Commentary
中国メディアの分析に役立つ香港のWiseSearch
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編⑤
WiseSearchの強みは網羅的で大規模な新聞データを提供しているところです。WiseSearchのほかに、いくつかの中国の新聞のデジタル・アーカイブがあります(北京方正阿帕比有限会社が提供している「中華数字書苑報紙庫」や、新聞社が各自に公開するアーカイブデータなどがあります)。しかし、これらのデータベースは限られた記事しか提供していなかったり、直近の数年間のデータしかカバーしていなかったりします。
これらに対してWiseSearchは中国大陸、台湾、香港などの合計1600以上の新聞、雑誌データを提供しています。この中には、中国大陸で発行された一般紙114紙のデータも含まれています。そのうち28紙が党機関紙、39紙が夕刊紙、43紙が都市報などの市場志向新聞です。
また、地域的な網羅性という点でも、WiseSearchが提供する新聞データは中国本土31省のうち26省をカバーしており、豊富なデータを有しています。1998年から現在までの記事をキーワードで検索することで、必要なデータの範囲を効率的に絞り込むことができます。WiseSearchの新聞データは、時系列分析や地域間比較分析など、大規模で包括的な分析データを必要とする実証分析に活用できます。
「地方紙のニュース生産」の特徴について分析
WiseSearchのデータを使った代表的な論文として、Huang and Luk(2020)の「Measuring economic policy uncertainty in China」(中国における経済政策不確実性の測定:日本語訳は筆者)があります。この論文は2000年1月から2018年10月までの期間に、中国本土の地方新聞10紙を使って、新しい頑健な中国経済政策不確実性(EPU)指数を構築しました。彼らが構築したEPU指数は幅広い不確実性を適切なタイミングで捉えており、株価、雇用、および生産の低下をモニターすることができます。なお、このEPU指数が中国のメディア検閲にほとんど影響されないことを確認するために、Huang and Luk(2020)は多くの頑健性チェックも実施しました。
また、拙著『中国のメディア統制――地域間の「不均等な自由」を生む政治と市場』(勁草書房、2023年)の中で、WiseSearchのデータを活用して、中国の権威主義体制下で政治的引き締めが強まる中での地方紙のニュース生産の特徴について分析しました。具体的には、中国の15の省・直轄市における22紙からの計14万件の記事を対象とした分析を行い、地方紙の腐敗報道フレームにおける時間的変化と地域的差異を実証的に検討しました。
その研究では、2つの仮説を立てました。政治的引き締め期に政治権力が中央に集中したことに伴い、腐敗報道には次のような変化が現れ、①報道が宣伝調になっていった②地方紙の腐敗報道における地域的差異が縮小したというものです。これらの仮説のもと、量的テキスト分析を使って新聞記事の比較分析を行いました。その結果、主に次のことがわかりました。①習近平体制が発足してから約2年後、党報・都市報に関係なく地方紙の宣伝機能が大幅に強化されており、腐敗を取り締まった政治指導者、党の功績を称揚するような報道が以前より多く見られたこと、②2017年以降、どの地域の新聞も宣伝調になっており、地域的バリエーションが失われつつあること、です。以上の分析結果から、中国では習近平政権下でメディア統制が強まっており、権力批判を重視するメディア実践は困難に直面しているといえます。