Commentary
中国社会の自己認識と改革開放史研究
改革開放を歴史化する新たな潮流を読み解く
ちなみに、一つだけ細かなことを指摘しておきたい。それは、呉敬璉が中華民国期から中華人民共和国期にかけて経済学を牽引(けんいん)した孫冶方(そんやほう、1908-1983年)や顧準(こじゅん、1915-1974年)から薫陶(くんとう)を受け、その学問的蓄積が彼をリベラルな経済学者へと押し上げていった、ということである。つまり、改革開放史は、かつての民国史の延長線上にも位置づけられる、ということである。『孫冶方文集』(全10巻、孫冶方文集編輯委員会編、知識産権出版社、2018年)が編纂(へんさん)されたことに象徴されるように、中国の一部の研究者たちは、民国史と改革開放史との関連性を意識している。この研究動向には、日本の中国研究者も共感している(「1980年代の中国はソ連・東欧をどう見ていたのか」も参照のこと)。
こうして中国の研究者は、制約のある学術環境下にあっても、国際学術交流の場で、世界の学者と対話可能な改革開放史研究を芽生えさせつつある。それどころか、かつての中国では想定されていなかった学説も打ち出されている。たとえば、中国人民解放軍の元上校で『歴史の軌道を変える――「混乱を鎮めて正常に戻す」から改革開放へ(中華人民共和国史 第10巻)』(香港中文大学中国文化研究所當代中国文化研究中心、2008年)の著者として知られる蕭冬連(しょうとうれん)の学説である。蕭は『道を探す役目――中国の経済改革:1978年から1992年まで』(社会科学文献出版社、2019年)で、中国の改革には実は青写真など存在しなかった、と実証的に述べた。この学説は日本や欧米圏の後追いではあるが(丸川知雄『現代中国経済』有斐閣、2013年、66-67頁)、中国の研究者が中国で提起したこと自体が興味深い。
中国と世界の研究者は、改革開放史をめぐる国際学術交流をますます必要としている。そして、そこで得られた共通の理解が中国社会でどのような化学変化を引き起こすのかを観察することが大切であろう。
参考文献
・孫揚〔横山雄大訳〕「中国における改革開放史の叙述」(『中国――社会と文化』第39号、2024年9月刊行予定)
・中村元哉『改革開放萌芽期の中国――ソ連観と東欧観から読み解く』(晃洋書房、2023年)
・本書編写組編『改革開放簡史』(人民出版社・中国社会科学出版社、2021年)
・本書編写組編『中国共産党簡史』(人民出版社・中共党史出版社、2021年)