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Commentary

なぜ中国で「上野千鶴子ブーム」が巻き起こったか?
フェミニズムの停滞と再興

李亜姣
宇都宮大学国際学部助教
社会・文化
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2023年の中国で突然起きた「上野千鶴子ブーム」は、ジェンダー及びフェミニズムを取り巻く中国社会の動向から理解する必要がある。写真は北京市内の書店に並ぶ、中国語に翻訳された上野の著書。2024年2月(共同通信)
2023年の中国で突然起きた「上野千鶴子ブーム」は、ジェンダー及びフェミニズムを取り巻く中国社会の動向から理解する必要がある。写真は北京市内の書店に並ぶ、中国語に翻訳された上野の著書。2024年2月(共同通信)

こうして行動派フェミニズムも国家フェミニズムも、政治的なバックラッシュによって勢力が衰退した。その中で、中国独自のマルクス主義フェミニズムが再燃している。これは、江沢民をはじめとする中国共産党リーダーが提唱してきたマルクス主義婦女観ではなく、中国の特色ある社会主義に適するマルクス主義フェミニズムのことを指す。パンデミック期間中には、1910年代の無政府主義の時代や五・四運動への回帰を望み、女性の主体性を追求する読書会が盛んに行われ、また、マルクス主義フェミニズム関連のポッドキャスト番組も登場した。さらに、留学中の中国人女子学生を中心に構成された新たなフェミニスト・コミュニティも世界各地で続々と誕生している。無政府主義や新たな左翼の道を模索し、政治的主体性を持つ若者が増えたことで、マルクス主義フェミニズム関連の書籍の需要も高まっている。上野の『家父長制と資本制』に加え、マルクス主義フェミニストのシルビア・フェデリーチの『キャリバンと魔女』も2023年に中国で歴史・文化書籍のベストセラー第1位となった。

4.個人に還元されゆくフェミニズム

第四の理由として、個人の経験や実践とフェミニズム運動や女性学・ジェンダー学とのつながりはこれまで不透明だったことが挙げられる。

婦女連など中国の体制内の機関で働く国家フェミニストたちは、党体制の家父長制的な側面や個人的な経験について公に発言することができない。行動派フェミニストも運動を優先し、個人の経験や実践については積極的に発言しない。つまり、個人の生活上の経験や実践とフェミニズム運動とのつながりは不透明であった。そのため、上野の書籍のように、日常生活におけるフェミニストとしての闘い方を若者と分かち合う内容は、読者やフェミニストにとって新鮮であり、刺激を受けるものである。典型的なのは、『往復書簡 限界から始まる』、『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』である。この二冊はこれまで中国には存在したことがない、フェミニストになるための入門書である。現代中国社会に生きる女性たちは多様なアイデンティティ(娘、母、妻、女等)と異なる関係を交差して持っているため、上野の著作は字面(じづら)上の男女平等が如何に個人の生活で実践できるかという意味で、抽象的なものを具体化して示してくれたわけである。

以上、上野千鶴子ブームがなぜ中国で起きたかについて、これまで指摘されていなかった理由をまとめてみた。2024年に入ると、「ブーム」は少し落ち着いてきたが、ポストコロナ時代の中国の現状から見ればまだまだ「ブーム」は終わらないと考えられる。日中関係を表現する時に、「政冷経熱」という言葉はよく使われるが、「フェ熱」も新たに入れるべきではなかろうか。

参考文献

上野千鶴子『中国で「上野ブーム」のワケ ちづこのブログNo. 162』2023年11月3日 https://wan.or.jp/article/show/10902

陸薇薇(2022)「中国における上野千鶴子ブームの今とこれから」https://wan.or.jp/article/show/10361

宋少鵬著、河村昌子訳(2024)「『上野千鶴子ブーム』とインターネット時代のマーケットプレイス・フェミニズム : 苦境と活路」『中国21』60号、191-216頁。

 


 

[1] 1997 年 9 月、日本の戦争責任資料センター主催『「慰安婦」と歴史学』のパネルディスカッションで上野と吉見義明の間で歴史構成主義に関して交わされた議論。

[2]『中日新聞・東京新聞』2017年2月11日付け「考える広場 この国のかたち 3人の論者に聞く」における上野の発言、「平等に貧しくなろう」がネットで話題になった。上野千鶴子(2017)「人口減少か大量移民か? ちづこのブログNo. 113」https://wan.or.jp/article/show/7070を参照。

[3]「動画再生3百万回、中国で上野千鶴子さんブームなぜ 共感呼ぶフレーズ 対談相手の北京大女子に激しい批判も」東京新聞web、2023年4月23日配信 https://www.tokyo-np.co.jp/article/245635

『上野千鶴子さん 中国で「上野ブーム」のワケ』朝日新聞デジタル2023年10月10日配信 https://www.asahi.com/articles/ASRBB6SNQRB2OXIE02L.html

「中国で上野千鶴子著書が大ヒット 若い女性共感、社会現象に」共同通信2024年3月3日配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/6664471a59d40bde5040fdde3dfa8449ebd40f0e

[4] 中華女子学院(北京)、湖南女子学院、山東女子学院の三校である。

[5] 中国語訳のタイトルは、『女性生存戦争』である。2023年7月に郭書言氏によって翻訳され、上海文彙出版社から出版された。上野千鶴子の中国語訳の著作の中で、「豆瓣」の読者評価ランキング上位6位までは、『家父長制と資本制』、『女ぎらい』、『往復書簡 限界から始まる』、『生き延びるための思想』、『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』、『女性たちのサバイバル作戦』(いずれも原著名)である。

[6]コロナ感染者や感染者と同じ空間にいた人たちが別の場所に移送され、隔離されること。

[7] 2015年3月、中国で若手フェミニスト活動家らが、セクシャル・ハラスメントに反対するキャンペーンを計画したところ、警察に1か月以上も身柄を拘束された事件。

[8] 宋秀蓮(2017)「把講政治貫穿于婦連改革和工作全過程」http://cpc.people.com.cn/n1/2017/0613/c227126-29336313.html

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