Commentary
香港の高層マンション火災で何が問題になったか
現地報道からその争点を整理する
2025年11月26日、香港新界東部に位置する大埔区の高層住宅群「宏福苑」で火災が発生した。8棟の31階建てマンションのうち7棟に延焼し、火災により168人が死亡した。2026年1月9日までに、4400人以上の住民がホテルやユースホステル、公共機関の臨時住宅などに避難している。本稿では、①防護ネットと発泡スチロール、②竹の足場、③入札談合、④中国当局の存在感と国安時代(2020年の国家安全維持法制定以降の時代を指す)の警戒心という四つに焦点を当てることで、今回の事件・事故を振り返ってみたい。
防護ネットと発泡スチロール――防火基準を満たしていたのか
火災発生直後は、外壁を覆っていた防護ネットおよび窓にはめ込まれていた発泡スチロールが、真っ先に注目を集めた。11月26日14時51分(香港時間)に消防処(局)が通報を受け、18時22分にはほぼ最高レベルである「五級」火災に指定された。筆者が視聴した19時半のTVB(香港最大手のテレビ局)ニュースでは、香港工程学会消防分部事務委員の区家豪が、屋宇署(建築局)と労工処(労働局)には防護ネットに関する難燃指針が存在すると述べた。また港九搭棚同敬工会(香港・九龍竹足場職人組合)理事長の何炳徳は、一部の業界ではコスト削減のため難燃性のないネットを使用する場合があると指摘していた。27日早朝には、新界北総区刑事総部の高級警司(警視正に相当)である鍾麗詒が、防火基準を満たさない防護ネットなどの資材や発泡スチロールによって、今回の火災が急速に延焼した可能性を示唆した。同日18時頃、香港トップの行政長官である李家超は記者会見で、「政府は即時に外壁の大規模修繕工事を行っており、かつ足場の防護ネットを設置している香港全域の建物について、数回に分けて巡回点検を開始した」と述べた。
筆者が視聴した同日19時半のTVBニュースでは、宏福苑の大規模修繕工事を担当した「宏業建築」によって住民向けに出された中国語の通知文が映し出された。その通知には、「Foam Board を使用し、住宅外壁の窓ガラスを完全に覆い保護する」と記されていた。しかし、なぜ「Foam Board」だけ中国語の「発泡膠板」(発泡スチロール板)と書かれていなかったのか。住民に対し、分かりやすく情報を伝える意図がなかったかのように見える。
28日、保安局局長の鄧炳強は次のように述べた。「最初の出火場所は宏昌閣の低層部の外側に設置されていた防護ネットだったと考えている。その後、火は発泡スチロール板に燃え移り、火勢は急速に上方へ拡大して複数の階に延焼した。短時間のうちに、宏福苑のほかの6棟のマンションにも影響が及び、大火は窓や扉に貼られていた発泡スチロール板に引火し、ガラスが破裂し、火勢がさらに強まり、室内へと急速に広がった。こうして、短時間のうちに室内外の広い範囲で同時に出火し、最終的に今回の大規模災害を引き起こした」。この時点で政府は、防護ネットは防火基準を満たしているとしていたが、12月1日になって、防護ネットの中に防火基準を満たしていないものがあったと訂正した。
テレビ以外のメディアでも、防護ネットの問題点が取り上げられていた。火災発生の翌日、香港建造業総工会理事長の周思傑は、現行の法例では防護ネットの難燃性について定期的な検査を義務付けていないと述べた、と『文匯報』(11月27日)は報じた。さらに29日、独立系メディア「緑豆」は、宏業建築が別の修繕工事現場(富澤花園・富嘉閣)で、山東省濱州市の検査センターの検査に合格した山東製の防護ネットを使用していることを踏まえ、「宏福苑火災の背後で浮上する北京の責任問題と300億元規模の山東産業チェーン」を取り上げ、以下のように示唆した。
防護ネットの背後には、地方財政・雇用・輸出に関わる生命線となる産業が存在する。もし問題が山東、さらには「全国最大の化繊ロープ・ネット生産基地」を抱える産業クラスターにまで及ぶとなれば、「防護ネットは適法か」という問いは、香港の修繕工事現場における責任問題にとどまらず、中国本土の産業チェーン全体における監督体制や検査・認証制度へと広がることになる(注1)。
竹の足場――出火の原因だったのか
防護ネットと発泡スチロールについては、当初から上記のように大きな注目を集めていた。政府も親中派メディアも独立系メディアも、いち早く両者の問題点と火災の大規模化との関係を指摘していた。しかし、竹の足場が論争の種になった。とりわけ李家超行政長官が11月27日の記者会見で、「発展局が業界団体と会合を開き、竹の足場を金属製足場に置き換えるロードマップについて協議を進めている」と述べたことは、一部の市民の反発を招いた。竹の足場は一種の無形文化財として香港人のアイデンティティに関わっており、その使用は狭い空間でも発揮できる柔軟性・効率性・経済性に裏付けられた、総合的判断に基づく合理的な選択でもある。この点を踏まえた上で、本文ではメディアの報道のあり方に着目したい。
26日20時19分頃の記者会見では、消防処副処長の陳慶勇が「現場到着時には、竹の足場がすでに燃えており、室内やほかの棟へ燃え移る状況が確認された。〔中略〕現場の状況は非常に悪く、燃え上がった竹の足場やその他の燃えかすが絶えず落下してきた」と述べた。また、鄧炳強局長も「落下した竹製足場が緊急車両や建物の出入り口を塞(ふさ)ぎ、消防の救助活動を妨げた」と述べた(28日17時半・TVBニュースチャンネルより)。27日、英紙『ガーディアン』のオンライン記事による最初の関連報道は、「香港の高層住宅火災の延焼は竹の足場が原因だった可能性がある」と題していた。さらに、28日の『朝日新聞』も「燃えた竹の破片が飛散してほかの棟に燃え移った可能性があると消防当局はみている」と報じた。
ここで注意すべき点は二つある。第一に、前節で示した通り、政府も業界の専門家も、当初から防護ネットと発泡スチロールを主要な問題として指摘している。両者の問題点より先に竹の足場を大きく取り上げてしまうと、出火原因について誤解を招く恐れがある。第二に、竹の足場が燃えていたこと、その飛散による延焼、落下による救助活動の妨害はいずれも事実のようであるが、「竹の足場から出火した」と報じるのは、的確とは言い難い。
11月27日と28日の『朝日新聞』も、「竹の足場から出火したという」と報じた。一方、『大公報』の28日付オンライン記事「宏福苑五級火災 修繕に関する調査①/修繕用足場の背後に潜む数々の闇を暴く」(原題:「宏福苑五級火 搭棚維修調査①/揭開維修棚架背後重重黒幕」※のちに掲載停止)は、2025年に起きた、竹の足場の焼損を伴う10件の事故を「棚架〔竹の足場〕起火事故」と総括した。この「起火」は火災の発生を意味するが、文脈によっては発生「源」、つまり「竹の足場が最初の原因になって燃え出した」と受け取られる可能性もある。日本語の「出火」も同様に、「火事を出すこと」「火災が起こること」(『日本国語大辞典』)を意味するが、「竹の足場から出火した」と書けば、「竹の足場が火元である」かのように読まれる恐れがある。しかし、今回の火災を含め、『大公報』がまとめた事故例を見ると、実態は異なる。たとえば、5月12日に西営盤の工事現場で起きた火事では、吸い殻から燃え移った防護ネットが出火原因とされており、10月18日に中環(セントラル)で起きた華懋大廈(チャイナケム・タワー)の火災でも、竹の足場ではなく防護ネットの安全性が疑われ、調査対象となっていた。
入札談合――無関心が不健全な修繕を助長したのか
燃えやすい防護ネットと発泡スチロール板に加え、作動しなかった火災警報器、さらには8棟のマンションが同時に修繕工事を行っていたことも、今回の火災が大規模化し、多数の被害者を出す結果につながったと指摘されている。こうした問題の背景には、コンサルタント会社、修繕請負業者、業主立案法団(マンション管理組合)の管理委員会(理事会)、管理会社などの結託があったと人々は見ている。
建物の老朽化が進み、またリーマンショック後の雇用維持のため、政府は2009年に「ビル更新大作戦(Operation Building Bright)」を打ち出し、築30年以上のビルの修繕を支援した。2011年にはさらに「ビル修繕総合支援計画(Integrated Building Rehabilitation Assistance Scheme)」を開始し、各部門・機関による支援を統合するとともに、申請対象を築20年以上のビルにまで引き下げた。両計画には合わせて35億香港ドル(当時のレートで約360億円)の公費が投入された。2012年には「ビルに対する強制検査計画(Mandatory Building Inspection Scheme)」と「窓に対する強制検査制度(Mandatory Window Inspection Scheme)」が施行された。政府は毎年、築30年以上のビル2000棟を抽出し強制的に検査を実施するとともに、必要な改修工事を求めるようになった。以上の政策は膨大な市場を創り出した。
理事会はコンサルタント会社に依頼し、コンサルタント会社は専門知識に基づいて、修繕工事に入札した複数の請負業者の中から適任者を選定する──これが一般的な流れである。しかし、入札談合が行われる場合には、修繕工事の実施を決めた段階で、理事会が最終的にどのコンサルタント会社とどの請負業者に依頼するかはすでに内定しており、計画どおりに進めれば、関係者は密かに利益を分配することができる。不正な利益の授受関係を結ぶ関係者にとっては、住民の負担能力や施工・資材の品質、工事の進捗(しんちょく)よりも、水増し請求を行い、粗悪な資材を使ってコストを抑え、最大限の利益を搾取することが目的となる。
多くの住民は日頃、マンション管理組合の運営に無関心であり、理事にもならず、会議にも出席しない。仮に関心を持ったとしても専門知識がないため、理事会の決定が正当かどうか判断しにくい。特に「市区重建局条例(都市再生局条例)」に基づいて設立された市区重建局(以下、市建局)の参考価格は、同局が許可した工事から算出されている。しかし、市場が談合で囲い込まれているため、水増しされた価格がそのまま参考価格となってしまい、一般住民には提示された価格が適正かどうか判断できなくなっている。たとえ価格の適正性や施工・資材の品質、さらには理事会・コンサルタント会社・請負業者間の癒着が疑われたとしても、理事会は日頃から人のよい高齢者や無関心な住民を訪問し、署名済みの代理投票委任状を集めている。そのため、住民総会で重大な決定について投票が行われる前には、事実上の決定権をすでに握っていることになる。その結果、一般住民は抵抗できなくなってしまう。一般住民が土地審裁処(土地裁判所)でマンション管理組合に提訴する場合、自分のお金で訴えながら、自分のお金(組合に支払った管理資金)で反論されるという状況になってしまう。
今回の火災をめぐっては、コンサルタント会社「鴻毅建築師」や請負業者「宏業建築」、大埔宏福苑管理組合の理事会などの関係者が次々と逮捕されたものの、詳細は現在も調査中である。しかし、すでにメディア各社は、これら三者に関わる疑惑を報じている。
たとえば、2017年独立系メディア「伝真社」の報道によると、沙田翠湖花園の修繕工事における談合入札の案件では、入札に参加した19社の請負業者の中に「宏業建築」も含まれていた。その評価だが、市建局の「建物修繕業者登録制度」(Building Rehabilitation Company Registration Scheme)では、「宏業建築」は「項目管理」において満点の100点と評価されていた。また、市建局を通じて150件以上の修繕工事コンサルタントを受託してきた「鴻毅建築師」は建材ビジネスにも関与しており、本来は落札後に利益申告を行うべきである。だが、独立系メディア「誌 HK FEATURE」の記者が、宏福苑の元管理委員会主席の鄧国権に対し、「鴻毅建築師」に「利益申告書」への署名を求めたかどうかを問い合わせたところ、鄧氏は「分からない」と返答した(注2)。さらに、宏福苑の当時の管理組合は、2024年1月に3億3000万香港ドル(約65億円)の修繕案を可決したが、この案を支持した人物の中には、当時の顧問であり、親中派の民主建港協進聯盟(=民建聯)所属の区議員でもあった黄碧嬌が含まれていた。「独立媒体」は2021年の時点で、黄碧嬌が高齢者の自宅を訪ね、委任状への署名を促したことがあったとすでに報じていた(注3)。
中国当局の存在感と国安時代の警戒心――自発的な支援はできないのか
11月27日0時のTVBニュースでは、習近平国家主席が、香港政府による火災の鎮圧・救助・負傷者の治療・被災者への事後対応を支援するよう、香港にある中央政府の出先機関に指示したこと、また隣接する深圳の消防車が蓮塘出入境検査場に集結していることが報じられた。こうした「指示」や「支援」に関する報道は、各メディアでも取り上げられていた。注意すべきは、「一国二制度」の下では、習主席の指示は香港政府に対してではなく、あくまで中央政府の出先機関に向けて出されたものであるという点である。深圳の消防車が出入境検査場に集結したものの、香港消防当局は中国本土からの支援を求めていないとされる。また、中央政府出先機関による支援とは、連絡用の緊急対策チームの設立、被災者への訪問、香港政府の要請に基づく物資提供などを指している。
もう一つの焦点は、市民社会の支援に関する高い能動性と機動性、そして制度への批判に対して、香港政府や一部メディアが警戒感を示している点である。セキュリティ性の高いアプリ「Telegram」を通じて物資配布のロジ班が組織され、各区のドライバーが輸送を担い、現場ではテントが設営され一般市民が物資を配布する――こうした光景は、多くの人々に2019年の「逃亡犯条例改正案」撤回デモを想起させるものであった。実際、11月29日付の『文匯報』オンライン記事では、次のように記述されている。
記者は、この思いやりと温情に満ちた支援プラットフォームの裏で、不気味な動きのあることを発見した。いわゆる「黒暴残党〔2019年デモ支持者〕」や「黄人〔民主派支持者〕」が善意の市民に紛れ込み、黒いマスクを着用し、テントを設置して「野営」を企てていたのだ(注4)。
29日には警察の要請に応じて現場のボランティアが「撤収」し、物資配布用の広場は規制線で封鎖された。また、香港中文大学の学生・関靖豊は「大埔宏福苑火災関注組」を立ち上げ、28日には署名活動を開始し、「独立調査委員会を設置し、潜在的な利益供与の疑いを徹底的に調査すること」「監督不備を全力で追及し、政府官員の責任を問うこと」など、2019年の大規模デモの「五つの要求」を想起させる「四つの要求」を掲げた。彼は翌日に警察国家安全処に拘束され、12月1日に保釈された。さらに、ある女性ボランティアに加え、元区議員の張錦雄、元民間人権陣線(=民陣)副召集人の王岸然も、警察国家安全処に相次いで拘束された。いずれも、火災に乗じて政府への憎悪を煽動しようとした疑いがあるとされている(注5)。
12月2日、李家超行政長官は、裁判官が主導する「独立委員会」の設立を発表し、火災の原因を検証するとした。しかし、この「独立委員会」は1996年のガーリービル火災(41人死亡)や2012年のラマ島船衝突事故(39人死亡)といった重大事故を受けて設立された「独立調査委員会」とは異なり、証人の出廷や資料提出などを命令する法の権限はない。能動的な調査よりも、コントロール可能な範囲に収まることのほうが、政府にとっては望ましい対処法であろう。
結びにかえて――シグナルは届かなかったのか
大火の当日、ロイター通信は、自宅に残された妻を案じ、燃え上がるマンションを背に悲痛に叫ぶ71歳の黄氏という人物の姿を撮影した。その写真は各国メディアの報道で広く引用され、象徴的な一枚となった。黄氏は退職前、電気や水道などの設備工事の現場監督を務めていた。彼は今回の施工に潜む危険性を察知し、修繕工事に反対していたという。また、独立系メディア「集誌社」によれば、ある住民は火災発生の2か月前までに、防護ネットの老朽化をめぐって、屋宇署や労工処などの政府部門に少なくとも6回にわたり苦情を申し立て、安全基準への対応を求めていた(注6)。さらに、民主派の有志らが「全港業主反貪腐反囲標大聯盟(全香港マンション等所有者反汚職・反談合大連盟)」を結成し、立法会(香港の立法機関)などの場で修繕工事をめぐる談合入札の深刻化を繰り返し指摘してきたことも、すでに10年以上前から知られていた。メディア報道や関連裁判の判決などを加え、警告は十分に発せられていたにもかかわらず、なぜ今回、168人もの命を救うことができなかったのだろうか。「人の命を使って教訓を買うつもりなのか」という、ある住民が発した政府への問いかけは重い。
(注1)「従竹棚到棚網:宏福苑大火背後可能渉及的北京問責危機与300億山東産業鏈」緑豆、2025年11月29日、https://greenbean.media/從竹棚到棚網:宏福苑大火背後可能涉及的北京問/(2025年12月23日最終閲覧、以下同じ)。
(注2)「【宏福苑大火|調査篇】 「鴻毅建築師」大股東内地持建材公司 業界質疑潜在利益衝突」誌 HK FEATURE、2025年12月16日、https://hkfeature.com/local/宏福苑大火-鴻毅建築師大股東-內地建材公司-圍標/#google_vignette
(注3)「宏福苑大会 民建聯黄碧嬌上門攞長者授権:家訪有咩咁奇怪」独立媒体、2021年12月11日、https://www.inmediahk.net/node/社區/宏福苑大會-民建聯黃碧嬌上門攞長者授權:家訪有咩咁奇怪
(注4)「【特稿】国安警関注黒暴疑混入賑災活動」文匯網、2025年11月29日、https://www.wenweipo.com/a/202511/29/AP692a043de4b098d782b66641.html
(注5)「網上披露国安会面內容 王岸然被捕 首引《国安条例》妨害調査罪 指等同「通風報信」」『明報』2025年12月7日。「渉藉火災煽動 国安処拘張錦雄」明報新聞網、2025年12月2日、https://news.mingpao.com/pns/%E8%A6%81%E8%81%9E/article/20251202/s00001/1764612721517
(注6)「宏福苑火災|大火前兩個月 居民六度投訴難阻惨劇 対無官員負責感可悲:我有咩做漏咗?」集誌社、2026年1月5日、https://thecollectivehk.com/宏福苑火災居民六度投訴難阻慘劇對無官員負責感