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Commentary

中国メディアの分析に役立つ香港のWiseSearch
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編⑤

于海春
北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院助教
連載
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北京の街角で中国紙を読む男性。筆者はWiseSearch (慧科捜索)のデータベースを利用し、中国の各メディアの報道について比較分析をしている(写真:共同通信IMAGE LINK)
北京の街角で中国紙を読む男性。筆者はWiseSearch (慧科捜索)のデータベースを利用し、中国の各メディアの報道について比較分析をしている(写真:共同通信IMAGE LINK)

 「WiseSearch (慧科捜索)」データベースを使用するきっかけとなったのは、博士論文で、中国の地方紙の報道について比較分析をしようと思ったことです。

 改革開放以降の中国では、権力批判を敢行していたメディアもあれば、恐れをなして慎重な報道をしていたメディアもあります。よくいわれることですが、権力批判を敢行するリベラルな新聞は主に広東に集中しており、上海の新聞はほとんど権力批判をしようともしない。私はこのような現象に着目して、博論では、中国の各地の新聞にはなぜニュース生産に違いがあるのかを突き止めたいと思いました。

 そこで、できるだけ多くの報道を、できるだけ長いスパンでデータを収集し、体系的に比較分析をすることにしました。当初は中国各地の図書館から新聞をコピーして分析するつもりだったのですが、量的分析に必要なデータを得るのは経済的にも時間的にも無理だと判断しました。その後、新聞のデータベースを探し始め、最終的に「WiseSearch」というものを利用しました。

香港の「慧科訊業」が運営しているデータベース

 「WiseSearch」は、香港を拠点とする「慧科訊業」(Wisers Information Limited、https://www.wisers.com/)が運営しているデータベースです。Wisersはもともと香港中文大学の学術研究プロジェクトとして始まったものですが、1998年に商業運営を始め、慧科訊業が設立されました。

 慧科訊業は、ニュース検索技術を使ったコンテンツ管理システムを運営し、企業向けにメディア情報とマーケットソリューションを提供しています。当初は「WiseNews(慧科新聞)」という新聞のみのデータベースを運営していましたが、現在は新聞にとどまらず、ウェブページ情報やSNSデータなどマルチメディア・コンテンツを一括提供する「WisersOne (慧眼輿情)」となっています。現在、WiseNewsとWisersOneは並行してサービスを提供しており、いずれのプラットフォームからもWiseSearchを利用できます。

 慧科訊業のデータベースサービスの利用は基本的に有料です。有料利用のルートは主に2つです。1つ目は、直接契約での利用です。大学あるいは研究機構が会社と契約を結び、パッケージプランで導入することができます。また、もう1つのルートとして、慧科訊業と契約を結んだデータベース経由で利用することも可能です。たとえばFACTIVA(ファクティバ)という米ダウ・ジョーンズ社が提供しているデータベースや日経テレコンからもWiseSearchのデータを得ることができます。しかし、これらの有料利用法は決して手ごろな価格ではないので、院生と学部生にとってはハードルが高いです。

 筆者の知る限りでは、無料利用できる唯一の方法は中国の国家図書館(https://www.nlc.cn/web/index.shtml)経由でWiseNewsにアクセスすることです。WiseNewsデータベースの利用は、中国国家図書館がカード所持者とオンライン非実名登録ユーザー(メールやSMS認証が必要)向けに提供している無料サービスの1つです。日本の研究者でもあらかじめ中国国家図書館のオンラインユーザーとして登録しておけば、国家図書館の「デジタル新聞(中国語:電子報紙)」からWiseNewsのデータベースにアクセスし、無料で新聞記事を閲覧したりダウンロードできたりします。ただし、日本の大学のIPアドレスからはアクセスが制限されているようなので、個人のIPアドレスからアクセスする必要があります。

 WiseSearchの強みは網羅的で大規模な新聞データを提供しているところです。WiseSearchのほかに、いくつかの中国の新聞のデジタル・アーカイブがあります(北京方正阿帕比有限会社が提供している「中華数字書苑報紙庫」や、新聞社が各自に公開するアーカイブデータなどがあります)。しかし、これらのデータベースは限られた記事しか提供していなかったり、直近の数年間のデータしかカバーしていなかったりします。

 これらに対してWiseSearchは中国大陸、台湾、香港などの合計1600以上の新聞、雑誌データを提供しています。この中には、中国大陸で発行された一般紙114紙のデータも含まれています。そのうち28紙が党機関紙、39紙が夕刊紙、43紙が都市報などの市場志向新聞です。

 また、地域的な網羅性という点でも、WiseSearchが提供する新聞データは中国本土31省のうち26省をカバーしており、豊富なデータを有しています。1998年から現在までの記事をキーワードで検索することで、必要なデータの範囲を効率的に絞り込むことができます。WiseSearchの新聞データは、時系列分析や地域間比較分析など、大規模で包括的な分析データを必要とする実証分析に活用できます。

「地方紙のニュース生産」の特徴について分析

 WiseSearchのデータを使った代表的な論文として、Huang and Luk(2020)の「Measuring economic policy uncertainty in China」(中国における経済政策不確実性の測定:日本語訳は筆者)があります。この論文は2000年1月から2018年10月までの期間に、中国本土の地方新聞10紙を使って、新しい頑健な中国経済政策不確実性(EPU)指数を構築しました。彼らが構築したEPU指数は幅広い不確実性を適切なタイミングで捉えており、株価、雇用、および生産の低下をモニターすることができます。なお、このEPU指数が中国のメディア検閲にほとんど影響されないことを確認するために、Huang and Luk(2020)は多くの頑健性チェックも実施しました。

 また、拙著『中国のメディア統制――地域間の「不均等な自由」を生む政治と市場』(勁草書房、2023年)の中で、WiseSearchのデータを活用して、中国の権威主義体制下で政治的引き締めが強まる中での地方紙のニュース生産の特徴について分析しました。具体的には、中国の15の省・直轄市における22紙からの計14万件の記事を対象とした分析を行い、地方紙の腐敗報道フレームにおける時間的変化と地域的差異を実証的に検討しました。

 その研究では、2つの仮説を立てました。政治的引き締め期に政治権力が中央に集中したことに伴い、腐敗報道には次のような変化が現れ、①報道が宣伝調になっていった②地方紙の腐敗報道における地域的差異が縮小したというものです。これらの仮説のもと、量的テキスト分析を使って新聞記事の比較分析を行いました。その結果、主に次のことがわかりました。①習近平体制が発足してから約2年後、党報・都市報に関係なく地方紙の宣伝機能が大幅に強化されており、腐敗を取り締まった政治指導者、党の功績を称揚するような報道が以前より多く見られたこと、②2017年以降、どの地域の新聞も宣伝調になっており、地域的バリエーションが失われつつあること、です。以上の分析結果から、中国では習近平政権下でメディア統制が強まっており、権力批判を重視するメディア実践は困難に直面しているといえます。

 WiseSearchは網羅的で大規模な新聞データを提供していますが、利用する場合は注意しなければいけない点もあります。

 まず、WiseSearchに選ばれた新聞は中国都市部にあり、市場シェアや社会的な影響力が大きいものです。県レベル以下の新聞などのデータは含まれていません。また、私の知る限り、WiseSearchを利用する際、特定の新聞を指定してすべての記事を収集する方法は提供されていません。これらの限界はリサーチデザインを考えるときに考慮すべきです。

 さらに、WiseSearchはいわゆる新聞の切り抜きであり、新聞のすべての記事が収録されているわけではありません。とりわけ2000年代前半の新聞記事の欠落が多いです。慧科訊業は新聞記事を収集した際に意図的な選別はしていなかったと強調していますが、学術目的で利用する際には、欠落記事の規模と内容を確かめられないことに注意が必要だと思います。

中国研究の新しい可能性を提示

 前述した博論では、WiseSearchをつうじて大量の新聞データを入手できたことは喜びましたが、それをどのように分析に活用するかには苦心しました。私の場合、テキストをデータとして分析する手法、つまり量的テキスト分析の手法を入念に勉強し、新聞記事を数値化して、ほかのデータセットと組み合わせて因果関係を検討することで、先行研究とは一線を画すことができました。

 中国における研究の難しさの1つは、分析に必要なデータが公開されていないことです。とりわけ近年、政治経済関連のデータへのアクセスがますます困難になりました。

 ですが、前述したHuang and Luk(2020)のような新聞記事の量的テキスト分析によって潜在変数を発見していく研究は、中国研究の新しい可能性を提示しています。中国政治経済分野の研究者になるためには、みなさん、ぜひ多様なデータを活用する可能性を検討してみてください。

参考文献:

Huang, Y., & Luk, P. (2020). Measuring economic policy uncertainty in China. China Economic Review, 59, 101367.

于海春(2023)『中国のメディア統制: 地域間の「不均等な自由」を生む政治と市場』勁草書房

中国計算機報(2016)「慧科:对全媒体数据挖掘获知『真相』」https://www.wisers.com.cn/about/newsDetail_631.html(2024/01/14)

 

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