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Commentary

1980年代の中国はソ連・東欧をどう見ていたか
新刊紹介:『改革開放萌芽期の中国』(晃洋書房)

中村元哉
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授
社会・文化
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中国では「社会主義核心価値観」が至るところに掲げられている。「富強」「民主」「文明」「和諧」「自由」「平等」「公正」「法治」「愛国」「敬業」「誠信」「友善」の12の2字熟語からなる(筆者撮影/2019年、鄭州にて)
中国では「社会主義核心価値観」が至るところに掲げられている。「富強」「民主」「文明」「和諧」「自由」「平等」「公正」「法治」「愛国」「敬業」「誠信」「友善」の12の2字熟語からなる(筆者撮影/2019年、開封にて)

 もちろん、「言うは易し、行うは難し」である。関連する史料が公開されていない現状では、中国政治史研究という正攻法の手法は採りづらい。どうしても、迂(う)回した方法が採用されることになる。その有力な方法の1つが、政治改革という本丸の周辺から関連情報を発信した知識人たちの思想動向を分析することである。周辺は周辺であって本丸ではないというのは真実だが、周辺の動向が本丸の動向と無縁だったわけでもない。

 以上のような学術的背景の下、私は、研究プロジェクト「中国の改革開放萌芽期の再検討」(2021-2025年度科研A)を企画することにした。このプロジェクトは、中国近現代史研究者や現代中国研究者のみならず、ソ連史研究者・東欧史研究者・ヨーロッパ政治研究者からも助言と協力を得ている。

 その理由は、本丸の周辺から読み取れる思想動向のうち、本丸に少しでも近づける「当時のソ連観や東欧観」を精査したかったからである。本丸にいた中枢の人たちは、同時代のソ連や東欧の政治情勢を注視しながら、どのような政治改革をどこまで実施できるのかを模索していたことから、その本丸に向かって、周辺にいた知識人がどのようなソ連観や東欧観を投げかけていたのかを知ることは有益であろう。

ソ連や旧・東欧諸国をどのように観察していたのか

 この研究プロジェクトは、まだ道半ばである。それでも、暫定的とはいえ、以下のキーワードが浮上しつつある。これらのワードは、当時の中国をソ連や東欧諸国と比較した際に、中国でも重視されていたもの、もしくは、中国ではほとんど重視されていなかったものである。

 党の権力、国家と自治、労働者の自主性、民主と法治(「民主と法制」ないしは「社会主義的法治国家」)、多党制、選挙制、幹部制(人材の育成と任用)、公開性

 これらのキーワードに即して当時の思想状況を整理した中間成果が、このほど晃洋書房から刊行された『改革開放萌芽期の中国――ソ連観と東欧観から読み解く』である。

中村元哉編『改革開放萌芽期の中国――ソ連観と東欧観から読み解く』(晃洋書房、2023年)
中村元哉編『改革開放萌芽期の中国――ソ連観と東欧観から読み解く』(晃洋書房、2023年)

 本書が明らかにしたことは、次のような事実である。

 中国のソ連研究者は、集権化へと向かったスターリンの諸改革を否定し、その集権化の是正に取り組んだフルシチョフの改革を部分的に肯定しながらも不完全だった、とみなした。こうした大まかなソ連観を背景にして、中国の知識人たちは、中国がまず経済改革に取り組むにしても、中国共産党があらゆる領域を指導(「領導」)する硬直した政治体制を柔軟なものへと組み替えなければならず、そのためには党の権力を一定程度縮小せざるを得ない、と認識した。

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