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Commentary

現代中国の対日感情はどうなっているのか?
SNS時代の民意を読み解く

平井新
東海大学政治経済学部特任講師
社会・文化
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SNS時代の民意は過激な意見を増幅させる一方で、それにとらわれない穏健で理性的な日本イメージも形成されつつある。写真は江蘇省蘇州市のスクールバス襲撃事件の現場に備えられた花束。2024年6月30日(共同通信社)
SNS時代の民意は過激な意見を増幅させる一方で、それにとらわれない穏健で理性的な日本イメージも形成されつつある。写真は江蘇省蘇州市のスクールバス襲撃事件の現場に備えられた花束。2024年6月30日(共同通信社)

 これらの調査結果は、中国の対日世論の実態が、SNSやショート動画上で目立つ過激な反応とは異なることを示している。ネット空間では反日的な過激な意見が目立つものの、実際の世論は全体的にはより冷静で多様な見方を保っている。近年のインターネット時代において、中国当局による対日批判キャンペーンは、必ずしもその意図どおりに世論を一方向に導くことはできず、むしろ過激な対日批判感情と冷静で客観的な見方という世論の二極化を招いているのではないだろうか。

 この点、ロシアのような非民主国家におけるSNSは「政権支持」対「反政権」という二極化の傾向が見られるという指摘もある(Urman,2020)。近年中国のSNS上で表出される対日認識についても、政府の公式見解に沿った「愛国的」立場と、より穏健で理性的な立場の間の二極化が観察される。SNSのアルゴリズムが過激なコンテンツを優先的に表示する傾向が反日感情の極端な表現を助長する一方、こうしたコンテンツの氾濫(はんらん)に嫌悪感を覚える若年ユーザーも少なくない。

 実際、近年の政治学やメディア研究の論文では、中国のSNS上の世論形成には政府のプロパガンダだけでなく、より多様な影響が見られると指摘されている。例えば、中国のオピニオンリーダーは政府の代弁者と見做されない場合にのみ政策についての情報共有を促す役割を果たすという(Huang et al., 2018)。現在の中国のネット世論は、政府系メディア以外の情報源の多様化により、政府に対する不満を増加させる傾向もある(Zhang and Guo, 2019)というように、政府の意図を超えて一定の批判的態度が醸成されていると考えられる。

 このほか、対日感情の好悪二分化の要因としては、第二次安倍政権期の訪日観光客増加による一部民衆による日本理解の深化、コロナ禍末期のゼロ・コロナ政策の失敗に伴う中国政府への信用度の低下、メディア環境の変化に伴う個人的嗜好(しこう)の分散化や個人化、デジタルネイティブ世代とその他の世代との認知の格差拡大も考えられよう。

 これらの変化は、局所的で過激なヘイトクライムのリスク増大をもたらす一方で、多様な意見が混在する柔軟な対日認識の存在も示している。実際、近年は若年層を中心に、従来のステレオタイプを超えた新たな日本イメージが形成されつつある。例えば、2020年と2021年に中国の広東省仏山市と遼寧省大連市にそれぞれ日本の街並みを模した商業施設が開業し、一時的に著作権侵害や「日本崇拝」批判で営業停止や改名を余儀なくされたが、現在は営業を再開している。コロナ禍で訪日が困難な状況下、これらの施設は「SNS映え」を狙った集客戦略を展開し、若者の間で和服や日本風制服でのコスプレ撮影が人気を集めた。一方で、こうした若者を「愛国主義」の立場から批判する投稿もアクセスを集めている。

 これらの現象は、中国社会における日本文化コンテンツ人気の浸透と政治的正しさの間の微妙なアンバランス、そしてSNS時代の民意の多様化を反映しているのではないだろうか。今後の日中関係は、このようなメディア環境の特性を考慮した相互理解の深化が求められるだろう。

 

参考文献

1. 特定非営利活動法人 言論 (2023). 第19回日中共同世論調査 日中世論比較結果. https://www.genron-npo.net/world/archives/16585-2.html (2024年6月15日アクセス).

2.中国互連網信息中心. (2024). 第53次中国互連網絡発展狀況統計報告. https://www.cnnic.net.cn/NMediaFile/2024/0325/MAIN1711355296414FIQ9XKZV63.pdf (2024年7月1日アクセス).

3.Urman, A. (2020). Political Polarization on Social Media in Different National Contexts (Doctoral dissertation, University of Bern). https://boristheses.unibe.ch/2211/1/20urman_a.pdf (2024年7月1日アクセス).

4.Huang, H., Wang, F., and Shao, L. (2018). How Propaganda Moderates the Influence of Opinion Leaders on Social Media in China. International Journal of Communication, 12, 23.

5.Zhang, Y., and Guo, L. (2019). ‘A Battlefield for Public Opinion Struggle’: How Does News Consumption from Different Sources on Social Media Influence Government Satisfaction in China. Information, Communication & Society, 24(5), 594-610.

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