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Commentary

『ナタ 魔童の大暴れ』の成功とその寓意
とことんまで追求された映像表現とストーリー展開の妙

丸川知雄
東京大学社会科学研究所教授
社会・文化
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「ナタ2」を海外で受け入れにくくしている要因の一つは、ストーリーが意外に複雑なことかもしれない。写真は「ナタ2」上映前の映画館。(著者撮影・提供)
「ナタ2」を海外で受け入れにくくしている要因の一つは、ストーリーが意外に複雑なことかもしれない。写真は「ナタ2」上映前の映画館。(著者撮影・提供)

2025年2月に中国で公開されたアニメ映画『ナタ 魔童の大暴れ』(原題、哪吒之魔童閙海。以下、「ナタ2」)は中国映画史上空前の大ヒットとなった。2025年6月時点での興行収入は154.4億元(約3100億円)で、『スターウォーズ/フォースの覚醒』を抜いて世界の歴代興行収入第5位になり、第4位の『タイタニック』に迫っている(『新晩報』2025年6月16日)。

「ナタ2」は中国の映画館に客を呼び戻す効果も持ちそうだ。中国の映画興行収入のこれまでのピークは2019年で、641.5億元だった。その年に興行収入50.4億元をあげて第1位だったのがナタの第1作『ナタ 魔童降臨』である。しかし、翌2020年に中国の興行収入は新型コロナ流行の打撃を受けて203.1億元に落ち込み、2021年は行動制限がなくなって470.4億元へ回復したものの、2022年はゼロ・コロナ政策で再び299.5億元に落ち込んだ。2023年はコロナが明けて549.5億元に回復したが、2024年はヒット作に恵まれず、425億元にとどまった(『21世紀経済報道』2025年2月10日)(注1)。しかし、2025年に入ってから「ナタ2」がたった1作で2024年の中国の全興行収入の36%にも当たる売上を記録したので、年間興行収入も2024年を上回る可能性が高い。

「ナタ2」成功の謎

「ナタ2」はなぜこれほどの成功を収めることができたのか。

その謎を解明すべく、私はこのほど中国の映画館で初めて「ナタ2」を見た。私が行った映画館は、一応シネコンではあるものの、ビル全体に場末感が漂っており、日曜の午前中なのに「ナタ2」を見たのは私以外に3人家族一組だけという寂しさだった。足かけ5か月にも及ぶロングラン上映の最後なので、もう中国で「ナタ2」を見たい人はすべて見終わっているということかもしれない。

著者が入った映画館のビル。右上の6文字以外にここに映画館があることを示すものは何もなく、これまで左上の大スクリーンに何かが映っているのを見たことはない。(著者撮影・提供) 
著者が入った映画館のビル。右上の6文字以外にここに映画館があることを示すものは何もなく、これまで左上の大スクリーンに何かが映っているのを見たことはない。(著者撮影・提供) 

映画館で私が座った席がマッサージチェアで、座ったらいきなり背中を揉まれはじめて止めるのに苦労したり、映画の最後の方ではスクリーンの端に動き回るハエの影が映ったりと、必ずしも快適な環境とは言い難かったが、「ナタ2」がすごいアニメ映画であることは素人目にもよくわかった。

何がすごいかというと、とにかく3Dアニメの映像表現の可能性をとことんまで追求していることである。「ナタ2」は全部で2400カットで構成されているが、うち1900カットでVFX(視覚効果)が使われているという。その効果を特に感じるのは海水、溶岩、滝などの流体の表現で、アニメでこんな映像が可能なのかと驚いた。

これだけの作品を作り上げるのにはやはり時間と人手がかかる。監督の餃子(本名・楊宇)はシナリオ(絵コンテ)作りに2年をかけ、それからさらに制作に3年を費やした。鉄鎖の特殊効果を作るのに1年、3匹の龍が逃げるシーンを作るのに半年と、100以上のチームに分かれて時間をかけて映画が作られた(『21世紀経済報道』2025年2月17日)。

この映画を制作したのは監督の餃子が株の56%を保有する可可豆動画というアニメ制作会社であるが、ほかに140社近くのアニメ・CG制作会社が下請けとして関わっており、総勢4000人が動員されたという(『経済参考報』2025年2月17日)。

アニメの下請けというと、2Dアニメの時代には「動画」と呼ばれるキャラクターのコマごとの動きを描く作業を請け負ったり、テレビ放送数回分の制作を丸ごと請け負うといったパターンであったが、デジタル化された3Dアニメの場合には特定のキャラクターの制作を請け負ったり、特定のシーンのVFXを請け負ったりする。南寧市の四葉草文化伝播有限公司の場合、「ナタ2」の海底のシーンに出てくるタコ将軍とサメ将軍などの怪物の3Dキャラクター作りをした(『21世紀経済報道』2025年2月18日)。

「ナタ」と「ナタ2」がヒットしたことによって、制作した可可豆動画がある四川省成都市が新たなアニメ産業の集積地として脚光を浴びている。もともと中国のコンテンツ産業の中心地は北京市と上海市で、「ナタ2」の主たる出資者である光線伝媒も北京市の企業である。しかし、ヒット作に恵まれでもしない限り、決して高収入とはいえないアニメ制作会社の中には、家賃など生活コストが高い北京や上海を避け、成都に拠点を置くことを選ぶ企業も増えているという。実際、「ナタ2」の下請けをしたアニメ・CG制作会社の多くが成都にある。

成都市がアニメ産業の新たな集積地になるまでには、成都市政府によるこれまで20年余りの積極的な誘致活動があった。2002年にはまずゲーム産業の誘致を開始し、2012年からは成都市高新技術開発区に入居するネット・コンテンツ関連企業に対しては家賃の減免、100万元を上限とする補助を行うようになった。可可豆動画の前身の餃克力動画工作室も2013年に成都のインキュベーション基地に入居して優遇策の恩恵を受けた。

成都市がデジタル・コンテンツ企業を育てるために整備した天府長島数字文創園には、可可豆動画のほか、映画「流浪地球」のVFXを担当した墨境天合など64社集まっているという(『21世紀経済報道』2025年2月13日)。

中国人による、中国人のための映画?

前述のように、「ナタ2」は154.4億元(約21.5億ドル)の興行収入をあげたが、うち海外での興行収入は1億ドル程度で、収入の大半は中国国内である。日本でも2025年4月に公開されたが、日本では特にヒットはしなかったようである。

「ナタ2」はなぜ中国国内ではすごい人気なのに海外ではふるわないのだろうか。

その要因の一つとして言葉の問題があげられる。いやそれなら外国映画はみな同じではないかと思われるかもしれないが、「ナタ2」の場合には3種類の中国語が使い分けられているところに難しさがある。すなわち、日常的な中国語の口語に加え、仙人や将軍たちは文語で話し、ナタの肉体を蘇(よみがえ)らせた仙人である太乙真人はユーモラスな四川語で話すのである。文語で話すというのは日本の時代劇で「御意にございます」とか「かたじけない」など現代ではあまり使われない表現を使うのと似ており、ドラマに方言丸出しのキャラクターが出てくるとユーモラスに感じるのも理解できる。そうした意味と面白さは、中国語を介さない人が日本語や英語などの字幕だけを見ていても伝わりにくい。このニュアンスを外国の観客に伝えるには全編吹き替えた方がいいと思うが、そうすると中国語がわかる観客には物足りなくなるというジレンマがある。

また、「ナタ2」のキャラクターや場面の造形において、青銅器、水墨画、衣装、武器などの中国の美術・意匠の伝統が貫かれているが、それが受け入れられない海外の観客もいるかもしれない。ただ、この点は中国の文化的個性に関わることなので、それがむしろ魅力的だと感じる海外の観客もいるだろうし、無国籍的なキャラクターにしたらつまらなくなってしまうかもしれない。

一方、劇伴音楽の方はグローバル・スタンダードに寄り添いすぎていて、中国の文化的個性を打ち出すことができていなかったのはやや残念であった。ハリウッド映画でも日本映画でも、緊張する場面ではこんな音楽、戦いの場面ではこんな音楽という共通のパターンがあり、「ナタ2」もそうしたパターンにのっとっているため、見ていて違和感はない。だが、その反面、正直なところ、見た後も印象に残るような音楽は何もなかった。

意外に複雑なストーリー展開の寓意

「ナタ2」を海外で受け入れにくくしているもう一つの要因はストーリーが意外に複雑なことかもしれない。不思議な力を持つ子供のようなヒーローが、善良な人々が住む村を怪物たちの襲撃から守るという「風の谷のナウシカ」のような話かと思わせておいて、そこに一ひねりも二ひねりも加わるのである。

主人公のナタの両親は村(陳塘関)を海底に潜む妖怪たちの襲撃から守っているのだが、ナタは強くなって両親を助けるために、天上の仙人たちの世界へ赴き、そこで試練を与えられて仙人を目指す。天上には12人の金仙がいて、6つの星が一列に並んだ時に会議を開き、村を襲う海底の妖怪討伐について話し合う。

この会議のシーンは中央政治局会議を想起させる。その会議を主催する無量仙翁を見て想起するのはもちろんあの人である。

ところが、後半になって実は村を滅亡させた黒幕が無量仙翁だとわかり、ナタは無量仙翁に歯向かう。無量仙翁はナタをその両親や海底の妖怪たちとともに巨大な鼎(かなえ)の中に閉じ込めてしまう。その鼎の蓋はなぜか「$」マークになっている。

鼎の中は高温で、中にいる人間や妖怪たちは高温によって霊丹にされようとしている。霊丹とは無量仙翁たちの力の源泉となる薬なのだ。ナタは海底の妖怪たちと力を合わせて最後は鼎を突き破り、妖怪たちを地上や海中に解放する。

映画の前半の間は、無量仙翁をトップとする仙人界が中国、海底の妖怪たちがアメリカを象徴しているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。海底の妖怪たちも中国の庶民なのであって、彼らは高温で熱せられて国力(霊丹)に転化されようとしているのである。労働者たちは身を粉にして働いて外貨準備(ドル)という霊丹を国家にもたらす。だから鼎の蓋が$なのである。身を焼かれる妖怪たちが鼎を突き破ったことは、国力に転化される状況を拒否する意志を表しているのではないだろうか。

(注1)最近刊行された、複数の日本の中国専門家による著作の中で「2022年末まで3年ほどにわたって続けられたゼロ・コロナ政策」という記述を見かけたが、これは誤りである。2020年と2022年には厳しい行動制限が行われたものの、2021年には行動制限が行われていないことはこの映画興行収入の推移が示すとおりである。

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