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Commentary

中国の所得格差の実態を明らかにする家計調査
中国学へのミクロデータ活用法:社会調査データ編②

馬欣欣
法政大学大学院経済学研究科教授
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中国家計所得調査(CHIP)は雇用者の賃金や家計の消費支出などを詳細に調べる。調査結果を基に所得格差や貧困問題に関する実証研究が可能だ。写真は大勢の人でにぎわう北京市内の繁華街(2023年2月、共同通信IMAGE LINK)
中国家計所得調査(CHIP)は雇用者の賃金や家計の消費支出などを詳細に調べる。調査結果を基に所得格差や貧困問題に関する実証研究が可能だ。写真は大勢の人でにぎわう北京市内の繁華街(2023年2月、共同通信IMAGE LINK)

一方で、CHIPデータの限界や利用上の注意点もあります。CHIPは、複数時点のクロスセクションデータです。パネルデータではないため、個人や家計の行動を分析する際には、一部の内生的問題(例:個人間の異質性問題)に対処できません。個人間の異質性問題が重要な研究課題の場合、CHIPデータの代わりに、他の中国のパネル調査データ(CFPSなど)の使用を検討すべきでしょう。

また、個人と家計のIDから詳細な地域情報(省、コミュニティなど)を取得できますが、研究者自身が地域コードなどを活用し、情報を再収集する必要があります。さらに、詳細な地域情報を用いて分析を行う際には、別途申請が必要となります。

CHIPデータの利用で味わえる「実証研究の楽しさ」

2000年代初期まで、CHIPデータがまだ公表されていなかった頃は、データを入手すれば良いジャーナルに発表できる可能性が高かったと思います。しかし2010年以降、CHIPデータが一種の公共財として公表されて以降、世界中の研究者がCHIPデータを使用することになりました。データ入手の競争から研究アイデアの競争に変わりました。研究者は、先行文献と差別化した新たな研究アイデアを持ち込み、また高度な計量分析手法を用いない限り、国際ジャーナルに論文を公刊する競争に勝つことが難しくなっています。

計量分析の手法が進歩し、実証研究の水準は高まっています。CHIPデータを活用して先行研究との差別化を図ることが重要です。ほかの研究者が見逃している重要な研究課題を発見し、普遍性と中国独自の特性を考慮した経済行動のメカニズムを究明することが、非常に重要です。

CHIPデータを用いた実証研究は数え切れないほど多いですが、CHIPデータを用いた実証研究全体を早く把握し、また最新の研究を知る観点から、学生の方々には本稿の最後に挙げた日本語・中国語・英語の図書・論文を読むことをお勧めします。そしてCHIPデータを使用することで実証研究の扉を開け、実証研究の楽しさを味わってください。実証研究が好きになってください。「好きこそ物の上手なれ!」です。

参考図書:

馬欣欣 (2011)『中国女性の就業行動-「市場化」と都市労働市場の変容』、慶應義塾大学出版会。(日本語)。

李実・岳希明・史泰麗・佐藤宏等著(2017)『中国収入分配格局的最新変化-中国居民収入分配研究V』中国財政経済出版社。(中国語)。

Sicular, T., Li, S.,Yue, X., and Sato, H. (Eds.) (2020) Changing Trends in China’s Inequality: Evidence, Analysis, and Prospects. Oxford UK: Oxford University Press. ISBN:978-0190077938

 

参考学術論文:

Appleton, S., Song, L., and Xia. Q. (2005) Has China crossed the river? The evolution of wage structure in urban China during reform and retrenchment. Journal of Comparative Economics, 33(5), 644–663.

Démurger, S., Li, S., and Yang, J. (2012) Earnings differentials between the public and private sectors in China: Exploring changes for urban local residents in the 2000s. China Economic Review, 23(1), 138–153.

Gustafsson, B., and Li, S. (2000). Economic transformation and the gender earnings gap in urban China. Journal of Population Economics, 13(2), 305–329.

Knight, J. and Li, S. (2006) Unemployment duration and earnings of re-employed workers in urban China. China Economic Review,17(2), 103–119.

Ma, X. (2018). Labor market segmentation by industry sectors and wage gaps between migrants and local urban residents in urban China. China Economic Review, 47, 96–115.

Ma, X. (2022) Parenthood and the gender wage gap in urban China. Journal of Asian Economics, 80, 101479.

Ma, X. and Li, S. (2022) Self-employment in urban China: Entrepreneurship or disguised unemployment? China & World Economy, 30(1), 166–195.

Zhan, P., Ma, X., and Li, S. (2021) Migration, population aging, and income inequality in China. Journal of Asian Economics,76, 101351.

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