Commentary
中国の石炭からの「公正な移行」
石炭企業が秩序ある撤退を担う
図の通り、過去20年の中国石炭産業の経営状況は、以上の経緯を反映して変動してきた。利潤額は石炭市況が「黄金の十年」と呼ばれる好況期が終わる2011年をピークに2015年まで急減し、過剰生産能力の削減政策が開始された2016年に底打ちして反転している。その後は、深刻な電力不足を受けた石炭政策の見直しまでは利潤額の伸びは緩やかであるが、石炭火力による発電量が再び増加し始めた2021年以降は急激に利潤が拡大している。投資額も多少の時間的なズレはあるものの、基本的に利潤額の推移と同様の動きをしてきた。
図 中国の石炭産業の投資額(左軸)と利潤額(右軸)の推移
省力化への投資が進む
注目すべきは投資の中身である。投資額で見れば、2012年と2023年はほぼ同水準である。しかし投資内容は全く異なっている。2012年前後の投資の大部分は新規炭鉱の建設を始め、生産能力の拡充に投じられていた。そのため2012年には23.4億トンであった生産能力は過剰生産能力の削減政策が開始される前年の2015年には57億トンと、わずか3年間で34億トン近く増えて、2.4倍へと激増したのであった。
それでは2017年に底打ちし、その後回復基調に乗った近年の投資内容はどうだったかと言えば、生産能力拡充にも資金が投じられたが、各企業の年報などを見ると、生産システムのスマート化への投資が積極的に進められたことが分かる。情報技術を用いた遠隔操作による生産システムがその代表的なものであり、採炭のみならず坑道展開まで地上のコントロール室での操作が可能で、基本的に地下には数名の待機人員を要するのみ(いずれは完全無人採炭を目指す)というものである。実際、2015年5月時点でそうしたスマート生産システムの導入数は3つの切羽(きりは)でしかなかったが、2018年末に80、2019年末には275と数年間で急速に導入が進んでいる。そして2023年には758の炭鉱の1,651の切羽に導入されており(天瑪智控 [2024])、炭鉱数で見ると導入率は17.4%にまで達している。
中国政府も2020年3月以来、スマート生産システムの導入を推進しており、2026年までにスマート生産システムの導入炭鉱を生産能力の6割以上へと引き上げる目標を掲げている。2024年4月時点で、国家レベルのスマート生産システムのパイロット炭鉱が60、省レベルのパイロット炭鉱が200余り指定されており、既に採炭切羽1,922か所、掘進坑道2,154か所がスマート化されているとされる。全国の炭鉱の採炭切羽は約5,100、掘進坑道は約1万1,100存在し、これら全てをスマート化した際の投資額は1.2兆元に及ぶとの試算がある(余娜 [2024])。
2016年以降、生産システムのスマート化にどれくらいの投資がなされたのかを示すデータは見当たらない。新規炭鉱の開発投資が抑制される背景の下、2019年から2023年にかけて1,376もの切羽にスマート生産システムの導入が進んだこと、それと上述した生産システムのスマート化の投資額試算を掛け合わせると、2010年代後半以降の投資額の増加に生産システムのスマート化がかなり含まれているとの見方に妥当性はあろう。
いずれにせよ、生産システムのスマート化が大々的に推進されている状況がもたらす効果は注目に値する。2016年から2024年にかけて炭鉱の地下作業員の数は37万人減少したとのことで(余娜 [2024])、同時期における石炭産業全体の就業者の減少数130万人の3割弱に相当する。離職者の3割弱というのは少ないように思えるかもしれないが、当時大企業間のM&Aが進んでいたため、重複する間接部門のリストラの結果、離職者数全体の数字がかさ上げされたことが影響しているのだろう。同時期の石炭生産量が38.1%も増加したことを踏まえると、大幅な増産の中で、石炭生産に直接従事する地下作業員の削減は、スマート生産システムの導入なしにはあり得なかったはずである。そしてこの生産システムのスマート化による労働節約は今後も続いていく見込みである。