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Commentary

香港サッカー親善試合「メッシ欠場騒動」のなぜ
香港の政治状況に対する「静かな抗議」だったのか

銭俊華
東京大学大学院総合文化研究科博士課程
社会・文化
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2月7日、日本のヴィッセル神戸との親善試合でプレーするメッシ。その3日前の香港での試合は欠場していた(写真=東京・国立競技場、共同通信IMAGE LINK)
2月7日、日本のヴィッセル神戸との親善試合でプレーするメッシ。その3日前の香港での試合は欠場していた(写真=東京・国立競技場、共同通信IMAGE LINK)

 2024年2月4日、メディア企業のタトラー・アジアが主催するサッカー親善試合(米メジャーリーグサッカーのインテル・マイアミと香港プレミアリーグの選抜チームの対戦)が行われ、スタジアムには約3万8000人の観客が集まった。試合はマイアミが4対1で勝利したが、主力のリオネル・メッシ選手は試合終了までベンチに座っていた。同月6日、メッシは東京での記者会見で、内転筋の違和感で欠場したと説明した。

 世界最高のサッカー選手とされるメッシの出場に期待するファンは多く、もしメッシが出ないということが最初からわかっていれば、880〜4880香港ドル(約1万7000〜9万3000円)のチケットを購入して同試合を観戦した人は少なかっただろう。サッカーの5大リーグ(イングランドのプレミアリーグ、スペインのラ・リーガ、イタリアのセリエA、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグアン)に比べ、ファンは米メジャーリーグにあまり関心がないし、香港プレミアリーグなら2000円程度で楽しめるからだ。

 メッシ欠場に対して香港各界は騒然となり、地元メディアは連日報道を繰り返した。本稿では、契約や欠場が決定された時点、イベントの運営、および各界における政治的な解釈という4つの視点から、この騒動を整理しつつ疑問を提起したいと思う。

メッシは欠場しても契約違反ではなかったのか

 今回の親善試合は、タトラー・アジアのフェスティバル「XFEST」の第1弾として開催された。2月5日の『Yahoo新聞』は中国香港サッカー協会の貝鈞奇会長の見解を引用し、インテル・マイアミへの報酬は800万〜1000万米ドル(約12億〜15億円)に達すると述べている。一方で、親善試合は香港政府の文化体育観光局の体育委員会に属するメジャー・スポーツ・イベント委員会によって「Mマーク」という支援制度を受けることが認められ、1500万香港ドル(約2億8600万円)の補助金が提供され、またスタジアム整備にも100万香港ドル(約1900万円)の補助金が提供されることになっていた。

 タトラー・アジアとインテル・マイアミとの契約、またタトラー・アジアと香港政府との交渉に関する情報は限られているが、タトラー・アジアが2月8日に出した声明によれば「インテル・マイアミはメッシ、アルバ、ブスケッツ、スアレスを含む主要選手について、ケガをしていない限り、45分間プレーすることを義務づけられるとの約束を契約の下で交わしていた」という。また、文化体育観光局の楊潤雄局長の2月5日の発言によれば「タトラー・アジアとの資金提供協定におけるキータームの1つは、メッシが健康(状態)と安全を考慮したうえで、少なくとも45分間試合に参加すること」だったという。

 メッシが体調不良やケガではない限り、少なくとも45分間出場するという条件は、タトラー・アジアとインテル・マイアミとの契約にも、タトラー・アジアと香港政府との協定にも盛り込まれていた。インテル・マイアミというチームよりも、かつてFCバルセロナでプレーしていた4人の選手、中でもメッシの出場に対する「期待」が、これらの契約や協定を成立させた最も重要な要素であったといえる。とはいえ、ケガに関する細則や欠場による返金、減額、代替案などがとくに定められていないのであれば、チームがメッシのケガによる欠場を宣告すると、タトラー・アジアは本当に「期待」だけを買うことになる。つまり、今回の巨額の契約は、単なる「期待」に基づく取引となっていたのかもしれない。

 メッシの欠場を目の当たりにした香港政府は、試合終了後、補助金を削減する可能性を示唆した。試合翌日の2月5日には、タトラー・アジアのミシェル・ラムニエールCEOが補助金申請を取り下げると宣言した。香港政府との協定の内容からすると、「健康(状態)と安全」の問題によるメッシの欠場は違反ではないため、補助金の削減や申請取り下げは不要であるように思われるが、彼らは別の根拠や理由でそのような行動をとったようである。

 香港文化体育観光局の楊局長によれば、タトラー・アジアがメッシの欠場を確認し政府に伝えたのは、試合の後半である。なぜそこまでギリギリの時点になったのか。『TVB News』はインテル・マイアミに問い合わせたところ、メッシとスアレスが出場できる可能性を最後まで模索していた、という旨の回答だったという。

 メッシの不調や欠場の可能性は以前から伝わっていた。1月13日の『on.cc東網』は「契約はメッシのプレーを保証するものではない」と報じていた。2月1日、インテル・マイアミがサウジアラビアでアルナスルと対戦した際、メッシは最後の7分しかプレーしていなかった。2月2日の『大公文匯網』によれば、インテル・マイアミのヘラルド・マルティーノ監督は香港での記者会見で「メッシの体調をさらに評価する必要があり、可能な限りプレーさせるつもりだ」と語ったという。2月3日の練習にもメッシは参加した。

 しかしマルティーノ監督は試合後の記者会見で、「昨日(3日)もメッシを練習(午後5時半から)に参加させたが、午後になって彼の体調を評価した結果、最終的に彼に休養を続けさせることを決定し、出場の手配ができなかった」と説明した(『Yahoo新聞』)。「午後」とはいつだろうか。試合の後半であろうか?

 試合の開始前、スタジアムのディスプレイに映った交代選手のリストにはメッシの名前が入っていた。試合直後にタトラー・アジアが発した声明によれば、タトラー・アジアは試合前にメッシの不参加に関する情報を持っていなかった。翌日(5日)にタトラー・アジアが発した声明によれば、試合当日にマルティーノ監督が提出した正式な選手リストにもメッシの名前が記されていた。また、楊局長によれば、試合開始前、タトラー・アジアはメッシが後半に出場することを再確認したという。

 一方で、インテル・マイアミの公式インスタグラムの投稿を見ると、メッシの名前は先発メンバーにも、交代選手リストにも入っていない。その投稿は「午前3時(東部標準時)」とマークされており、つまり投稿した時点は香港の午後4時、試合開始の時点である。『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』によれば、2月15日、タトラー・アジアのラムニエールCEOは、試合開始前の15分にメッシの欠場を知ったと述べている(この発言は試合直後のタトラー・アジアの声明と矛盾している)。実際、メッシは長いズボンと、サッカーシューズではなくスニーカーを履いてピッチに出てきた。まるでコーチ陣の一員のようだ。ウォームアップする姿も見られなかった。インテル・マイアミは、試合前にメッシの欠場を決定したのに、何らかの理由でそれを言えなかったのか。それとも本当に試合後半まで出場のチャンスをうかがっていたのか? また、発言が矛盾しているタトラー・アジアは、一体いつ欠場の決定を知ったのか?

メッシ欠場に対応する救済策も決まっていなかったのか

 2月5日の楊局長の発言によれば、メッシ欠場のまま後半が始まった時、政府はタトラー・アジアをつうじてインテル・マイアミと連絡を取り、メッシが一刻も早くプレーするよう要請したが、その後タトラー・アジアから、メッシは負傷のためプレーできないとの連絡があったという。さらに、試合終了の10分ほど前、政府はメッシの出場を再度要請したものの、タトラー・アジアをつうじてメッシが出場できないことを再確認した。そこで政府は、メッシがフィールドに現れてトロフィーを受け取るなど、他の救済策を模索するよう即座に要請した。しかしインテル・マイアミやメッシ本人はそれらの要請に応じなかったという。

 楊局長の発言から、以下、3つの問題点があったと考えられる。第1に、メッシの欠場について、インテル・マイアミが正式に主催者に告知すべき時点が契約上明確に定められていなかった可能性がある(もし主催者が試合開始15分前に欠場決定を知っていたのであれば、なぜ政府にそれを伝えなかったのか?)。第2に、メッシの欠場に応じる救済策が契約で明示されていなかったようだ。それゆえ政府は試合終了の間際になって救済策を模索するよう即座に要請しなければならなかったのだろう。第3に、こうした懸念があるにもかかわらず、政府はなぜか今回の試合に補助金を出すことを決定した。2月6日の『明報新聞網』によれば、ラジオ番組の取材を受けた楊局長は「これは商業上の事柄にかかわるため、お金や金額に関連する情報など敏感な商業情報が含まれています。そのため、私たちがそれぞれの詳細を知る必要はありません」と述べたという。

 香港サッカー協会の貝会長によれば、過去の国際親善試合では、選手の欠場に対する減額は契約上定められていたそうである。YouTubeチャンネル『堅離地球・沈旭暉・馮智政』のインタビューで、香港サッカー界のベテラン・コメンテーターである施建章も、出場と欠場に応じて報酬を設定することや、スター選手が何をするかしないかすべて事前に交渉するのは一般的なやり方であると述べた。しかし、今回の主催者はそのような工夫を徹底できなかったようである。

 サッカー関連のイベント・マーケティングを専門とするプロイベンツ(ProEvents)は、香港でのサッカー国際親善試合の開催経験が豊富である。2014年の香港対アルゼンチンの試合(0-7)もプロイベンツによるものであり、メッシは30分間の出場で2得点1アシストを記録した。今回のインテル・マイアミと香港選抜の試合ではプロイベンツはタトラー・アジアの「パートナー」として関わっているが、なぜか自社の経験を共有できていなかったようである。

 このたびのメッシの香港来訪では結構タイトなスケジュールが設定されていた。メッシは2月1日にサウジアラビアでの試合を終え、2日の午後2時半頃に香港に到着した。同日の記者会見には出席しなかったが、3日にはチームの練習、子どもたちとのサッカー交流、パラリンピック選手や障害者、大病を患った経験のある子どもとの交流会もあった。VIPとのパーティーにも参加したそうである。子どもと交流するとき、メッシは笑顔だったし、こうしたスケジュールが普通ではないかと思われるかもしれないが、2014年のアルゼンチン代表は、試合前の非公開練習と試合当日のみに出席し、他の活動を拒否した。

 『香港01』によれば、香港政府は約100万香港ドル(約1900万円)を用意してメッシをビクトリアハーバー遊覧に誘い、香港観光を宣伝させようと目論んだ。メッシを新設スポーツパークに招待しようとする動きもあった。しかしこれらは拒否されたという。欠場の代わりにトロフィーを受け取ることや、香港トップの行政長官である李家超との握手と写真撮影も回避した。去年の『ニューヨーク・タイムズ』によれば、サウジアラビア観光局と契約したメッシは3年間で2500万米ドル(約37億円)の報酬を受け取る可能性があり、実際の仕事は、数回のCM出演、SNSへの投稿、家族や友人と一緒にサウジに遊びに行くことなどである。それに比べ、香港政府が提示した金額が相場に相応しくないように見える。つまり、報酬が少なかったことが、メッシが香港政府からの要請に協力しなかった理由の一因かもしれない。また、李家超行政長官は米大統領令13936号に基づく制裁の対象者の一人であるため、米メジャーリーグでプレーしているメッシが彼との写真撮影を避けたのではないかという見解もある。

メッシの香港政治への「静かな抗議」だったのか

 中央政府の駐香港連絡弁公室主任である駱恵寧は2021年4月15日の全民国家安全教育日に際して、国家安全を破壊する行為の一種を指す言葉として、「軟対抗」(ソフトな対抗)との表現を用いた。2023年からは香港政府もこの言葉をときおり使っている。保安局の局長である鄧炳強が「軟対抗」を論じる際には、「香港や国家の安全を脅かし、香港や国家に対する憎しみをあおり、香港政府や中央政府を中傷しようとする」行為に言及したり、「羊村絵本事件」(オオカミが羊を支配し殺そうとする物語で香港政府を風刺したと言われ発行関係者らが逮捕された事件)を取り上げたりしている。行政長官の李家超も、経済、土地、住宅などの問題を口実に「軟対抗」を行う人がいると述べた。

 この「軟対抗」という言葉を使って、前述した一連のメッシの「非協力」は「軟対抗」だとみなす声がある。彼らは、メッシが2017年にノーベル平和賞を受賞した民主化・人権活動家の劉暁波にサイン入り写真を贈ったことや、政治的中立を保つために2022年のワールドカップ優勝後にアルゼンチンのアルベルト・フェルナンデス大統領の招待を拒否したことなどを取り上げ、メッシは香港の政治状況(2020年「国安法」の施行や「国家安全」に関する香港基本法23条の立法化の推進など)を察知したうえで静かな抗議を行ったと憶測している。つまり、メッシは政治的中立を保ちつつ、民主主義や人権擁護の立場を支持する一面もあると想像されている。

 しかし、2017年に劉暁波は末期の肝臓がんと診断され、同年7月13日に亡くなっている。サイン入り写真を贈ったことは中国での民主主義や人権擁護を支持する意図を持っていたのか、それとも平和賞受賞者への最後の心遣いなのかは断言できない。メッシは、王家による専制政治が敷かれているサウジアラビアの「観光大使」を引き受けたし、2023年6月15日に北京で開催されたアルゼンチン対オーストラリアの試合でプレーしている。つまり、メッシは非民主的と言われている国でのプレーや活動を拒否しているとは言えない。2014年のワールドカップ後には、メッシはクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領(当時)の招待に応じた。つまり、アルベルト・フェルナンデス大統領の招待を拒否したことを、メッシが政治的中立性を守ろうとしている証拠だとする見方にも問題がある。以上から考えると、メッシが香港の政治状況に対して静かな抗議を行ったと証明することは容易ではない。

 一方で『人民日報』系の『環球時報』は2月8日の社説で、「メッシとインテル・マイアミは(試合に欠場したことに対して)人々を納得させるような説明をしていない。今回の出来事の真の原因に関してはさまざまな憶測が飛び交っている。一説によれば、今回のやり方には政治的な動機があるという。香港はイベント経済を盛り上げようとしているが、外部勢力が香港を苦しい立場に追い込もうとしたというのである。事態の推移を考えるとこの推測が当たっている可能性も否定できない」としている。また、行政長官の諮問機関である行政会議のメンバー、葉劉淑儀は7日にX(旧ツイッター)で「香港の人々はメッシ、インテル・マイアミ、そして背後にいる黒い手を憎んでいる。彼らは意図的かつ計画的に香港を軽んじた」というポストを投稿した。

 「外部勢力」や「背後にいる黒い手」とは何か? 『環球時報』と葉劉淑儀は詳しく説明していない。9日、3月に予定されていた杭州でのアルゼンチン対ナイジェリアの親善試合と北京でのアルゼンチン対コートジボワール親善試合は中止になった。杭州市体育局が発した声明によれば、中止は「周知の理由」による決定である。今回の騒動はまず契約やイベント運営に原因を求めるべきであるが、杭州市当局や『環球時報』、葉劉淑儀氏の反応からみると、彼らはそうとは考えていないようである。

 来客でもあるメッシ選手の故障欠場に対し、主催側が繰り返し表現した感情は主に「極度の失望」であった。また、メッシが2月7日に東京での試合でプレーしたことについて、中国全国人民代表大会の香港代表であり立法会議員である霍啓剛は「これは私たち香港のサッカーファンの傷口に塩を塗る行為だ」とフェイスブックに投稿した。タトラー・アジアも8日に、「メッシとスアレスが2月7日に日本でプレーしたことは、もう1つの平手打ちのように感じられる」とした。2月8日にタトラー・アジアはチケットを購入した全員に50%の払い戻しを行う決定と、4300万香港ドル(約8億2000万円)の損失を公表した。今回の騒動が今後どのように展開するかは予測できないが、香港の一市民として不調を訴える来客に、まずお大事にしてくださいと言うべきだろう。

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