、「友聯文化事業有限公司」として企業化されたことが大きな要因でした。アメリカからの支援は無制限に続くものではありませんでした。

 マラヤ/マレーシアでの友聯社の稼ぎ頭は、華語教育関係の参考書や教科書でした。『蕉風』に先立って華文科目の参考書となる『友聯活葉文選』が販売されました。『友聯活葉文選』は、シンガポールおよびマラヤ向けに129 編の文学作品を収めて出版されました。香港と同様に解題や注釈が正確で詳しく、レイアウトや印刷も美しく、全文口語訳されていました。

 さらに、第二陣でマラヤに渡った王健武は10年現地に滞在し、友聯社に自前の印刷所を建設しました。その際に活用されたのが、王の中国大陸時代の浙江大学付属中学や国立中央大学のネットワークです。地元の教員と協力して実情にあった教科書を作成・印刷し、友聯社の財政に寄与しました。この結果、『蕉風』の印刷はグループ関連会社に任せることができ、タイプ、組版、印刷という出版に際しての基本的な問題がクリアされました。また、『蕉風』の編集部は『学生周報』(『中国学生周報』のシンガポール・マラヤ版)を兼ねていました。

 これに加えて、『蕉風』が長命を保ったのは、友聯社が現地での読者との間に築かれた学友会ネットワークが重要であったように思います。『学生周報』はシンガポールやマラヤの各都市に拠点をつくり、華語中学(中高一貫)から優秀な学生を通訊員にスカウトし、香港と同様に合唱団や劇、文芸創作などの課外活動的活動を提供しました。夏のキャメロン高原でのサマーキャンプは多くの学友の忘れえぬ思い出となりました。学友ネットワークは『蕉風』販売網となり、 学友は『蕉風』の読者層として定着しました。学友の中には、『蕉風』の編集に参加し、自らが馬華文学を創作し、作家となった者もいます。

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