Commentary
萎縮する言論空間にどう抗うか
台湾の「亜亜事件」と龍応台の論考をめぐる論争から考える

このように、中国と台湾は互いに敵対する姿勢をあらわにしており、近年はそれがエスカレートし続けている。ただ、経済と軍事力の規模において、中国が台湾に対して優位にあることは明らかであり、大きく変貌するアメリカを前に、台湾の人々は不安を増している。そこで、龍応台はこのように述べる。
「中国は台湾を自国の領土であり、必要なら武力で奪取すると誓っていますが、台湾の指導者たちは何十年もの間、中国が侵攻してもアメリカが支援すると期待し、台湾を中国と対立させ、自由と民主主義を守るべきだと主張してきました。こうして現実味のない安心感が生まれてしまい、台湾の民主主義体制の長期的な存続を確保するために、中国との関係をどう扱うのが最善かについて、台湾の政治家と国民は国を挙げて考えることも、重要なタイミングを見計らって決断することもできない状態です」
頼清徳は中国の浸透工作によって台湾人民が恐怖心を抱き、自らの前途を決めることができないと訴え、龍応台はアメリカに将来を左右されるのではなく、台湾が受け入れ可能な条件で中国との平和を確保すべきだと主張する。
コロニアリズム(植民地主義)に翻弄(ほんろう)されてきた台湾の人々は現在、このようにして中国とアメリカという二大大国に振り回されている。そして、人々の不安や恐怖が憎しみと不信を生み、ますます言論空間を萎縮させている。同性婚を合法化し、移行期正義(*)への取り組みで過去と向き合い、原住民の権利を認める努力を続け、多様性を重視してきた台湾社会で「中国」に対する恐怖心が高まり、中国大陸出身者に対する偏見が強くなっている。亜亜の言動を苦々しく思っている「陸配」(台湾人と結婚した中国大陸出身の配偶者)もいるだろうし、「中国人」をそう単純に類型化することはできないというのに。
*移行期正義:植民地体制や権威主義体制における人権侵害を正当に処理し、真実を明らかにして正義を実現するための取り組み
自己検閲が対話の機会を減らす
龍応台は、トランプ大統領は習近平国家主席と貿易や地政学的な合意に達するために、台湾を脇に置く可能性があるとして、中国を拒絶し、対峙(たいじ)しながらアメリカアメリカに全面的に依存し続けることはもはや実現可能ではない、まずは平和を確保しながら民主主義を目指すべきだと述べる。「台湾には時間がない」と彼女は台湾の人々を急(せ)かすが、実際に、ウクライナで、ガザで、ミャンマーで多くの血が流れるのを見て、少なからぬ人々の脳裏には「投降」という文字が浮かんでいるのかもしれない。
しかし、そんな心の中の怯(おび)えを振り切るようにして、自ら台湾の未来を切り拓きたいと考え、行動する人たちがいる。「中国の攻撃に対してほとんどの人が降伏を選んだ」として、彼女が言及したオンラインプラットフォームの非公式の世論調査は出どころが不明であるし、社会的地位の高い作家が『ニューヨーク・タイムズ』というアメリカのリベラルエリートが読む新聞紙面を使い、一般の人々を焦(あせ)らせることを、私たちはどのようにとらえればよいのか。龍応台基金会は世界各地の若者たちと平和構築のための対話を地道に続けてきたというのに、もっと目線を下に向けて、理性ある対話を促すことは難しいのか。事態はそれほど切迫しているというのか。