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Commentary

1980年代の中国はソ連・東欧をどう見ていたか
新刊紹介:『改革開放萌芽期の中国』(晃洋書房)

中村元哉
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授
社会・文化
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中国では「社会主義核心価値観」が至るところに掲げられている。「富強」「民主」「文明」「和諧」「自由」「平等」「公正」「法治」「愛国」「敬業」「誠信」「友善」の12の2字熟語からなる(筆者撮影/2019年、鄭州にて)
中国では「社会主義核心価値観」が至るところに掲げられている。「富強」「民主」「文明」「和諧」「自由」「平等」「公正」「法治」「愛国」「敬業」「誠信」「友善」の12の2字熟語からなる(筆者撮影/2019年、開封にて)

 ただし、政治体制改革の程度がソ連の改革、とりわけゴルバチョフの改革のように民主化を促す程度にまで至ってよいのかについては、意見を異にした。その際のポイントの1つは、ソ連の民主化の基盤になりうると考えられた、人民の政治参加によるソ連型自治とその改革の方向性をどう評価するのか、だった。

 そして、中国の知識人たちは、中国に先行して、もしくは同時進行で諸改革に取り組んでいた東欧諸国の自治のあり方にも注目した。とりわけ、国家と社会の関係がソ連と異なっていたポーランドやユーゴスラヴィアの自治、つまり、自由労組「連帯」が取り締まられた後も官製労組で労働者の利益表出が継続されたポーランド型自治や、企業における労働者の自主管理を基本とするユーゴスラビア型自治には、強い関心を示した。しかし同時に、不思議なこともある。それは、自治と民主化の関係を論じる際に、自らの代表をどのように選出するのかという選挙制や、その先にある多党制について何らかの議論があってもよさそうだが、そうした議論は知識人のレベルでもあまり見られなかった、ということである。

 より詳細な内容については本書を是非参照していただきたいが、本書をつうじて「1980年代の中国が当時のソ連や東欧諸国にどこまで共鳴し、どこから反発したのか」という一端はうかがい知れるのではないか、と期待している。

改革開放史研究という「新芽」はこれから成長する

 私たち学者は、研究を深めれば深めるほど、新たな事実に遭遇する。その1つが、改革開放初期の1980年代を歴史化するにあたり、中華人民共和国期の社会主義化のプロセス(1950年代~1970年代)に加えて、中華民国期(1910年代~1940年代)の思想・学術・文学および政治体制史を射程に入れなければ、改革開放初期の歴史を完全にはひもとけない、ということである。

 たとえば、1980年代の思想を牽引した一部の知識人は、民国期の学術の遺産を直接引き継いでいる。あるいは、人民共和国がソ連の直接選挙制をそのまま導入しなかったのは、民国期に何度か実践された直接選挙制に対する負のイメージが作用していたからかもしれない(ちなみに、男女普通選挙が制度化されたのは民国期の1936年、日中戦争の前年である)。

 現代中国の起源としての改革開放期を歴史化する作業は、端緒についたばかりである。その改革開放史研究という「新芽」は、史料公開という「日光」を十分には浴びれない状態にあったとしても、これまでに蓄積されてきた豊かな現代中国研究の「土壌」から養分を吸収し、他地域との比較研究という確かな「農法」を組み合わせながら、懸命に上方へと伸びようとしている。その過程で、中華民国史へと至る「根」が頑強になればなるほど、「新芽」はより成長することだろう。現在の中国をわかりやすく説明する「花」が咲くまでにはまだ時間がかかるが、そのときまでもう少し待ってくだされば幸いである。

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