トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

中国では「QRコードだけで乗車する人」が9割
北京・上海・深圳――デジタル化で激変した地下鉄&バス①

華金玲
慶應義塾大学総合政策学部訪問講師(招聘)
社会・文化
印刷する
上海市地下鉄「東昌路駅」の改札機(右)と、スマホのアリペイから起動した「乗車コード」。コードを手前のガラス面にかざすだけで改札を通過できる(写真:筆者撮影)
上海市地下鉄「東昌路駅」の改札機(左)と、スマホのアリペイから起動した「乗車コード」。コードを手前のガラス面にかざすだけで改札を通過できる(写真:筆者撮影)

 かつての中国はこうではなかった。

 私の場合、北京の地下鉄に初めて乗ったのは2003年。当時は行き先関係なく乗車料金は一律3元(1元を20円で計算すると60円)だった。ガラス張りの切符売場に、女性の駅員が座っていて、乗車人数を伝えると、束になっている薄っぺらの紙の切符をパッとちぎってスッと渡してくれる。たったこれだけの動作だが、通勤時間と重なると、売り場に長い列ができる。行列して切符を買っても、そこから数歩ほど歩いた先には改札口があり、そこにいる駅員に切符を差し出すとパッとむしり取られ、駅員は両手で手早くちぎって足元のゴミ箱に捨てる。つまり、切符は窓口で売られてから改札で破って捨てられるまでわずか数秒の寿命なのである。かわいそうな切符たち! 

 駅員は単調な作業の繰り返しで退屈していたのだろう。私が通るときはいつも近くの駅員と大声でおしゃべりしていた。その話し声と地下鉄のホームから響いてくるいろんな音と重なり、なかなかうるさいものだった。たまに尋ねたいことがあるとき、駅員たちのおしゃべりの隙を見計らって尋ねてみると切符売場の奥にいる駅員が大声で教えてくれたりして、それはそれで親切だった。

 地上の風景を見ながら移動するためにバスに乗ることもあった。バスは確かに風景を見るにはいいのだが、乗車料金が地下鉄の5分の1ぐらい安いこともあり、市民や観光客、出稼ぎ労働者などが大勢乗ってきて、中には両手がふさがるほどの荷物を持って乗ってくる人もいる。そうした人々の波をかき分けて車両の中央部にいる車掌に近づき、行き先を告げて切符を買うのはひと苦労であった。

 その3年後の2006年頃、北京で日本の交通系ICカードに似た交通カードが登場した。最初に買うときに20元ほどの手数料を取られるが、あらかじめお金をカードにチャージしておけばいちいち乗車のたびに切符を買う必要がなく、改札機にタッチすると自動的に乗車料金が徴収される。バスでも交通カードが使えるようになり、バスの乗降口に運賃箱と共にカードを読み取るカードリーダーが設置されるようになった。そして、2018年頃からQRコードを読み取るカメラ付きのカードリーダーも北京のバスでちらほら見られるようになっていた。

交通系ICカードがいまだ健在の日本、淘汰された中国

 そして2023年夏、筆者が深圳市地下鉄「華強北駅」、上海市地下鉄「東昌路駅」、上海市バス37系統「中山東一路北京東路」バス停、北京市地下鉄「草橋駅」の4カ所でそれぞれ20分間定点観測してみたところ、乗降時に交通カードを使った人は1人もいなかった。

 地下鉄では乗車コードを使った乗客が約9割、残りの1割ほどは自動券売機で行き先を選んで切符を購入していた。券売機で切符を買う人たちは、その場でもたもたしたり、戸惑ったりしていることが多かったので、きっと地下鉄に乗り慣れていないのではないか。上海の市バスでも交通カードを使った乗客は1人もおらず、全員が乗車コードを使っていた。

 ちなみに、日本では2001年にソニーの非接触型ICカードFeliCaを使ったSuicaが登場し、その後全国各地で同様のカードが登場して、これらは交通系ICカードと総称されるようになる。2006年には携帯電話にFeliCaを搭載することによって携帯電話を交通系ICカードとして利用できるようになった。さらに2013年以降は交通系ICカードの全国相互利用が始まり、たとえば首都圏で使っているSuicaを使って京都や札幌の地下鉄に乗車することもできるようになった。近年ではAppleウォッチにも交通系ICカードの機能が搭載されるようになり、カードリーダーにウォッチをタッチしている乗客を見ることも多くなった。

 スマホにQRコードを表示して改札機で読み取る方式は2023年12月に東急東横線などで実証実験が始まったものの、日本ではまだあまり普及していない。交通系ICカードが全国主要都市で使えて便利なので、QRコードがそれにとって代わる可能性があるとも思えない。誕生から24年目に入った交通系ICカードは日本ではまだまだ健在である。

 一方、中国では2006年に導入が始まった交通系ICカードがコロナ禍の間にすっかり使われなくなり、QRコードを使った乗車コードによってすっかり代替されてしまった。つまり、中国では交通系ICカードは登場から17年目にしてほぼ淘汰された。日本と中国の間でなぜこんなに大きな違いが出たのか? QRコードにはどのような利点があるのだろうか。次回はこの点について掘り下げていきたい。

1 2 3
ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.