Commentary
中国の財政研究に役立つ地方債・城投債データ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編②
これらは案件ごとのデータになりますので、サンプルサイズを大きくすることができます。例えば、地方債の場合、2023年1月1日から11月30日までに2104件の債券が発行されています。また、データベースの更新も頻繁に行われており、債券が発行された翌日にはデータが掲載されています。このようなデータの量と更新の頻度は、『財政統計年鑑』などの従来型の統計データと比べても分析の際のアドバンテージを与えてくれるでしょう。
データを簡単に利用できるというのもメリットの1つです。中国債券信息網、上海清算所ウェブサイト、CELMAのいずれもユーザー登録は不要で、無料で利用が可能です。近年、中国国外からのアクセスが制限されているウェブサイトもありますが、2023年11月末現在、3つのサイトはいずれも日本からのアクセスが制限されていません。
こうしたデータを使った代表的な論文として、Fujii(Forthcoming)は地方債の案件データを用いて地方債の発行条件利率と国債の利率のスプレッド(上乗せ金利)について分析しました。地方債発行主体の財政収支、債務状況、中央からの財政移転などによって利率の差が説明できるのであれば、地方政府の信用力によって決定されており、もしそうでなければ中央政府による暗黙の保証が働いている可能性があるという仮説のもと、地方債と国債のスプレッドの要因分析を行いました。その結果、スプレッドはおおむね地方債発行主体の財政状況によって説明されることがわかりました。
クローリングなどができれば、効率的に利用できる
ただし、上記のウェブサイトで公表されている城投債のデータは、全案件をカバーしていない可能性があります。城投債の総額は政府統計としては公表されていないので、どの程度カバーできているか、推計のしようがありません。それに対し、地方債は、発行主体ごとに毎年の地方債発行総額が政府統計として公表されているので、個別案件ごとの総額と照合することでカバー率は確認することができます。
また、城投債についてはLGFV企業と一般の企業との区別が難しく、データを利用する際は注意が必要です。債券名に城投債というワードが含まれている場合もありますが、それほど多くはありません。この場合は、LGFV企業にありがちな「建設投資」や「城市建設」などのワードでソートをかけて区別するしかありません。
さらに、データの利用で最も苦労するのは、個別案件を集計したデータセットの作成でしょう。案件ごとに発行条件が表形式などで示されているPDFファイルをダウンロードできるのですが、それらを集めて大量の案件をExcelのシートに整理するためにはスクレイピングの技術が必要です。ウェブサイトから大量の案件ファイルを一括でダウンロードする方法としてクローリングという技術がありますが、ウェブサイトのほうで制限をかけているようで、一括ダウンロードはできないようです。そのため、1つ1つクリックして、案件ファイルをダウンロードすることを繰り返す必要があります。効率的に作業を進めるためにはスクレイピングやクローリングに詳しいウェブエンジニアとの協業が必要かもしれません。
中国研究のための環境はこの10年ほどで大きく変わりました。以前はお金をかけて現地へ行き、聞き取り調査をしたり、家計データを集めたりしていました。しかし、このような調査は現在、難しい状況です。その一方で、技術の進歩により以前はできなかったような方法でデータが集められるようになっています。このようなデータを扱うためにはPythonやRといったプログラム言語が必要になったりします。最近はPythonやRのテキストが多数出版されていたり、YouTubeの動画も配信されていたりしますので、本稿で紹介したデータの利用にも積極的にチャレンジしていただければと思います。
参考文献:
Fujii Daisuke(Forthcoming)“Determinants of the Interest Rate on Chinese Local Government Bonds,”Innovation Promotion Policies and Institutional Reform in China, Ch.8,Springer.
上海清算所ウェブサイトhttps://www.shclearing.com.cn/(2023年11月30日閲覧)
中国地方政府債券信息公開平台 https://www.celma.org.cn/(2023年11月30日閲覧)
中国債券信息網 https://www.chinabond.com.cn/(2023年11月30日閲覧)