Commentary
変わりゆく中国におけるフェミニストのもがき
王政ミシガン大学教授が語る社会主義時代からのフェミニズム史
中国政府が1980年代から推し進めてきた一人っ子政策は、女性の権利という点では肯定的な影響をもたらした。なぜなら女性が一人っ子である場合には、家庭内の資源を兄弟と争う必要がないからである。親たちは一人っ子の娘に対して男子と変わらぬ教育費支出を行うので、2012年時点で修士号取得者の51.46パーセントが女性となり、大学生の51.03パーセントが女性となった(編者注:王教授は触れなかったが、一人っ子政策がもたらしたもう1つの結果が出生時の異常な性比である。女児100人に対し男児が103~107人程度生まれるのが通例であるが、一人っ子政策が厳しく施行されていた時代の中国では、男の子の誕生を願う親たちが出生前の検査で女児とわかると妊娠中絶をしてしまうことが少なくなかった。その影響で2004年時点では出生性比が女児100人に対し男児が121人にもなるという異常な事態となった。つまり、厳格な一人っ子政策のもとでは、女児は運よく生まれ出ることができれば家庭内の資源を兄弟と争うことがないのだが、そもそも生まれ出る機会が減らされてしまったのである。2015年に一人っ子政策が終了して以降は異常な出生性比は徐々に解消されており、2021年には女児100人に対し男児108人となっている)。
運動が弾圧される一方で、女性の権利は進歩に向かう
セクシャル・ハラスメントに反対する運動も活発化した。ところが、近年フェミニズム運動が当局によって弾圧される事件が相次いでいる。2015年3月にはフェミニスト5人が国際女性デーにバスの中で痴漢反対のステッカーを配布する計画を立てたところ、「騒動挑発罪」の容疑で警察に1カ月余り拘留される事件があった。「女権5姉妹事件」とも呼ばれる。
2017年に全国婦連の党書記の宋秀岩は「フェミニズムは海外の敵対勢力の手先である」と述べた。2018年に「#MeToo」運動が中国に波及し、2022年には鎖につながれて奴隷化された女性のニュースが広まって衝撃を与えた。ところが、「#MeToo」運動を率いた記者の黄雪琴が2021年に逮捕された(編者注:新聞記者の黄雪琴は2017年に中国の女性記者416人に対するアンケート調査を行い、8割以上の女性記者がセクハラに遭った経験があることを発表した。2021年9月に広州市の警察によって友人の王建兵とともに拘束され、2カ月後に「国家政権転覆扇動罪」の容疑で取り調べを受けていることが明らかとなった)。
ただ、女性の権利において進歩した面もある。まず2015年に反家庭暴力法が制定された。2016年にはトイレの設置数を男:女=2:3ないし1:2、上海では1:2.5にすることが決まった。2018年には杭州市で学校内における未成年者に対するセクシャル・ハラスメント防止条例が施行され、民法典にも「セクシャル・ハラスメントを禁ずる」と書き込まれた。
注1:遠山日出也「中国版《ヴァギナ・モノローグス》上演運動と行動派フェミニスト」『中国女性史研究』No.28, 2019年を参照されたい。
追記:王政教授の講演後、姚毅 大阪公立大学客員研究員は「社会主義時期の抑圧的側面、例えば『階級』の絶対視による『女性』の分野をどう理解すべきか、1980年代以降中国に導入されたジェンダー概念に批判する意見をどう見るか」と質問した。また、李亜姣 日本学術振興会外国人特別研究員は、「『反封建』のディスコースは復活できるのか、国家資本主義時代において社会主義国家フェミニストはまだ存在しているのか」と質問した。講演会には大学院生などが多数参加し、終了後に王政教授との交流を求める姿も見られた。