Commentary
萎縮する言論空間にどう抗うか
台湾の「亜亜事件」と龍応台の論考をめぐる論争から考える

不確実性が増すばかりの昨今の世界情勢ではあるが、アメリカは民主主義国であり、支持率や選挙の結果次第で、トランプ政権の政局は変化していく。
日本でもいわゆる「台湾有事」への備えが進んでいるが、私は戦争のリスクを引き下げるために、いかにして心理戦に打ち勝つかが、重要な鍵を握ると考えている。私たちは理性を保ち、萎縮しがちな言論空間をなんとか開放的な方向へ向かわせるよう、あらゆる方面から手を尽くすべきではないか。
先日私は、大学院のある授業で、今年2月に国際研修で台湾の金門島へ学生たちを連れて行った際の経験について話した。1つは、中国籍の学生の台湾への渡航申請許可を得るのに大変苦労したこと。もう1つは、中国福建省の廈門(アモイ)のすぐ対岸にある金門島は軍事的に緊張しているのかと思いきや、意外にも「平和」だったこと。昨年、沖縄の宮古島を訪れた際、自衛隊基地でレーダー基地などが建設され、地元の人々が落ち着いた生活ができないと言っていたことが印象的で、金門島と宮古島の比較の観点から、カッコ付きで「平和」と述べた。
私は、なにげなしにこの話をしたのだが、授業の後、日本人学生の1人が私のもとに来て、「先生の見方は偏っている。台湾の人々の気持ちを理解していない」と言った。私はその学生に、「なぜ授業中に考えを伝えて、皆で議論しようとしなかったのか」と訊(たず)ねたところ、「将来研究のために中国に行くかもしれないし、発言に注意しなければならない」と答えた。ちなみに、私の授業を履修する学生のほとんどは中国大陸出身だ。新学期、初めての顔を合わせての授業で、お互いに信頼関係を築いていない中、日本人の学生は中国人の学生に対して、必要以上に警戒心を抱いていたのかもしれない。
私を批判したその学生は、台湾関連の知識や人脈があり、だからこそ、私の言葉が軽く聞こえたのだろう。私は、このような繊細な話題について、もっと注意して話すべきだったと感じた。しかし同時に、その学生は過度に緊張する必要はないし、彼のように自己検閲を行う人が増え、言論空間が一層萎縮することによって、対話の機会が減り、平和が遠のく可能性があるのではないかとも思った。だから、今回の台湾当局による亜亜への処遇にも、もっとよい方法があったのではないかとも考えるのだ。
政治家も学者や作家も、ていねいに言葉を使い、感情的になりがちな議論をコントロールする必要がある。専門知識や国際的な経験を欠く人々が、フェイクニュースや情報操作に影響を受けやすいソーシャルメディアの時代、学ぶ機会に恵まれている知識人が揺らいでいてはならないのだ。
(参考文献)
平井新「「武力統一」を発信した中国人インフルエンサーが台湾から退去させられた背景、台湾を単純な構図で語ることのお粗末さ」『東洋経済オンライン』(2025年4月18日)https://toyokeizai.net/articles/-/872197
野嶋剛「台湾揺さぶる人気作家の投稿、「台湾に残された時間」は本当に少ないのか」『実業之日本フォーラム』(2025年4月15日)https://forum.j-n.co.jp/narrative/8190/
Yingtai Lung “The Clock is Ticking for Taiwan” New York Times, April 2, 2025. https://www.nytimes.com/2025/04/01/opinion/taiwan-china-trump.html中国語版は龍應台「台灣維持和平與自由的唯一途徑是與中國和解」『紐約時報中文版』2025年4月2日https://cn.nytimes.com/opinion/20250402/taiwan-china-trump/zh-hant/