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Commentary

ほんとうの中国を表現するための模索
中国のノンフィクション文学

鈴木将久
東京大学大学院人文社会系研究科教授
社会・文化
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中国のノンフィクションが示しているのは、中国の内部において、複雑な現実と格闘しながら、既成の言葉で片付けることなく、ほんとうの中国を表現するための模索がなされていることである。写真は鏡張りの天井が特徴的な上海市のチェーン書店「鍾書閣」の店内。2020年6月2日(共同通信社)
中国のノンフィクションが示しているのは、中国の内部において、複雑な現実と格闘しながら、既成の言葉で片付けることなく、ほんとうの中国を表現するための模索がなされていることである。写真は鏡張りの天井が特徴的な上海市のチェーン書店「鍾書閣」の店内。2020年6月2日(共同通信社)

李敬沢はさらに、読者がリアルと感じるかどうかの背景には、個々の人間の認識のあり方や世界観があると議論を続けた。したがって問題は、今の時代に合致した、個々の人間の感覚のあり方をいかにして理解し、把握するかになる。彼によると、ノンフィクションというジャンルは、人々に、自己と生活・現実・時代との関係を考えさせるもの、つまり人々の思考をうながすものだと言う。自分の精神や、目の前にあると現実を、固定されたものと考えず、両者の関係を考え直し、それによってほんとうの中国を表現する新たな形を模索すること、それがノンフィクションの目指す方向とされた。いわばノンフィクションは、狭い意味での文学の手法にとどまらず、認識や世界観といった次元に関わることになった。

初期の中国ノンフィクションの代表的な作品に、梁鴻著『中国在梁庄』(邦訳は『中国はここにある』みすず書房、2018年)がある。梁鴻が自分の故郷である農村に帰り、故郷の変わり果てた様子や、そこに生きる人々を描き出した著作である。この本で描かれる農村は、経済的に貧しいのみならず、文化的にも荒廃し、ほとんど希望の感じられない土地である。しかしこの本は、農村の荒廃を告発したものではなく、また都市の人間として農村を同情的に描いたルポルタージュでもない。梁鴻は、農村の人々が彼らなりの世界を築いていて、自分がその世界に入れないことに気づいた。都市の人間になってしまった梁鴻の世界観では、農村の世界を理解できないのではないか、自分がこれまで慣れ親しんでいる言葉では農村の人々を表現できないのではないか。梁鴻は自問自答をする。

この本のあとがきで梁鴻は、農村が貧しい土地であることを再確認したと述べつつ、その直後に次のように自問をした。「もしかしたら近代というのは、すべて良いものとは限らないのかもしれない。すべてがこの土地に適しているのではないかもしれない。中国の農村が、ヨーロッパのように、しだいに都市になり、風景となっていかなければならないわけでもあるまい?」(邦訳292ページ)。梁鴻は、近代化(中国語では現代化)を進めることが文化の発展であると考えている。その価値観を放棄したわけではない。しかしそれをそのまま中国の農村に当てはめても、有効でないのではないかと疑問を感じている。ほんとうの農村に入り、農村の人々を表現するためには、自分が当然だと思っている考え方を変えて、新たな表現を模索しなければならないと気づいたという。

中国のノンフィクションは、社会調査的な事実を描くものであるものの、事実を前にして作者がとまどい、揺れ動く様子をそのまま描き出すジャンルでもある。そして読者は、作者がとまどっている様子を追体験することによって、自分の認識を問い直し、目の前にある現実をどのように捉えたらよいのか、それをどのようにすれば表現できるのか、再び考えることになる。そのような思考の連鎖を呼び起こすテクストであったことが、中国においてノンフィクションが注目された理由であったと考えられる。

ほんとうの中国に近づくために

中国の現実が厳しい状況にあること、大きな問題を抱えていることは、おそらく中国にいる誰もが感じている。しかしそれを既成の枠組みで解釈し、解決法を示してみせても、あまり有効でないことが多い。少なくともそれでは足りないことに、中国の人たちは気づいている。中国のノンフィクションが示しているのは、中国の内部において、複雑な現実と格闘しながら、既成の言葉で片付けることなく、ほんとうの中国を表現するための模索がなされていることである。手持ちの言葉では語りきれない、ほんとうの中国にいかにして近づくか。彼らの模索は、中国の外で中国を見つめる私たちにも、大きな示唆を与えてくれるのではないだろうか。

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