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Commentary

中国は介護保険制度を導入すべきか――日本の経験

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
経済
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2024年の12月8日に、東京大学本郷キャンパスにて清華大学・東京大学シンポジウムが開催され、日中経済貿易関係に関する活発な議論が交わされた。写真は大連市の介護付き老人ホームの活動スペース。(2024年8月29日丸川撮影)
写真は大連市の介護付き老人ホームの活動スペース。(2024年8月29日丸川撮影)

厚生労働省が実施している国民生活基本調査から、家族のなかの要介護者の数を算出すると、介護認定を受けた人の数から介護福祉施設などに居住する高齢者を引いた数とほぼ等しい。つまり、この調査によれば介護のニーズがある高齢者はほぼ介護認定を受けているということになる。しかし、国民生活基本調査の別のデータから推計すると、介護の必要があるのに認定を受けていない人が2019年時点で361万人いるという数字も導き出せる。こちらの方が実態に近いのではないだろうか。

ありがたい反面、不平等な介護保険制度

日本の介護保険制度では、介護サービスを「施設型」、「居宅型」、「地域密着型」に分類している。施設型は社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームや老人保健施設、居宅型は市町村が管理し、地域密着型は都道府県が管理する。ややこしいことに、民間企業が運営する介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅は施設型ではなく、主に居宅型に分類される。

介護保険制度のもとでさまざまな介護サービスが提供されているが、それでも介護のために働くことができない人の数は減っておらず、2019年時点で47万人に上る。また、仕事をしながら家族の介護をしている人も163万人いる。つまり、介護保険制度はあっても日本の現役世代はなお介護のために一定の時間を割いており、日本の総労働時間の2%相当が介護のために失われていると推測される。介護による労働時間の喪失は今後次第に拡大し、2065年には総労働時間の3.9%相当になると見込まれる。

現役世代の介護負担を軽減し、より多くの時間を生産的労働に充ててもらうために介護保険制度をさらに拡大するべきであろうか。しかし、そのためには人々により多くの介護保険料を納めてもらい、国家財政からの補填(ほてん)を拡大する必要があり、これは日本社会にとってなかなか難しい選択となる。

私の親族の場合、家族が認知症を疑いだしてから1年後には介護認定(要支援1)を受けて介護サービスを受けるようになったので、うまく制度につながることができたと思う。認定を受けてから1年後には本人の意志もあって介護付き有料老人ホームに入居した。それから3年余りを経過し、残念ながら認知症がさらに進行して現在は要介護5である。

この親族の場合、介護保険から月28万円余りの給付が老人ホームに対して行われている。本人から老人ホームに支払うのは月25万円ほどで、本人がもらっている年金とほぼ等しい。入居金として一時金も払ったが、それも本人の貯蓄の範囲で賄(まかな)えたので、家族の経済的負担はまったくなく、介護保険制度のありがたみを感じた。

このように、ある程度の貯蓄があり、厚生年金ももらっている高齢者の場合には、民間の介護付き有料老人ホームに入居しても介護保険によって介護費用がカバーされ、家族の経済的負担は小さい。認知症など一人で生活していくことが困難な老人がいる家族にとってはありがたい制度である。反面、介護保険制度は受給する人と受給しないまま亡くなる人の差がきわめて大きいし、介護のニーズがありながら、さまざまな理由で介護保険からの支援を受けられていない人々にとっても不平等な制度である。

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