Commentary
中国は介護保険制度を導入すべきか――日本の経験
健康保険や年金保険も日本では強制加入だが、保険料を納めるばかりで給付をまったく受けない人という人はごく少数であろう。(年金保険の被保険者が65歳になる前に亡くなった場合、家族には遺族年金が支給される。)それに対して、介護保険は保険料を払った人でも、介護認定を受けない限りは介護サービスを受けることができない。日本の65歳以上の人口は3600万人余りだが、介護認定を受けている人は700万人足らずである。一度も介護サービスを受けることなく死を迎える高齢者はとても多いと思われる。全員保険料を支払うのに支給を受けるのは一部だけというのは、自動車保険や火災保険など民間の保険会社が運営する保険ではよくあることだが、果たしてそうした保険を社会保険として強制すべきであろうか。
中国への導入は慎重な検討を
中国では介護保険制度は一部の地域で試験的に導入されているだけで、全国的にはまだ導入されていない。私は中国大連市で2024年8月に介護付き老人ホームを見学する機会を得たが、居室にセンサー(ミリ波レーダー)が設置されていて入居者のバイタルサインを常にモニターするなど、ハイテクの導入では日本を凌(しの)いでいた。ただ、そのホームにもし私の親族が入居した場合には月2.2万元(約45万円)以上の支払いが必要となる。中国には介護保険制度がないため、すべて本人(ないし家族)の負担である。こんなに高額な老人ホームに入居できるのは高所得層のみであろう。介護保険がないなかでは、高所得層以外は条件が悪い老人ホームか家族介護の道を選ばざるを得ない。
中国にはまだ介護福祉士を国家資格として認定する制度はなく、訪問した老人ホームの介護主任の経歴には北京の日系民間老人ホームでの勤務歴が彼の能力を証明するものとして記載されていた。20数年の実践を経て、日本の介護産業が中国にとって学習対象となるものへ成熟したことはこのケースからも見てとれる。
ただ、介護保険制度の持つ不平等性を考える時、中国に対して日本の介護産業と介護保険制度を共に導入すべきだとはなかなか言いにくい。もし人々が高齢になった時に備えて貯蓄に励み、かつ民間の介護保険に多くの人が自発的に加入するようであれば、国民全員に介護保険制度への加入を強制する必要はないのかもしれない。その場合に政府がすべきことは、金銭的な備えがないままに要介護状態になった高齢者を生活保護によって支援することであろう。また、仮に公的な介護保険制度を導入するのであれば、ドイツなどで実施しているように家族介護者に対して介護保険から給付を行うことで、介護による労働時間の減少を補うことが考えられる。現状では家族による介護が広く行われている中国では家族への支援は有効であろう。