Commentary
定年制度改革は高齢者就業にどう影響するか
中国家計所得調査(CHIP)のミクロデータから読み解く

推計結果から得られた主な統計的知見(他の条件が同じ場合における年齢の就業選択に及ぼす効果)は以下の通りである。
第1に、年齢と就業選択の間にU字型の関係がある。加齢とともに就業を選択する確率が下がるものの、一定の年齢を超えるとその確率が反転する。
第2に、女性に比べ男性高齢者が就業を選択する確率が顕著に高い。
第3に、非農業戸籍をもつ高齢者の就業確率が農業戸籍者に比べ顕著に低い。
第4に、収入の多い高齢者ほど、その就業選択の確率が低い。
第5に、教育水準も高齢者の就業選択に有意に影響を与える。中卒の高齢者に比べ、小卒以下または大卒以上の高齢者は就業を選択する確率が有意に高く、高卒の高齢者は就業選択の確率が有意に低いが、職業高校・中等専門学校・大学専科の高齢者では有意な差をみせない。
第6に、一般人と共産党員の間に就業選択の確率における有意な差はみられない。
第7に、高齢者の就業選択における西部地域と中部地域との間に有意な差はみられず、東部地域では就業を選択する確率が比較的低い。
このように、農村から都市に移住した農業戸籍をもつ者は就業を選択する傾向が強く、年金を含む収入の高い人ほど就業を選択しない傾向がみられる。また、低学歴者および高学歴者の両方において、就業を選択する傾向が顕著である。
前述の通り、定年引き上げ後も所定の要件を満たす者には、最大3年間の早期退職が認められる。高額な年金を受給する党政府機関や事業単位の退職者は、定年延長を選ばない可能性が高い。そのため、名門大学出身の高学歴エリートにとっては、就職や昇進の機会が広がることが予想される。厳格な規律検査や管理監督が制度化された昨今の中国では、定年を迎えた公務員は速やかに退職し自由な暮らしを追い求める風潮がある。
結局、定年引き上げによる影響を最も受けやすいのは、農村から都市へのニューカマーや教育水準も収入も比較的低い階層の人々であろう。旧制度の下、いったん退職した後も年金を受給しつつ再就職する彼らは、新制度の下では定年を3-5年延長され、年金受給の開始も相応に先延ばしされる。ただ、50代以上女性の就業率の上昇は幾分か期待できるかもしれない。その意味で、定年制度改革は年金財政の改善に寄与するとともに、労働市場における需給逼迫(ひっぱく)の緩和に一定の効果をもたらすといえよう。
むすび
1980年に始まった1人っ子政策の影響もあり、それ以降の30年間にわたり、中国における生産年齢人口の割合は上昇し続けた。年齢構造の変化に由来する人口ボーナスは中国経済に年平均10%の高度成長をもたらし、無尽蔵の労働供給と低賃金は中国を「世界の工場」として成長させる原動力となったのである。
一方、出生率が急落し、総人口に占める年少人口の割合も低下し、また、長寿化が進み、高齢人口の割合が急速に上昇してきた。中国は中所得国でありながら早くも少子高齢社会に突入したのである。加えて、大学教育の拡張や急速な都市化により、就業率の低下が引き起こされ、都市労働市場における需給逼迫が常態化している。
こうした人口動態を背景に、年金財政の改善や労働供給の増加を図るべく定年制度改革が行われたが、上述の分析結果が示すように、労働供給増の効果は限定的なものにならざるを得ないだろう。高い年金を約束される党政府機関などの職員は改革後も早期退職を選択する可能性が高い一方、収入の低い労働者階層は現に定年を迎えた後も働き続けているからである。
中国経済における労働力不足はもはや変え難い長期的な傾向である。少子高齢化と人口減少の難局に立ち向かうため、さらなる法定退職年齢の引き上げと年金給付の制度改革が待たれている。