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Commentary

中国では「QRコードだけで乗車する人」が9割
北京・上海・深圳――デジタル化で激変した地下鉄&バス①

華金玲
慶應義塾大学総合政策学部訪問講師(招聘)
社会・文化
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上海市地下鉄「東昌路駅」の改札機(右)と、スマホのアリペイから起動した「乗車コード」。コードを手前のガラス面にかざすだけで改札を通過できる(写真:筆者撮影)
上海市地下鉄「東昌路駅」の改札機(左)と、スマホのアリペイから起動した「乗車コード」。コードを手前のガラス面にかざすだけで改札を通過できる(写真:筆者撮影)

 2023年8月、私は子どもたちと一緒に約3年半ぶりに北京を訪れた。地下鉄に乗ろうとしたら、自動券売機が点検中で使えず、やむをえず駅員のいる窓口を探した。周りを見ると、私たちのように券売機が使えず窓口を探している人たちが大勢いる。そこは天安門広場に一番近い「前門駅」だったので、地方から北京にやってきた観光客たちのようであった。私たちがもたもたしていると、駅員にいきなり身分証の提示を求められた。どうやら私が子どもたちを誘拐しようとしているという疑いを持たれたようだった。中国の地下鉄では改札口に入る前に飛行場にあるような手荷物検査があるが、そこでも大勢の乗客が並んでいた。

 そうして私たちのようなお上りさんたちが地下鉄に乗車するのに苦労している間、北京市民たちは、改札機にスマホの画面をかざして涼しい顔をして通過している。彼らが使っているのがこれから紹介する「乗車コード」である。

ウィーチャットやアリペイのQRコードで乗り降り

 今や中国の地下鉄やバスでは9割以上の乗客がスマートフォンの画面にQRコードを表示して改札を通過する「乗車コード」を利用している。同じ2023年8月に深圳に行ったときには、ウィーチャット(微信)の中に乗車コードが存在することを事前に友人から知らされていたので、地下鉄に乗る際にそれを使って大変便利だった。スマホでウィーチャットを開き、その中の「小程序(ミニプログラム)」を立ち上げる。すると、画面にQRコードが表示されるので、それを改札機に備えられたカメラに向けてかざすと改札ゲートが開く。目的地の駅の改札機も同じ要領で通過できる。改札口を通過して2分ぐらいすると、ウィーチャットペイから乗車料金が引き落とされたとのメッセージが届く仕組みだ。

 上海のバスも同じ乗車コードで乗車することができた。ところが、上海の地下鉄に乗ろうとして乗車コードを立ち上げ、スマホに表示されたQRコードを改札機のカメラにかざしてみたが、角度を変えて何度かざしてみても改札機はいっこうに反応してくれない。調べたところ、どうやら上海の地下鉄はウィーチャットの乗車コードには対応していないらしい。ウィーチャットがダメならアリペイ(支付宝)で試してみようと思ってあれこれ検索したら、「上海地下鉄Metro大都会乗車コード」というものが出てきたのでそれを立ち上げてみた。すると今度はすんなりと認識され、改札口がやっと開いてくれた。こちらも下車した後にアリペイから乗車料金が引き落とされる仕組みになっている。

 その後、再度北京を訪れたときには、現地の友人からの情報で、アリペイの中で「出行」で検索して北京の乗車コードを起動した。これを使えば、北京の地下鉄、大興空港への空港快速列車、自動運転のBRTと、市内の交通はどれも乗車できる。

 こうして私は2023年夏に北京、深圳、上海、そして秋以降も上海と北京で乗車コードを使った。都市によってウィーチャットの中のミニプログラムであったり、アリペイの中に入っていたりと微妙に違っているのだが、使い始めると、現金を用意して切符を購入する必要がなく、そのまま改札機にかざして通過すればいいので、大変便利だった(編者注:逆に現金しか使えない人には以前よりもかえって不便になっていた。深圳の地下鉄駅の自動券売機は10元札が使えると書いてあったが、実際には受け付けてくれず、5元札も使えたり使えなかったり。問題なく受け付けてくれるのは1元硬貨のみだったが、1元硬貨はかさばる。コンビニに行って、お釣りをもらって1元硬貨を手に入れようとしたら、コンビニの店員から「乗車コード使いなさいよ。便利だよー」と勧められた)。

 なお、2023年5月から北京市では大興空港への空港快速列車の改札で「手のひら認証」による乗車の実証実験を始め、日本のメディアでも報道された。しかし、筆者が同年12月にその列車に乗ったときには、すでに実証実験は行われておらず、どうやら本格導入は見送られたようであった。

 コロナ禍が始まる直前の2019年12月末に北京に出張したときと比べて、社会全体でモバイル決済がいっそう普及し、デジタル化が一気に進んだようである。レストランやスーパー、野菜市場、朝市でさえも現金を使わなくなり、皆がモバイル決済を使って代金を支払っている。地下鉄もバスもすべて乗車コードだけで乗れるようになり、高速鉄道も駅で切符を購入することなく、スマホのアプリで予約・購入しておけば、駅では身分証を改札機にタッチするのみで乗車できるようになっていた。

身分証、医療証、運転免許証もスマホの中に

 現地の友人を見ていると、どこに行くにもスマホ1つしか持たず、身分証や車の鍵、家の鍵、保険証、医療証、運転免許証さえスマホの中に入っているので、カード入れを持ち歩く必要がないのだという。

 私も中国滞在期間中は現金を手元に持たなくても困るようなことは1つもなかった。現金やカード類を一切持ち歩かなくていいというのは大変便利だ。レジの前で待たされたり、返されたお釣りや小銭、クレジットカード、レシートなどを急いでサイフにしまったりする手間がなく、財布をカバンに入れる動作も必要なく、財布の中の整理もしなくて済み、すべてがスマホ1つで完結するのだ。生活の中のいろんな細かな無駄をきれいさっぱり取り除いて、生活そのものがよりシンプルになり、何ともいえぬ解放感と、心地良ささえ覚えた。

北京の乗車コードとBRT(筆者撮影)
北京の乗車コードとBRT(筆者撮影)

 かつての中国はこうではなかった。

 私の場合、北京の地下鉄に初めて乗ったのは2003年。当時は行き先関係なく乗車料金は一律3元(1元を20円で計算すると60円)だった。ガラス張りの切符売場に、女性の駅員が座っていて、乗車人数を伝えると、束になっている薄っぺらの紙の切符をパッとちぎってスッと渡してくれる。たったこれだけの動作だが、通勤時間と重なると、売り場に長い列ができる。行列して切符を買っても、そこから数歩ほど歩いた先には改札口があり、そこにいる駅員に切符を差し出すとパッとむしり取られ、駅員は両手で手早くちぎって足元のゴミ箱に捨てる。つまり、切符は窓口で売られてから改札で破って捨てられるまでわずか数秒の寿命なのである。かわいそうな切符たち! 

 駅員は単調な作業の繰り返しで退屈していたのだろう。私が通るときはいつも近くの駅員と大声でおしゃべりしていた。その話し声と地下鉄のホームから響いてくるいろんな音と重なり、なかなかうるさいものだった。たまに尋ねたいことがあるとき、駅員たちのおしゃべりの隙を見計らって尋ねてみると切符売場の奥にいる駅員が大声で教えてくれたりして、それはそれで親切だった。

 地上の風景を見ながら移動するためにバスに乗ることもあった。バスは確かに風景を見るにはいいのだが、乗車料金が地下鉄の5分の1ぐらい安いこともあり、市民や観光客、出稼ぎ労働者などが大勢乗ってきて、中には両手がふさがるほどの荷物を持って乗ってくる人もいる。そうした人々の波をかき分けて車両の中央部にいる車掌に近づき、行き先を告げて切符を買うのはひと苦労であった。

 その3年後の2006年頃、北京で日本の交通系ICカードに似た交通カードが登場した。最初に買うときに20元ほどの手数料を取られるが、あらかじめお金をカードにチャージしておけばいちいち乗車のたびに切符を買う必要がなく、改札機にタッチすると自動的に乗車料金が徴収される。バスでも交通カードが使えるようになり、バスの乗降口に運賃箱と共にカードを読み取るカードリーダーが設置されるようになった。そして、2018年頃からQRコードを読み取るカメラ付きのカードリーダーも北京のバスでちらほら見られるようになっていた。

交通系ICカードがいまだ健在の日本、淘汰された中国

 そして2023年夏、筆者が深圳市地下鉄「華強北駅」、上海市地下鉄「東昌路駅」、上海市バス37系統「中山東一路北京東路」バス停、北京市地下鉄「草橋駅」の4カ所でそれぞれ20分間定点観測してみたところ、乗降時に交通カードを使った人は1人もいなかった。

 地下鉄では乗車コードを使った乗客が約9割、残りの1割ほどは自動券売機で行き先を選んで切符を購入していた。券売機で切符を買う人たちは、その場でもたもたしたり、戸惑ったりしていることが多かったので、きっと地下鉄に乗り慣れていないのではないか。上海の市バスでも交通カードを使った乗客は1人もおらず、全員が乗車コードを使っていた。

 ちなみに、日本では2001年にソニーの非接触型ICカードFeliCaを使ったSuicaが登場し、その後全国各地で同様のカードが登場して、これらは交通系ICカードと総称されるようになる。2006年には携帯電話にFeliCaを搭載することによって携帯電話を交通系ICカードとして利用できるようになった。さらに2013年以降は交通系ICカードの全国相互利用が始まり、たとえば首都圏で使っているSuicaを使って京都や札幌の地下鉄に乗車することもできるようになった。近年ではAppleウォッチにも交通系ICカードの機能が搭載されるようになり、カードリーダーにウォッチをタッチしている乗客を見ることも多くなった。

 スマホにQRコードを表示して改札機で読み取る方式は2023年12月に東急東横線などで実証実験が始まったものの、日本ではまだあまり普及していない。交通系ICカードが全国主要都市で使えて便利なので、QRコードがそれにとって代わる可能性があるとも思えない。誕生から24年目に入った交通系ICカードは日本ではまだまだ健在である。

 一方、中国では2006年に導入が始まった交通系ICカードがコロナ禍の間にすっかり使われなくなり、QRコードを使った乗車コードによってすっかり代替されてしまった。つまり、中国では交通系ICカードは登場から17年目にしてほぼ淘汰された。日本と中国の間でなぜこんなに大きな違いが出たのか? QRコードにはどのような利点があるのだろうか。次回はこの点について掘り下げていきたい。

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