Commentary
中国の石炭からの「公正な移行」
石炭企業が秩序ある撤退を担う
中国は太陽光や風力といった再エネについて圧倒的な世界最大の導入量を誇る再エネ大国となっているが、再エネの導入拡大で主力エネルギーである石炭を代替することには自ずと限界があり、今後も、少なくとも2030年までは石炭は重要な役割を果たし続けるだろう。
筆者は2024年2月に発表した論考(「再エネ大国・中国――脱炭素への超えがたい壁」)でこのように展望したが、2024年7月に中国政府が公表した「石炭火力の低炭素化の改造建設行動プラン(2024-2027年)」(以下、行動プラン)はこの展望に沿った動きである。行動プランでは石炭火力にバイオマス・グリーンアンモニアの混焼、あるいはCCS(二酸化炭素回収・貯留技術)の導入を進める具体的政策が規定されており、中国政府は2030年までに技術的にも経済性の面でも火力の低炭素化にある程度目途を立てて、2030年前後に本格導入を開始する見通しだと考えられる(行動プランの詳細とその意義については別稿を参照)。バイオマスは生育時のCO2吸収でオフセットされ、アンモニアは燃焼時にCO2を一切排出しないので、混焼分はCO2排出減が進む。したがって2030年以降、次第に石炭消費量は減少に向かうとする中国政府のシナリオとも整合的である。
そうすると、中国の石炭消費は2030年以降、恐らく緩やかなペースながらも中長期で見れば趨勢として減少していくことになるのだろう。その場合、石炭消費者にとっても燃料価格の上昇や対応に必要な設備投資などでコスト負担は発生するが、インパクトは限定的だ。他方、石炭生産を担う石炭産業は主たるビジネスの先行きの売り上げが失われていくわけであるから、そのインパクトは比べ物にならない。
脱炭素への取り組みによって影響を受ける産業に従事する労働者や、産業が立地する地域が取り残されることなく、公正かつ平等な方法により持続可能な社会へ移行することを目指す「公正な移行(Just transition)」という概念がある。本稿は世界最大の石炭生産国である中国の「公正な移行」について考察しようとするものである。
10年間で就業者は半減、労働生産性は2.7倍に
中国の石炭産業の現状を分析すると、石炭企業の多くが将来の需要減に対する対応力を着々と向上させているようだ。過去の我が国の経験に照らせば、需要減により石炭産業で問題となるのは何と言っても労働問題である。しかし中国では既に過去10年間で石炭産業の就業者が半減している。
表は中国の石炭産業に従事する就業者数の変遷を示しているが、2013年を近年のピークに2016年にかけてわずか3年間で35.1%もの就業者数が減少している。この期間、2014年から2016年にかけては石炭消費量が6.0%減少したこともあり、労働生産性(就業者1人当たりの石炭生産量)で見ると、32.3%の上昇となった。
表 中国の石炭産業における就業者数と労働生産性の推移
その後も労働者数の減少は続き、2020年には2013年比で53.4%減少となり、7年間で就業者は326万人減少した。2023年には更に20万人、2013年比56.6%の減少となったが、中国の石炭産業における急激なリストラは一段落したと考えられる。注目すべきは労働生産性の上昇であり、表の通り、2018年は2013年比で63.8%の上昇、2020年は同110.6%、2023年に至っては173.4%もの驚くべき上昇である。
時期によって労働者数の削減率と労働生産性の伸びに違いがあるのは、就業者が減少した原因が異なるためである。2013年から2015年にかけては、前年の2012年から石炭市況が深刻な悪化に陥ったところに中国政府の脱石炭政策で中小石炭ユーザーの石炭利用の制限が加わったことで石炭消費量が減少、生産量も同様に減少した。他方、2016年から2020年の期間は強力な政治的イニシアティブで過剰生産能力の削減政策が推進され、不採算炭鉱の閉山が進んだが、石炭生産量自体は増加し続けた。すなわち石炭生産量が増加しているにもかかわらず、就業者を減らしたことが大幅な生産性の上昇につながったのである。
過剰生産能力の削減政策で経営状況は好転
加えて、石炭需要が回復する中、同時に生産能力の削減を進めたことも奏功した。2016年から2020年にかけて、中国政府は石炭・鉄鋼両産業の過剰生産能力の削減政策を実施した。当時、中国石炭産業の生産能力の合計は57億3000万トン、同年の石炭生産量は36億8000万トンであったから、生産能力の35%に相当する20億トンの生産能力が遊休化していたことになる。中国政府は2020年までに5億トンの生産能力の削減を政策目標とし、実際には目標を上回る9億8000万トンの生産能力を削減したとされる(左前明・周杰・杜冲[2021])。具体的には、石炭生産企業各社に削減量目標が割り振られ、各社は具体的に閉鎖する炭鉱を自ら決定する形であり、閉鎖対象となった炭鉱には中央政府と地方政府から補助金が支給され、労働者にも給与補填(ほてん)と転職支援が提供された。
削減対象は当然経営状況の悪い炭鉱から順に進んでいくわけで、立地などの要因もあるが、主として規模が小さく老朽化した非効率な炭鉱が閉鎖対象であった。政策開始前の2015年末時点で1.08万の炭鉱が存在し、そのうち7000余りの炭鉱が年産30万トン以下の小型炭鉱であり、その生産量の合計は全体の10%に満たない状況であった(新華社 [2016])。年産規模の小さい小型炭鉱は相対的に設備投資も少なく、そのため労働集約的である。したがって生産能力の削減によって生じる労働者の減少効果はより大きい。その結果、過剰生産能力削減政策によって、更に石炭需要が2017年より再び増加に向かったことも相まって、労働生産性は大幅に上昇することとなったというわけだ。
従来だと往々にして石炭需要が回復すると即座に供給が急増し、ほどなく供給過剰に陥る悪循環にはまりがちで、そうなればいずれ石炭価格が下落し、石炭産業全体が経営悪化に陥るという構図が繰り返されてきた。しかし今回は生産能力の削減が進み、更には政策主導で石炭企業のM&A(企業の合併・買収)を通じた集約化も進んだことで、増産に慎重な姿勢を維持した(重要な要因として、中国政府が2021年秋までは石炭消費の拡大に抑制的な姿勢であったことも大きい)。その結果、政策開始直後の2016年6月に石炭価格が急上昇し、その後横ばいを続けたものの、2021年夏頃から水力と再エネの出力が急低下したことで停電を含む深刻な電力不足に陥り、中国政府が性急な脱石炭の政策スタンスを修正したこと、更に2022年のロシアによるウクライナ侵攻などの国際市況の影響もあり、石炭価格は急騰することとなった。
石炭価格が大幅に上昇したことが主要因であろうが、他にも過剰生産能力の削減政策により炭鉱の生産規模が拡大したこと、産炭地の主要4地域(山西省、内蒙古、陝西省、新疆)への集約化が進んで生産効率や輸送効率が向上したことなどもあり、中国の石炭産業の経済効率性は大きく向上した。
図の通り、過去20年の中国石炭産業の経営状況は、以上の経緯を反映して変動してきた。利潤額は石炭市況が「黄金の十年」と呼ばれる好況期が終わる2011年をピークに2015年まで急減し、過剰生産能力の削減政策が開始された2016年に底打ちして反転している。その後は、深刻な電力不足を受けた石炭政策の見直しまでは利潤額の伸びは緩やかであるが、石炭火力による発電量が再び増加し始めた2021年以降は急激に利潤が拡大している。投資額も多少の時間的なズレはあるものの、基本的に利潤額の推移と同様の動きをしてきた。
図 中国の石炭産業の投資額(左軸)と利潤額(右軸)の推移
省力化への投資が進む
注目すべきは投資の中身である。投資額で見れば、2012年と2023年はほぼ同水準である。しかし投資内容は全く異なっている。2012年前後の投資の大部分は新規炭鉱の建設を始め、生産能力の拡充に投じられていた。そのため2012年には23.4億トンであった生産能力は過剰生産能力の削減政策が開始される前年の2015年には57億トンと、わずか3年間で34億トン近く増えて、2.4倍へと激増したのであった。
それでは2017年に底打ちし、その後回復基調に乗った近年の投資内容はどうだったかと言えば、生産能力拡充にも資金が投じられたが、各企業の年報などを見ると、生産システムのスマート化への投資が積極的に進められたことが分かる。情報技術を用いた遠隔操作による生産システムがその代表的なものであり、採炭のみならず坑道展開まで地上のコントロール室での操作が可能で、基本的に地下には数名の待機人員を要するのみ(いずれは完全無人採炭を目指す)というものである。実際、2015年5月時点でそうしたスマート生産システムの導入数は3つの切羽(きりは)でしかなかったが、2018年末に80、2019年末には275と数年間で急速に導入が進んでいる。そして2023年には758の炭鉱の1,651の切羽に導入されており(天瑪智控 [2024])、炭鉱数で見ると導入率は17.4%にまで達している。
中国政府も2020年3月以来、スマート生産システムの導入を推進しており、2026年までにスマート生産システムの導入炭鉱を生産能力の6割以上へと引き上げる目標を掲げている。2024年4月時点で、国家レベルのスマート生産システムのパイロット炭鉱が60、省レベルのパイロット炭鉱が200余り指定されており、既に採炭切羽1,922か所、掘進坑道2,154か所がスマート化されているとされる。全国の炭鉱の採炭切羽は約5,100、掘進坑道は約1万1,100存在し、これら全てをスマート化した際の投資額は1.2兆元に及ぶとの試算がある(余娜 [2024])。
2016年以降、生産システムのスマート化にどれくらいの投資がなされたのかを示すデータは見当たらない。新規炭鉱の開発投資が抑制される背景の下、2019年から2023年にかけて1,376もの切羽にスマート生産システムの導入が進んだこと、それと上述した生産システムのスマート化の投資額試算を掛け合わせると、2010年代後半以降の投資額の増加に生産システムのスマート化がかなり含まれているとの見方に妥当性はあろう。
いずれにせよ、生産システムのスマート化が大々的に推進されている状況がもたらす効果は注目に値する。2016年から2024年にかけて炭鉱の地下作業員の数は37万人減少したとのことで(余娜 [2024])、同時期における石炭産業全体の就業者の減少数130万人の3割弱に相当する。離職者の3割弱というのは少ないように思えるかもしれないが、当時大企業間のM&Aが進んでいたため、重複する間接部門のリストラの結果、離職者数全体の数字がかさ上げされたことが影響しているのだろう。同時期の石炭生産量が38.1%も増加したことを踏まえると、大幅な増産の中で、石炭生産に直接従事する地下作業員の削減は、スマート生産システムの導入なしにはあり得なかったはずである。そしてこの生産システムのスマート化による労働節約は今後も続いていく見込みである。
公正な移行実現の可能性は十分にある
以上の分析に基づき、本稿の結論として、中国では脱炭素に伴う石炭需要の減少に対して石炭生産企業が石炭からの公正な移行を実現する主体となるという見通しを提示したい。
本稿で分析した通り、中国では2013年以降、石炭産業における急激な就業者の削減を実現し、同時に石炭の増産、更には石炭生産企業の経営状況の改善をも達成してきた。生産能力が縮小したことで過剰な固定費用が削減され、供給過剰体質が改善した結果、石炭価格の下落に歯止めがかかり、2011年以降は石炭価格が急上昇することとなった。その結果、石炭生産企業の経営状況が好転したことで石炭産業の利潤が拡大し、投資も拡大するという好循環の中、中国の石炭産業では労働節約につながるスマート生産システムの導入を進めている。
こうした2013年以降に中国の石炭産業で起こってきた現実は、今後脱炭素による石炭需要の減少によって石炭産業が直面すると考えられる課題とかなりオーバーラップすると考えられる。中国は2030年前後のCO2排出量ピークアウトに国際的にコミットしており、2030年代以降に脱炭素による石炭需要の減少が生じてくる見込みである。しかし石炭需要の減少速度は、中国政府が近年エネルギーの安定供給の重要性を重視した政策を押し出していることから、恐らくそれほど急激なものにはならないと考えられる。
そうすると、中国の石炭産業が2013年以降のこの10年間で進めてきた対応、すなわち石炭生産の経済効率性を高め、石炭生産企業の経営状況を良好なものに維持することで、石炭生産企業が石炭からの公正な移行に必要な石炭産業の秩序ある縮小に対応できると考えられる。最大の課題は2023年でも265万人に上る就業者をいかに摩擦なく減少させていくかということになるが、中国の石炭産業では既に2013年から就業者の削減に着手してきたこと、またスマート生産システムの導入によって就業者の新規採用も抑制可能であることから、石炭生産企業が計画的に対応することが期待できる。何よりも石炭生産企業の経営状況が良好なことで、必要な資金を拠出できる余力があることが重要である。
目を転じて、例えば日本の1960年代のエネルギー流体革命による石炭産業の縮小過程においては、一部の大企業を除き、多くの石炭生産企業の経営が悪化する中、まさに石炭産業が崩壊していく中(「なだれ閉山」と形容された)、就業者も地域社会も支援なく放り出されたというのが実情であった。
大きな違いは、日本の石炭産業の縮小を引き起こしたのは中東における大油田の開発を契機とした原油価格の低下であり、経済性の面から石炭の価格競争力が喪失したことで市場において急激に石炭需要が消失していったのに対し、脱炭素による石炭需要減はよりゆっくりと、そして中国政府の関与で操作可能な計画的なスピードで進められるという点であろう。とは言え、たとえ収縮のスピードがゆっくりに進むとしても、重要なのはその間、石炭産業が良好な経営状況を維持し、労働者を減らしながらも最後まで雇用し続けることができるかどうかである。
今後の中国における石炭需要の減少が引き起こす石炭産業の収縮過程は日本の1960年代以降の状況とは異なるものになると考えられる。従来の石炭産業の収縮過程においては、日本に限らず多くの国で、縮小過程に入った時点で石炭企業の経営が悪化しているにもかかわらず、依然として大量の労働者を抱えている状態であった。そのため、石炭企業から労働者は放り出され、産炭地では失職した労働者が新たに就く仕事もなく、貧困状態に置かれた大量の労働者が滞留する状態が長期化する。しかし中国では、計画的に時間をかけて石炭生産の減少に対応することができるメリットを生かし、省力化技術の導入で新規採用を抑制して就業者を増やすことなく、生産減による労働者の削減は定年退職という自然減で対処し、失職(解雇やリストラ)という事態を回避することが可能であろう。
石炭企業自身が石炭からの公正な移行にきちんと参画し、秩序ある縮小を達成していくというのは、時代背景は異なるとは言え、日本のみならず世界のこれまでの石炭産業の縮小過程で初めてのことではないか。そのため、独自の石炭からの公正な移行と捉え、注目する価値があるのではないかと考える。
参考文献
・天瑪智控 [2024]「北京天瑪智控科技股份有限公司2023年年度報告」、URL: http://www.tdmarco.com/upload/files/2024/3/%E5%A4%A9%E7%8E%9B%E6%99%BA%E6%8E%A72023%E5%B9%B4%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E6%8A%A5%E5%91%8A.pdf
・新華社 [2016]「煤炭去産能打出“組合拳”–《関於煤炭行業化解過剰産能実現脱困発展的意見》三大看点」、URL: https://baike.baidu.com/reference/19369119/533aYdO6cr3_z3kATKaNxKj1MCnFMt2t77TSW7ZzzqIP0XOpX5nyFI899pk88Lh9HA7Ft5tnL4RFx77nCkla7vIPIrJrBuB82Rn6UzDLwb7u4YF1xw
・余娜 [2024]「智能鉱山建設提速 四大掣肘如何破?」、URL: https://www.sohu.com/a/784410380_121948416