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Commentary

中国の財政研究に役立つ地方債・城投債データ
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編②

藤井大輔
大阪経済大学経済学部講師
連載
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中国の地方財政が深刻さを増している。筆者は地方債と城市投資債券(城投債)のデータを用いて、中国の財政や公共投資を中心に研究している(写真はイメージ:四川省・成都/PIXTA)
中国の地方財政が深刻さを増している。筆者は地方債と城市投資債券(城投債)のデータを用いて、中国の財政や公共投資を中心に研究している(写真はイメージ:四川省・成都/PIXTA)

 私が中国の地方債と城投債の個票データを使用するきっかけとなったのは、2010年代に入り債務が問題視されるようになった地方政府融資平台(LGFV)と、その対応策として始まるはずであった2015年からの地方債発行について研究しようと思ったことです(融資平台は中国の地方政府が傘下に置く投資会社で、平台とはプラットフォームの意味。LGFVが地方政府の債務残高を増やす主因となっている)。

 私は、もともと、中国における地方財政の地域格差や政府間財政競争の研究をしており、『中国城市統計年鑑』、『中国財政年鑑』、『全国地市県財政統計資料』などの政府公表統計データを使用していました。とくに『全国地市県財政統計資料』は、県レベルの細かい収支項目まで示されており、地方財政の分析では重宝していました。この『全国地市県財政統計資料』は日本国内の大学やアジア経済研究所の図書館にも蔵書があるのですが、内部資料ということもあり、2023年11月現在、2009年版までしか入手できません。おそらく、これからも公表されることはないでしょう。また、LGFV債務は、地方政府本体の収支には計上されないので、LGFV債務はこれまで使っていた地方財政統計からも入手できません。

 そこで、何か良いデータソースはないかと探していたところ、中央国債登記結算有限責任公司(CCDC)が運営している中国債券信息網というウェブサイトに、国債、地方債、城投債を含む社債などの各種債券の発行条件情報が案件ごとに公示されていることに気づきました。案件ごとに示されているので、私がこのウェブサイトを見つけた時点でも数千件はありましたが、とりあえず気合いで集計すれば何とかなるのではと思って使い始めるようになりました。

地方債・城投債のデータを入手できる3つのウェブサイト

 地方債の発行案件データは、中国債券信息網に加え、財政部政府債務研究和評価中心が作成している中国地方政府債券信息公開平台(CELMA)からも入手可能です。どちらのウェブサイトも案件ごとに発行条件のPDFデータが入手可能です。地方債発行関連の掲載項目は中国債券信息網もCELMAもほぼ同じなので、使い勝手の良いほうを選べばいいでしょう。

 城投債は、上述の中国債券信息網と上海清算所のウェブサイトからデータを入手できます。両サイトで示されている案件は異なっており、中国債券信息網では比較的長期の債券が、上海清算所では比較的短期の債券(あるいは手形)が掲載されている傾向があります。そのため、両方のウェブサイトから城投債データを集めて、整理を行う必要があります。

 また、城投債の場合、どの債券が城投債に該当するのか、その判断が少し難しい場合もあります。債券名称に城投債と明記されている場合もあれば、○○市○○開発区投資集団有限公司債券や○○発展投資控股集団有限公司債券のように城投債という名称が含まれていない場合もあります。

 地方債も城投債も債券の案件ごとに示されている項目はほぼ共通しています。発行主体名、債券名称、表面利率、満期までの年数、債券ID番号、発行額、発行日、償還日、格付け、利払い方式などです。地方債の場合は、債券名称を確認すると、一般債券か専項債券か、また新増債券か再融資債券かも示されています。 

 これらは案件ごとのデータになりますので、サンプルサイズを大きくすることができます。例えば、地方債の場合、2023年1月1日から11月30日までに2104件の債券が発行されています。また、データベースの更新も頻繁に行われており、債券が発行された翌日にはデータが掲載されています。このようなデータの量と更新の頻度は、『財政統計年鑑』などの従来型の統計データと比べても分析の際のアドバンテージを与えてくれるでしょう。

 データを簡単に利用できるというのもメリットの1つです。中国債券信息網、上海清算所ウェブサイト、CELMAのいずれもユーザー登録は不要で、無料で利用が可能です。近年、中国国外からのアクセスが制限されているウェブサイトもありますが、2023年11月末現在、3つのサイトはいずれも日本からのアクセスが制限されていません。

 こうしたデータを使った代表的な論文として、Fujii(Forthcoming)は地方債の案件データを用いて地方債の発行条件利率と国債の利率のスプレッド(上乗せ金利)について分析しました。地方債発行主体の財政収支、債務状況、中央からの財政移転などによって利率の差が説明できるのであれば、地方政府の信用力によって決定されており、もしそうでなければ中央政府による暗黙の保証が働いている可能性があるという仮説のもと、地方債と国債のスプレッドの要因分析を行いました。その結果、スプレッドはおおむね地方債発行主体の財政状況によって説明されることがわかりました。

クローリングなどができれば、効率的に利用できる

 ただし、上記のウェブサイトで公表されている城投債のデータは、全案件をカバーしていない可能性があります。城投債の総額は政府統計としては公表されていないので、どの程度カバーできているか、推計のしようがありません。それに対し、地方債は、発行主体ごとに毎年の地方債発行総額が政府統計として公表されているので、個別案件ごとの総額と照合することでカバー率は確認することができます。

 また、城投債についてはLGFV企業と一般の企業との区別が難しく、データを利用する際は注意が必要です。債券名に城投債というワードが含まれている場合もありますが、それほど多くはありません。この場合は、LGFV企業にありがちな「建設投資」や「城市建設」などのワードでソートをかけて区別するしかありません。

中国・安徽省/PIXTA
中国・安徽省/PIXTA

 さらに、データの利用で最も苦労するのは、個別案件を集計したデータセットの作成でしょう。案件ごとに発行条件が表形式などで示されているPDFファイルをダウンロードできるのですが、それらを集めて大量の案件をExcelのシートに整理するためにはスクレイピングの技術が必要です。ウェブサイトから大量の案件ファイルを一括でダウンロードする方法としてクローリングという技術がありますが、ウェブサイトのほうで制限をかけているようで、一括ダウンロードはできないようです。そのため、1つ1つクリックして、案件ファイルをダウンロードすることを繰り返す必要があります。効率的に作業を進めるためにはスクレイピングやクローリングに詳しいウェブエンジニアとの協業が必要かもしれません。

 中国研究のための環境はこの10年ほどで大きく変わりました。以前はお金をかけて現地へ行き、聞き取り調査をしたり、家計データを集めたりしていました。しかし、このような調査は現在、難しい状況です。その一方で、技術の進歩により以前はできなかったような方法でデータが集められるようになっています。このようなデータを扱うためにはPythonやRといったプログラム言語が必要になったりします。最近はPythonやRのテキストが多数出版されていたり、YouTubeの動画も配信されていたりしますので、本稿で紹介したデータの利用にも積極的にチャレンジしていただければと思います。

参考文献:

Fujii Daisuke(Forthcoming)“Determinants of the Interest Rate on Chinese Local Government Bonds,”Innovation Promotion Policies and Institutional Reform in China, Ch.8,Springer.

上海清算所ウェブサイトhttps://www.shclearing.com.cn/(2023年11月30日閲覧)

中国地方政府債券信息公開平台 https://www.celma.org.cn/(2023年11月30日閲覧)

中国債券信息網 https://www.chinabond.com.cn/(2023年11月30日閲覧)

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