Commentary
中国の石炭からの「公正な移行」
石炭企業が秩序ある撤退を担う
時期によって労働者数の削減率と労働生産性の伸びに違いがあるのは、就業者が減少した原因が異なるためである。2013年から2015年にかけては、前年の2012年から石炭市況が深刻な悪化に陥ったところに中国政府の脱石炭政策で中小石炭ユーザーの石炭利用の制限が加わったことで石炭消費量が減少、生産量も同様に減少した。他方、2016年から2020年の期間は強力な政治的イニシアティブで過剰生産能力の削減政策が推進され、不採算炭鉱の閉山が進んだが、石炭生産量自体は増加し続けた。すなわち石炭生産量が増加しているにもかかわらず、就業者を減らしたことが大幅な生産性の上昇につながったのである。
過剰生産能力の削減政策で経営状況は好転
加えて、石炭需要が回復する中、同時に生産能力の削減を進めたことも奏功した。2016年から2020年にかけて、中国政府は石炭・鉄鋼両産業の過剰生産能力の削減政策を実施した。当時、中国石炭産業の生産能力の合計は57億3000万トン、同年の石炭生産量は36億8000万トンであったから、生産能力の35%に相当する20億トンの生産能力が遊休化していたことになる。中国政府は2020年までに5億トンの生産能力の削減を政策目標とし、実際には目標を上回る9億8000万トンの生産能力を削減したとされる(左前明・周杰・杜冲[2021])。具体的には、石炭生産企業各社に削減量目標が割り振られ、各社は具体的に閉鎖する炭鉱を自ら決定する形であり、閉鎖対象となった炭鉱には中央政府と地方政府から補助金が支給され、労働者にも給与補填(ほてん)と転職支援が提供された。
削減対象は当然経営状況の悪い炭鉱から順に進んでいくわけで、立地などの要因もあるが、主として規模が小さく老朽化した非効率な炭鉱が閉鎖対象であった。政策開始前の2015年末時点で1.08万の炭鉱が存在し、そのうち7000余りの炭鉱が年産30万トン以下の小型炭鉱であり、その生産量の合計は全体の10%に満たない状況であった(新華社 [2016])。年産規模の小さい小型炭鉱は相対的に設備投資も少なく、そのため労働集約的である。したがって生産能力の削減によって生じる労働者の減少効果はより大きい。その結果、過剰生産能力削減政策によって、更に石炭需要が2017年より再び増加に向かったことも相まって、労働生産性は大幅に上昇することとなったというわけだ。
従来だと往々にして石炭需要が回復すると即座に供給が急増し、ほどなく供給過剰に陥る悪循環にはまりがちで、そうなればいずれ石炭価格が下落し、石炭産業全体が経営悪化に陥るという構図が繰り返されてきた。しかし今回は生産能力の削減が進み、更には政策主導で石炭企業のM&A(企業の合併・買収)を通じた集約化も進んだことで、増産に慎重な姿勢を維持した(重要な要因として、中国政府が2021年秋までは石炭消費の拡大に抑制的な姿勢であったことも大きい)。その結果、政策開始直後の2016年6月に石炭価格が急上昇し、その後横ばいを続けたものの、2021年夏頃から水力と再エネの出力が急低下したことで停電を含む深刻な電力不足に陥り、中国政府が性急な脱石炭の政策スタンスを修正したこと、更に2022年のロシアによるウクライナ侵攻などの国際市況の影響もあり、石炭価格は急騰することとなった。
石炭価格が大幅に上昇したことが主要因であろうが、他にも過剰生産能力の削減政策により炭鉱の生産規模が拡大したこと、産炭地の主要4地域(山西省、内蒙古、陝西省、新疆)への集約化が進んで生産効率や輸送効率が向上したことなどもあり、中国の石炭産業の経済効率性は大きく向上した。