Commentary
現代中国の対日感情はどうなっているのか?
SNS時代の民意を読み解く
2024年6月下旬、江蘇省蘇州市で日本人学校通学バス襲撃事件が発生し、日本人母子を助けた中国人女性が亡くなった。同月には吉林省で米国人大学教員四名が刺されるという事件も起こっていた。中国外務省はいずれの事件も「偶発的」だとして「遺憾」を表明した。ところが、同年9月18日には、今度は広東省深センの日本人学校の男子児童が登校中に男に刃物で襲撃され亡くなってしまった。これらの外国人を狙ったと見られる痛ましい事件の多発は、中国社会の対外感情の悪化を示すのか。また、社会の排外主義的声と政府の抑制的態度の差異は本音と建前の違いを示しているのだろうか。
本稿では、言論NPOが2005年からこれまで継続して毎年共同で実施している日中世論調査および中国インターネット情報センター(CNNIC)の統計を資料に、2000年前後から現在までの中国における対日感情の変遷およびソーシャルメディアの発展がそれに与えた影響について考察してみたい。
蘇州スクールバス襲撃事件と中国SNSの反応
中国のSNS上の言論は多様だ。蘇州事件では、犯人を称(たた)え死者を「漢奸(民族の裏切り者、売国奴)」と非難する意見と、犯人を非難し死者を悼(いた)む声の両方が存在したが、アルゴリズムにより過激な投稿が目立つ傾向がある。もちろん、中国のネット空間には厳しい規制があることは言うまでもない。ウクライナ戦争開始時には戦争礼賛の言葉が中国のネット空間に溢れた一方、冷静なロシア非難論が削除されたように、規制されたオンライン空間に一定の世論誘導の方向性があることも見逃せない。日本人に対するヘイト言論は少なくとも蘇州事件以前まではネット上での明確な削除対象ではなかったのである。
それでも今回、当局は蘇州事件の死者を「義を見て勇を為した模範」と称えて「正能量」(ポジティブ・エネルギー)を強調した。さらに中国の主要SNSメディアは事件後、対立を煽る過激な民族主義的言論への規制と、アカウント凍結等を発表している。
これらの現象は、中国社会の対日感情の実態とSNS上の意見、および当局の公式立場との乖離(かいり)を示唆している。過去20年間、中国の経済的台頭と国際的影響力の拡大に伴い、日中関係は複雑化の一途を辿(たど)ってきた。歴史問題や領土問題といった従来からの懸案事項に加え、「台湾有事」に代表されるような新たな地政学的緊張や経済摩擦も生じている。一方で、インターネットとソーシャルメディアの急速な普及の影響もあり、中国国内の世論形成の在り方は上意下達の一方的なものから、より多様かつ複雑な様相に変容しつつあると考えられる。
中国におけるSNSの普及と対日感情の変遷
2005年、日本の国連安保理常任理事国入りへの反対、歴史教科書問題、小泉首相(当時)の靖国参拝を背景に大規模な「反日デモ」が起きた。言論NPOの調査(以下同じ)によると、この時期、日本に「良くない印象」を持つ中国人の割合は62.9%に達していた。デモは組織的で大規模なものが主流で、一部暴徒化したが、政府の制御で迅速に収まった。テンセント社のメッセージアプリQQが広まっていたものの、中国のインターネットユーザー数はまだ約1.11億人にとどまり、主にマスメディアが情報伝達の中心だった。
2008年から2010年にかけて、初期SNSが本格的に広まり始めた。FACEBOOKを模した機能の人人網(レンレンワン)が大学生を中心に人気を集め、2010年にはミニブログWeibo(ウェイボー)が登場し広く支持を得た。同時期、東シナ海ガス田問題、中国製食品の安全性問題、2010年の尖閣諸島沖中国漁船衝突事件など日中間の懸案が増え、両国感情の溝が深まり、日本への「良くない印象」は六割前後で増加傾向にあった。
2012年、Weiboの普及が進む中、テンセント社のメッセージアプリWeChat(ウィーチャット)が急速に広まった。尖閣諸島国有化宣言を機に大規模反日デモが起き、日系商店や企業、日本料理店への破壊や略奪、一部で放火も発生した。当局の取り締まりで1ヶ月以内に収まったが、翌年の調査で「良くない印象」が92.8%に跳ね上がり、調査開始以来最悪となった。ネットユーザー数は約5.64億人となり、SNSによる庶民感情の急速な拡散が目立った。2013年末の安倍首相(当時)靖国参拝で反日感情がさらに高まり、日本への「良くない印象」は93.0%でピークに達した。一方で、この時期、抗議デモの呼びかけはあったが当局が広く認めず、大規模デモは減少していた。
2016年から2020年にかけて、TikTokなどショート動画プラットフォームが広まり始めた。2018年6月、TikTokは世界で5億人のユーザーを得ており、同年末には中国のネットユーザー数が約8.29億人に達していた。この時期、対日感情は劇的に好転し、2013年に5.2%と最低だった「良い印象」が2020年に45%まで改善し、調査開始以来最高となった。2013年にピークだった「良くない印象」も、習近平国家主席の国賓待遇での訪日を控えた2019年から2020年までには52%にまで減少した。
2020年から現在まで、コロナ禍による国境閉鎖を経て、中国の対日感情は微妙に変化している。具体的には、日本への「良くない印象」が微増し、2023年現在まで六割程度で推移する一方、「良い印象」は2021年に約10ポイント減の32%程度まで落ち込んだが、2023年には約37%まで回復した。つまり、現在の中国の対日感情は、好悪が約四対六の割合で二分化した状況が続いている。
2022年12月時点で中国のインターネットユーザー数は10億6700万人、普及率は75.6%に達して、中国のSNS市場も目覚ましい成長を遂げている。主要なSNSプラットフォームにはWeibo、TikTok、WeChat、Red(小紅書、シャオホンシュー)などがある。Weiboはすでに言及したが、X(旧Twitter)に似たミニブログ機能を持ち、多くの有名人が利用する。TikTokはショート動画アプリの世界最大手である。WeChatはメッセージ機能、ミニブログ、モバイル決済、ショート動画など多機能で、日本のLINEに近い。RedはInstagramに近いが、より美容、ファッション、グルメなどのリアルな流行をフォローするコンテンツが豊富だ。こうしたSNSプラットフォームに牽引された中国のインフルエンサー市場は、2024年には約7兆元(約150兆円)に達すると予測される。こうしてネット市場が成熟したことで、「反日感情」の表出の場も街頭からオンライン空間へと移行した。その理由は、習近平体制下では街頭デモが抑制される一方、オンライン上では比較的に自由度が残っていたためでもあろう。
一般的に、ネット上のインフルエンサーたちは視聴者の関心を引くため、より煽情的で挑発的な内容を好んで制作する。中国の場合、とりわけ対日批判コンテンツは、庶民の支持を得やすく、中国政府の政治的正しさや対日政策と一定の整合性があり、当局の厳しい規制対象となりにくい。これらの要因が相まって、対日批判コンテンツは中国のインフルエンサーにとって安全に収益を上げられる格好のテーマとなっており、近年の中国のSNS上では日本を批判する「愛国」動画が注目を集めるようになった。
例えば、法令上中国籍学生の入学が制限されている在中の日本人学校を「差別的」や「スパイ養成機関」と誤って描写する動画が拡散されるなど、たとえこうした偽情報に対して事実を精査する報道も一部に存在しても、エコーチェンバー効果により極端な意見が増幅され、過激行動のリスクが高まっている。例えば、本年5月には中国人男性による靖国神社での落書き事件が発生したが、これは中国国内向けのアクセス数目当ての迷惑行為が国際的に波及した事案だろう。中国外務省は靖国神社を「日本軍国主義の象徴」と批判しつつも、在外中国人に現地法令順守を求めた。冒頭で触れた外国人を狙った殺傷事件を含め、こうした一連の犯行は、当局が容認してきた排外主義がSNSの効果と相まって過激化した結果と考えられる。しかし、こうした過激行動は中国の国際的信用を損なうだけでなく、体制自体への反抗や無秩序拡大の危険性をはらむため、当局にとって看過できない問題となっている。
SNS時代に二極化する中国の対日世論?
このような状況は、中国のネット空間における「反日」感情の増幅と、それに基づく歪(ゆが)んだ日本像の形成につながっている。こうして誘発される一部の民衆による通り魔的な凶行は、十数年前の大規模な反日デモと異なり、個人的かつ突発的な行為であるために当局の統制が効果をあげにくい。とはいえ、このような現象は必ずしも中国社会全体の対日感情を正確に反映しているとは限らない。むしろ、ネット空間特有の誇張や偏向、そしてアルゴリズムによる同質的な情報の集中が、「反日」感情を誇大に見せている可能性がある。
例えば、排外的なネット世論や好戦的な「戦狼外交」のイメージとは対照的に、近年の中国における日本語学習者は増加している。国際交流基金のデータによれば、2018年度から2021年度の3年間で、韓国の日本語学習者は11.5%減、台湾は15.6%の減少を記録している一方、中国の日本語学習者数は5.2%増加し、世界で唯一100万人超えの水準に達している。
さらに、2023年の福島原発処理水の海洋放出問題では、中国政府が公式声明で厳しく批判し、中国のSNS上でも対日批判が見られたが、予想ほどの過熱した世論の反応はなかった。世論調査によると、中国国民の47.6%が処理水放出を「大変心配している」または「ある程度心配している」と回答し、26.7%は「心配していない」と回答した。国際原子力機関(IAEA)の検証に対する信頼度については、35.9%が「IAEA検証とは関係なく、処理水は放出してはいけない」と回答し、14.1%が「IAEA検証は信頼できないので放出はすべきではない」と回答する一方、33.9%が「IAEA検証は信頼するものの日本政府にさらなる努力を求める」と回答し、13%が「IAEA検証は信頼でき、日本政府の措置は妥当」と回答している。海洋放出に文字通り拒否反応を示す者と理性的な反応とがちょうど二分化している。さらに興味深いことに、この問題が日中関係の障害になると考える日本国民は36.7%であるのに対し、中国国民はわずか5.8%に過ぎない。
これらの調査結果は、中国の対日世論の実態が、SNSやショート動画上で目立つ過激な反応とは異なることを示している。ネット空間では反日的な過激な意見が目立つものの、実際の世論は全体的にはより冷静で多様な見方を保っている。近年のインターネット時代において、中国当局による対日批判キャンペーンは、必ずしもその意図どおりに世論を一方向に導くことはできず、むしろ過激な対日批判感情と冷静で客観的な見方という世論の二極化を招いているのではないだろうか。
この点、ロシアのような非民主国家におけるSNSは「政権支持」対「反政権」という二極化の傾向が見られるという指摘もある(Urman,2020)。近年中国のSNS上で表出される対日認識についても、政府の公式見解に沿った「愛国的」立場と、より穏健で理性的な立場の間の二極化が観察される。SNSのアルゴリズムが過激なコンテンツを優先的に表示する傾向が反日感情の極端な表現を助長する一方、こうしたコンテンツの氾濫(はんらん)に嫌悪感を覚える若年ユーザーも少なくない。
実際、近年の政治学やメディア研究の論文では、中国のSNS上の世論形成には政府のプロパガンダだけでなく、より多様な影響が見られると指摘されている。例えば、中国のオピニオンリーダーは政府の代弁者と見做されない場合にのみ政策についての情報共有を促す役割を果たすという(Huang et al., 2018)。現在の中国のネット世論は、政府系メディア以外の情報源の多様化により、政府に対する不満を増加させる傾向もある(Zhang and Guo, 2019)というように、政府の意図を超えて一定の批判的態度が醸成されていると考えられる。
このほか、対日感情の好悪二分化の要因としては、第二次安倍政権期の訪日観光客増加による一部民衆による日本理解の深化、コロナ禍末期のゼロ・コロナ政策の失敗に伴う中国政府への信用度の低下、メディア環境の変化に伴う個人的嗜好(しこう)の分散化や個人化、デジタルネイティブ世代とその他の世代との認知の格差拡大も考えられよう。
これらの変化は、局所的で過激なヘイトクライムのリスク増大をもたらす一方で、多様な意見が混在する柔軟な対日認識の存在も示している。実際、近年は若年層を中心に、従来のステレオタイプを超えた新たな日本イメージが形成されつつある。例えば、2020年と2021年に中国の広東省仏山市と遼寧省大連市にそれぞれ日本の街並みを模した商業施設が開業し、一時的に著作権侵害や「日本崇拝」批判で営業停止や改名を余儀なくされたが、現在は営業を再開している。コロナ禍で訪日が困難な状況下、これらの施設は「SNS映え」を狙った集客戦略を展開し、若者の間で和服や日本風制服でのコスプレ撮影が人気を集めた。一方で、こうした若者を「愛国主義」の立場から批判する投稿もアクセスを集めている。
これらの現象は、中国社会における日本文化コンテンツ人気の浸透と政治的正しさの間の微妙なアンバランス、そしてSNS時代の民意の多様化を反映しているのではないだろうか。今後の日中関係は、このようなメディア環境の特性を考慮した相互理解の深化が求められるだろう。
参考文献
1. 特定非営利活動法人 言論 (2023). 第19回日中共同世論調査 日中世論比較結果. https://www.genron-npo.net/world/archives/16585-2.html (2024年6月15日アクセス).
2.中国互連網信息中心. (2024). 第53次中国互連網絡発展狀況統計報告. https://www.cnnic.net.cn/NMediaFile/2024/0325/MAIN1711355296414FIQ9XKZV63.pdf (2024年7月1日アクセス).
3.Urman, A. (2020). Political Polarization on Social Media in Different National Contexts (Doctoral dissertation, University of Bern). https://boristheses.unibe.ch/2211/1/20urman_a.pdf (2024年7月1日アクセス).
4.Huang, H., Wang, F., and Shao, L. (2018). How Propaganda Moderates the Influence of Opinion Leaders on Social Media in China. International Journal of Communication, 12, 23.
5.Zhang, Y., and Guo, L. (2019). ‘A Battlefield for Public Opinion Struggle’: How Does News Consumption from Different Sources on Social Media Influence Government Satisfaction in China. Information, Communication & Society, 24(5), 594-610.