トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

中国の石炭からの「公正な移行」
石炭企業が秩序ある撤退を担う

堀井伸浩
九州大学経済学研究院准教授
経済
印刷する
石炭産業の「公正な移行」のためには、現在の就業者を増加させることなく、かつ今後の石炭生産拡大に対応できるかどうかが重要である。そのために中国では地下労働者を減らすスマート生産システムの導入が急拡大している。写真は中国山東省菏沢市の炭鉱の坑内作業。ドリルから得られた情報を基にAIが監視する。2023年7月19日(共同通信社)
石炭産業の「公正な移行」のためには、現在の就業者を増加させることなく、かつ今後の石炭生産拡大に対応できるかどうかが重要である。そのために中国では地下労働者を減らすスマート生産システムの導入が急拡大している。写真は中国山東省菏沢市の炭鉱の坑内作業。ドリルから得られた情報を基にAIが監視する。2023年7月19日(共同通信社)

公正な移行実現の可能性は十分にある

以上の分析に基づき、本稿の結論として、中国では脱炭素に伴う石炭需要の減少に対して石炭生産企業が石炭からの公正な移行を実現する主体となるという見通しを提示したい。

本稿で分析した通り、中国では2013年以降、石炭産業における急激な就業者の削減を実現し、同時に石炭の増産、更には石炭生産企業の経営状況の改善をも達成してきた。生産能力が縮小したことで過剰な固定費用が削減され、供給過剰体質が改善した結果、石炭価格の下落に歯止めがかかり、2011年以降は石炭価格が急上昇することとなった。その結果、石炭生産企業の経営状況が好転したことで石炭産業の利潤が拡大し、投資も拡大するという好循環の中、中国の石炭産業では労働節約につながるスマート生産システムの導入を進めている。

こうした2013年以降に中国の石炭産業で起こってきた現実は、今後脱炭素による石炭需要の減少によって石炭産業が直面すると考えられる課題とかなりオーバーラップすると考えられる。中国は2030年前後のCO2排出量ピークアウトに国際的にコミットしており、2030年代以降に脱炭素による石炭需要の減少が生じてくる見込みである。しかし石炭需要の減少速度は、中国政府が近年エネルギーの安定供給の重要性を重視した政策を押し出していることから、恐らくそれほど急激なものにはならないと考えられる。

そうすると、中国の石炭産業が2013年以降のこの10年間で進めてきた対応、すなわち石炭生産の経済効率性を高め、石炭生産企業の経営状況を良好なものに維持することで、石炭生産企業が石炭からの公正な移行に必要な石炭産業の秩序ある縮小に対応できると考えられる。最大の課題は2023年でも265万人に上る就業者をいかに摩擦なく減少させていくかということになるが、中国の石炭産業では既に2013年から就業者の削減に着手してきたこと、またスマート生産システムの導入によって就業者の新規採用も抑制可能であることから、石炭生産企業が計画的に対応することが期待できる。何よりも石炭生産企業の経営状況が良好なことで、必要な資金を拠出できる余力があることが重要である。

目を転じて、例えば日本の1960年代のエネルギー流体革命による石炭産業の縮小過程においては、一部の大企業を除き、多くの石炭生産企業の経営が悪化する中、まさに石炭産業が崩壊していく中(「なだれ閉山」と形容された)、就業者も地域社会も支援なく放り出されたというのが実情であった。

大きな違いは、日本の石炭産業の縮小を引き起こしたのは中東における大油田の開発を契機とした原油価格の低下であり、経済性の面から石炭の価格競争力が喪失したことで市場において急激に石炭需要が消失していったのに対し、脱炭素による石炭需要減はよりゆっくりと、そして中国政府の関与で操作可能な計画的なスピードで進められるという点であろう。とは言え、たとえ収縮のスピードがゆっくりに進むとしても、重要なのはその間、石炭産業が良好な経営状況を維持し、労働者を減らしながらも最後まで雇用し続けることができるかどうかである。

今後の中国における石炭需要の減少が引き起こす石炭産業の収縮過程は日本の1960年代以降の状況とは異なるものになると考えられる。従来の石炭産業の収縮過程においては、日本に限らず多くの国で、縮小過程に入った時点で石炭企業の経営が悪化しているにもかかわらず、依然として大量の労働者を抱えている状態であった。そのため、石炭企業から労働者は放り出され、産炭地では失職した労働者が新たに就く仕事もなく、貧困状態に置かれた大量の労働者が滞留する状態が長期化する。しかし中国では、計画的に時間をかけて石炭生産の減少に対応することができるメリットを生かし、省力化技術の導入で新規採用を抑制して就業者を増やすことなく、生産減による労働者の削減は定年退職という自然減で対処し、失職(解雇やリストラ)という事態を回避することが可能であろう。

石炭企業自身が石炭からの公正な移行にきちんと参画し、秩序ある縮小を達成していくというのは、時代背景は異なるとは言え、日本のみならず世界のこれまでの石炭産業の縮小過程で初めてのことではないか。そのため、独自の石炭からの公正な移行と捉え、注目する価値があるのではないかと考える。

参考文献

・天瑪智控 [2024]「北京天瑪智控科技股份有限公司2023年年度報告」、URL: http://www.tdmarco.com/upload/files/2024/3/%E5%A4%A9%E7%8E%9B%E6%99%BA%E6%8E%A72023%E5%B9%B4%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E6%8A%A5%E5%91%8A.pdf

・新華社 [2016]「煤炭去産能打出“組合拳”–《関於煤炭行業化解過剰産能実現脱困発展的意見》三大看点」、URL: https://baike.baidu.com/reference/19369119/533aYdO6cr3_z3kATKaNxKj1MCnFMt2t77TSW7ZzzqIP0XOpX5nyFI899pk88Lh9HA7Ft5tnL4RFx77nCkla7vIPIrJrBuB82Rn6UzDLwb7u4YF1xw

・余娜 [2024]「智能鉱山建設提速 四大掣肘如何破?」、URL:  https://www.sohu.com/a/784410380_121948416

1 2 3 4
ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.