トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

香港の高層マンション火災で何が問題になったか
現地報道からその争点を整理する

銭俊華
東京大学学術研究員
社会・文化
印刷する
必要な安全対策が実現しなかった原因の一つを、人々はコンサルタント会社、修繕請負業者、マンション管理組合の理事会、管理会社などによる結託に求めている。写真は火災が起きた高層住宅群近くに手向けられた花。2025年12月2日(共同通信社)
必要な安全対策が実現しなかった原因の一つを、人々はコンサルタント会社、修繕請負業者、マンション管理組合の理事会、管理会社などによる結託に求めている。写真は火災が起きた高層住宅群近くに手向けられた花。2025年12月2日(共同通信社)

もう一つの焦点は、市民社会の支援に関する高い能動性と機動性、そして制度への批判に対して、香港政府や一部メディアが警戒感を示している点である。セキュリティ性の高いアプリ「Telegram」を通じて物資配布のロジ班が組織され、各区のドライバーが輸送を担い、現場ではテントが設営され一般市民が物資を配布する――こうした光景は、多くの人々に2019年の「逃亡犯条例改正案」撤回デモを想起させるものであった。実際、11月29日付の『文匯報』オンライン記事では、次のように記述されている。

記者は、この思いやりと温情に満ちた支援プラットフォームの裏で、不気味な動きのあることを発見した。いわゆる「黒暴残党〔2019年デモ支持者〕」や「黄人〔民主派支持者〕」が善意の市民に紛れ込み、黒いマスクを着用し、テントを設置して「野営」を企てていたのだ(注4)。

29日には警察の要請に応じて現場のボランティアが「撤収」し、物資配布用の広場は規制線で封鎖された。また、香港中文大学の学生・関靖豊は「大埔宏福苑火災関注組」を立ち上げ、28日には署名活動を開始し、「独立調査委員会を設置し、潜在的な利益供与の疑いを徹底的に調査すること」「監督不備を全力で追及し、政府官員の責任を問うこと」など、2019年の大規模デモの「五つの要求」を想起させる「四つの要求」を掲げた。彼は翌日に警察国家安全処に拘束され、12月1日に保釈された。さらに、ある女性ボランティアに加え、元区議員の張錦雄、元民間人権陣線(=民陣)副召集人の王岸然も、警察国家安全処に相次いで拘束された。いずれも、火災に乗じて政府への憎悪を煽動しようとした疑いがあるとされている(注5)。

12月2日、李家超行政長官は、裁判官が主導する「独立委員会」の設立を発表し、火災の原因を検証するとした。しかし、この「独立委員会」は1996年のガーリービル火災(41人死亡)や2012年のラマ島船衝突事故(39人死亡)といった重大事故を受けて設立された「独立調査委員会」とは異なり、証人の出廷や資料提出などを命令する法の権限はない。能動的な調査よりも、コントロール可能な範囲に収まることのほうが、政府にとっては望ましい対処法であろう。

結びにかえて――シグナルは届かなかったのか

大火の当日、ロイター通信は、自宅に残された妻を案じ、燃え上がるマンションを背に悲痛に叫ぶ71歳の黄氏という人物の姿を撮影した。その写真は各国メディアの報道で広く引用され、象徴的な一枚となった。黄氏は退職前、電気や水道などの設備工事の現場監督を務めていた。彼は今回の施工に潜む危険性を察知し、修繕工事に反対していたという。また、独立系メディア「集誌社」によれば、ある住民は火災発生の2か月前までに、防護ネットの老朽化をめぐって、屋宇署や労工処などの政府部門に少なくとも6回にわたり苦情を申し立て、安全基準への対応を求めていた(注6)。さらに、民主派の有志らが「全港業主反貪腐反囲標大聯盟(全香港マンション等所有者反汚職・反談合大連盟)」を結成し、立法会(香港の立法機関)などの場で修繕工事をめぐる談合入札の深刻化を繰り返し指摘してきたことも、すでに10年以上前から知られていた。メディア報道や関連裁判の判決などを加え、警告は十分に発せられていたにもかかわらず、なぜ今回、168人もの命を救うことができなかったのだろうか。「人の命を使って教訓を買うつもりなのか」という、ある住民が発した政府への問いかけは重い。

(注1)「従竹棚到棚網:宏福苑大火背後可能渉及的北京問責危機与300億山東産業鏈」緑豆、2025年11月29日、https://greenbean.media/從竹棚到棚網:宏福苑大火背後可能涉及的北京問/(2025年12月23日最終閲覧、以下同じ)。

(注2)「【宏福苑大火|調査篇】 「鴻毅建築師」大股東内地持建材公司 業界質疑潜在利益衝突」誌 HK FEATURE、2025年12月16日、https://hkfeature.com/local/宏福苑大火-鴻毅建築師大股東-內地建材公司-圍標/#google_vignette

(注3)「宏福苑大会 民建聯黄碧嬌上門攞長者授権:家訪有咩咁奇怪」独立媒体、2021年12月11日、https://www.inmediahk.net/node/社區/宏福苑大會-民建聯黃碧嬌上門攞長者授權:家訪有咩咁奇怪

(注4)「【特稿】国安警関注黒暴疑混入賑災活動」文匯網、2025年11月29日、https://www.wenweipo.com/a/202511/29/AP692a043de4b098d782b66641.html

(注5)「網上披露国安会面內容 王岸然被捕 首引《国安条例》妨害調査罪 指等同「通風報信」」『明報』2025年12月7日。「渉藉火災煽動 国安処拘張錦雄」明報新聞網、2025年12月2日、https://news.mingpao.com/pns/%E8%A6%81%E8%81%9E/article/20251202/s00001/1764612721517

(注6)「宏福苑火災|大火前兩個月 居民六度投訴難阻惨劇 対無官員負責感可悲:我有咩做漏咗?」集誌社、2026年1月5日、https://thecollectivehk.com/宏福苑火災居民六度投訴難阻慘劇對無官員負責感

1 2 3 4 5
ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.