Commentary
新参の都市住民が暮らす「城中村」というスラム
不動産バブル崩壊で中国経済は「日本化」するか②
深圳市の場合、城中村はポツンどころではなく、市内に全部で1380カ所もあり、その総面積は320平方キロメートルと、市の総面積の16パーセントを占めている。そのうち100平方キロメートルが住宅用地として使われ(注1)、そこに35万棟のアパートが建ち、その総床面積は深圳の住宅全体の49パーセントで、住民の数は1200万人ぐらいと見積もられている(注2)。深圳市の人口は2022年時点で1766万人なので、単純に計算するとその68パーセントが城中村に住んでいることになる。ただし、城中村には深圳市の人口にはカウントされない一時滞在者が多く住んでいるようなので、「深圳市の人口の7割近くが城中村に住んでいる」といってしまうとやや誇張になる。
城中村はGoogle Earthや百度地図などの空中写真を使って割に簡単に見つけることができる。下の写真は百度地図を使って深圳市中心部の福田区の一部を見たものだが、黄色い線で囲んだところだけ建物が異様に密集していることがわかる。ここは崗厦村と呼ばれる城中村である。崗厦村は深圳市の市政府などが並ぶ広大な「市民広場」からわずか500メートルぐらいしか離れていない。15ヘクタールほどの土地に450棟以上の7~8階建てのアパートが密集して建てられている。アパートの内部はワンルーム、1DK、2DK、3DKなどに区切られている。ベッド単位で借りることもできるらしい(注3)。
格安の「握手房」が密集して建っている
「村」の入り口には交番があり、村に入る車を規制している。村の中をのんびり巡回しているお巡りさんもいたりして、治安が悪い感じはしない。
崗厦村の本来の村民は1000人足らずであるが、アパートの住民を合わせると人口6万人以上だといわれている。深圳で経済特区の建設が始まって間もない1984年に、崗厦村では村民たちで資金を出し合って株式会社を設立し、工場やホテルなどを設立してその利益を村民たちで分けあってきた(許、1993)。ところが、深圳市の中心が羅湖から福田区へ移ってきたことにより、崗厦村の場所の価値が大いに高まり、いつしかアパート経営を主業とするようになったようだ。
村の中へ入ると、ビルとビルが1メートルも離れていないぐらいに密集している。中国では、窓を開けたら隣のアパートの人と握手ができるぐらい密に建っているアパートを「握手房」と呼ぶが、ここはまさに握手房だらけである。下の写真を撮った場所は、私はアパートの間の隙間だと思って入ったのだが、前方にフードデリバリーの電動バイクが見えるように、ここもれっきとした「道」であり、普通に人が往来していた。
写真からわかるように、送電線やガス管は建物の外を通っている。ガスや電気の配管を考えずに、とにかく最大限の床面積を作り出すことだけを考えて建物を建てた、ということがうかがえる。電線やガス管が外に露出している部分が多く、漏電やショートやガス漏れのリスクが高そうだし、もしこの村で火災が発生したら簡単に隣のビルに延焼するだろう。消防車が村の中に入って消火作業をするのも容易ではない。
このように城中村に住むことのリスクは高いが、そのぶん家賃は安い。2017年の数字だが、深圳の城中村のアパートの家賃は、73.8パーセントの部屋が月2000元(1元=20円で換算すると4万円)以内だった。深圳で正規の住宅の家賃の平均は月5005元だったから(仝・高・龔、2020)、いかに安いかがわかる。私が2023年8月に崗厦村の掲示板を見た限りでも、家電製品が備え付けで、外光も差し込む1DKの部屋が月2400元(4万8000円)、ワンルームだと950元(1万9000円)から1750元(3万5000円)である。
もし福田区でマンションを買おうとすると、2023年9月現在のお値段で1平方メートルあたり9万元以上なので、たとえば64平方メートルの2LDKを買おうとすると576万元(1億1520万円)である。崗厦村には64平方メートルの広いアパートなどなさそうであるが、仮にその家賃が1DKの2倍の4800元だとすると、同じ広さのマンションを買うには家賃100年分が必要ということになる。そのマンションを、ローンを組んで買おうものなら、今の家賃の3倍以上の額を30年以上にわたって支払い続けなければならない。不動産バブルが崩壊したといっても、マンションの分譲価格が今の3分の1ぐらいに下がらないと、崗厦村のアパートの住人たちが買えるようにはならない。