Commentary
香港サッカー親善試合「メッシ欠場騒動」のなぜ
香港の政治状況に対する「静かな抗議」だったのか
2024年2月4日、メディア企業のタトラー・アジアが主催するサッカー親善試合(米メジャーリーグサッカーのインテル・マイアミと香港プレミアリーグの選抜チームの対戦)が行われ、スタジアムには約3万8000人の観客が集まった。試合はマイアミが4対1で勝利したが、主力のリオネル・メッシ選手は試合終了までベンチに座っていた。同月6日、メッシは東京での記者会見で、内転筋の違和感で欠場したと説明した。
世界最高のサッカー選手とされるメッシの出場に期待するファンは多く、もしメッシが出ないということが最初からわかっていれば、880〜4880香港ドル(約1万7000〜9万3000円)のチケットを購入して同試合を観戦した人は少なかっただろう。サッカーの5大リーグ(イングランドのプレミアリーグ、スペインのラ・リーガ、イタリアのセリエA、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグアン)に比べ、ファンは米メジャーリーグにあまり関心がないし、香港プレミアリーグなら2000円程度で楽しめるからだ。
メッシ欠場に対して香港各界は騒然となり、地元メディアは連日報道を繰り返した。本稿では、契約や欠場が決定された時点、イベントの運営、および各界における政治的な解釈という4つの視点から、この騒動を整理しつつ疑問を提起したいと思う。
メッシは欠場しても契約違反ではなかったのか
今回の親善試合は、タトラー・アジアのフェスティバル「XFEST」の第1弾として開催された。2月5日の『Yahoo新聞』は中国香港サッカー協会の貝鈞奇会長の見解を引用し、インテル・マイアミへの報酬は800万〜1000万米ドル(約12億〜15億円)に達すると述べている。一方で、親善試合は香港政府の文化体育観光局の体育委員会に属するメジャー・スポーツ・イベント委員会によって「Mマーク」という支援制度を受けることが認められ、1500万香港ドル(約2億8600万円)の補助金が提供され、またスタジアム整備にも100万香港ドル(約1900万円)の補助金が提供されることになっていた。
タトラー・アジアとインテル・マイアミとの契約、またタトラー・アジアと香港政府との交渉に関する情報は限られているが、タトラー・アジアが2月8日に出した声明によれば「インテル・マイアミはメッシ、アルバ、ブスケッツ、スアレスを含む主要選手について、ケガをしていない限り、45分間プレーすることを義務づけられるとの約束を契約の下で交わしていた」という。また、文化体育観光局の楊潤雄局長の2月5日の発言によれば「タトラー・アジアとの資金提供協定におけるキータームの1つは、メッシが健康(状態)と安全を考慮したうえで、少なくとも45分間試合に参加すること」だったという。
メッシが体調不良やケガではない限り、少なくとも45分間出場するという条件は、タトラー・アジアとインテル・マイアミとの契約にも、タトラー・アジアと香港政府との協定にも盛り込まれていた。インテル・マイアミというチームよりも、かつてFCバルセロナでプレーしていた4人の選手、中でもメッシの出場に対する「期待」が、これらの契約や協定を成立させた最も重要な要素であったといえる。とはいえ、ケガに関する細則や欠場による返金、減額、代替案などがとくに定められていないのであれば、チームがメッシのケガによる欠場を宣告すると、タトラー・アジアは本当に「期待」だけを買うことになる。つまり、今回の巨額の契約は、単なる「期待」に基づく取引となっていたのかもしれない。
メッシの欠場を目の当たりにした香港政府は、試合終了後、補助金を削減する可能性を示唆した。試合翌日の2月5日には、タトラー・アジアのミシェル・ラムニエールCEOが補助金申請を取り下げると宣言した。香港政府との協定の内容からすると、「健康(状態)と安全」の問題によるメッシの欠場は違反ではないため、補助金の削減や申請取り下げは不要であるように思われるが、彼らは別の根拠や理由でそのような行動をとったようである。