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Commentary

2024年の大学受験と出願プランナーの隆盛が映す中国
転換期の中国社会を北京から報告する

斎藤淳子
ライター
社会・文化
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厳しい学生の就職戦線下で受験生家族の焦慮は深まり、それに呼応するかのように、にわかに高額の出願書作成サービスが急増している。写真は北京の受験会場前でチャイナドレス姿の保護者(左)と話す受験生。2024年6月7日(共同通信社)
厳しい学生の就職戦線下で受験生家族の焦慮は深まり、それに呼応するかのように、にわかに高額の出願書作成サービスが急増している。写真は北京の受験会場前でチャイナドレス姿の保護者(左)と話す受験生。2024年6月7日(共同通信社)

 「高考(ガオカオ)」として日本でも知られる中国の大学入試は「普通高等学校招生全国統一考試」の通称で、日本の「大学入学共通テスト」に相当する。毎年6月7日から実施され、2024年の受験者数は過去最多となり、日本の共通テスト(49万人)の約27倍に当たる1342万人が受験した。

1.近年の「新高考」と2024年の高考

 現在の高考は、2014年以降開始された通称「新高考」への改革途中にある。中国でも、熾烈(しれつ)な受験競争の弊害(点数至上主義や過重負担、地域間格差など)は認識されており、その是正を目指して入試改革が行われてきた。2010年の「国家中長期教育改革・発展計画要綱」に続き、2014年には「入試と学生募集の制度改革に関する実施意見」が出され、2017年からは必須科目の国語、数学、英語以外の3つの選択科目を6科目(歴史、地理、政治、物理、化学、生物)から選ぶ自由選択方式が導入された。厳しい競争の実態は目下も変わっていないが、改革の最中にあって試験規則は毎年大きく変化している。

▼2024年から理系には物理と化学がセットで必修に

 2024年の高考で最大の変化は、この時導入された選択科目の自由選択方式から、再び物理と化学のダブル受験が必須化された点だ。対象は全国の理学、工学、農学、医学の理系進学者だ。例えば、2023年の高考を受験した知人は選択科目で物理、歴史、地理を受験しハルピン工業大学に合格したが、24年からはこの組み合わせでの受験は不可能となった。北京の塾では、物理と化学を受験科目に選択すれば文系の専攻も含めて96%をカバーできるとして、高校での物理と化学の履修を勧めている。また、文系の経済学や金融学、心理学などでも一部の大学では2024年から物理での受験を必須にする動きも出始めている。筆者の周囲の保護者も「理系の時代だね」と語り、高考では理系科目の受験が有利との見方が強まっている。

▼理系の「基礎強化」

 さらに、新しい動きに理系の基礎研究の強化がある。中国は2050年までに科学技術イノベーション強国を築くという国家戦略を打ち出している。しかし、目下は基礎研究が弱いとの認識から理系の基礎研究を強化する目的で2020年から「基礎分野学生募集改革プロジェクト」(略称は「強基計画」)を導入した。選抜は高考の成績を軸にその他の大学が独自に行う筆記や面接などの成績を加味する。2024年の清華大学と北京大学の合格者のうち、この「強基」の枠で入った生徒はそれぞれ900人(新入学生3500人の25.7%)、890人(同2162人の23%)という(2024年8月京城教育圏)。ここでも理系人材育成に重点が置かれているのがわかる。

2.高考の基本ルール:省ごとに異なる合格ラインも

▼6教科と配点、試験問題はさまざま

 次に高考の基本ルールを見てみよう。まず、受験科目は6科目だ。国数英は必修で、国語の試験時間は2.5時間だがそれでも解き終わらないほどの膨大な問題が出題される。その他の選択科目は上述の通り6科目中3科目を選ぶ。

 国数英が必修であることは全国統一だが、その問題内容を含め科目の組み合わせや配点ルールは省・自治区・直轄市(以下、省で統一)によって異なる。配点は例えば、北京市は必修科目が各150点、選択科目は各100点で合計750点満点。上海市は、必修科目は北京と同様だが、選択科目が70点で合計660点なので、必修科目の占める比重が大きくなっている。次は、省ごとに異なる合格ラインを持つ独特の試験のあり方を見てみよう。

▼試験の実施者は省

 中国の高考はこのように試験の実施者は省であり、国はそれを束ねて統一しているに過ぎない。ちなみに、日本の大学入学共通テストは、独立行政法人の大学入試センターが実施するものであり、国も地方も関与しない。

 また、受験生から見ても省の壁はまるで国境の如く世代を超えて堅固だ。具体的には、彼らの教育は戸籍で縛られており、受験生は両親のどちらかから受け継ぐ戸籍のある省でしか受験できない。例えば河南省戸籍の両親が北京に働きに行ってそこで生まれた子どもであった場合、戸籍は河南省なので、仮に小学校から高校まで北京の学校に通った場合でも受験は河南省ですることになる。

 なにより、大学受験問題は省によって異なるため、その準備のために非北京戸籍の子どもは遅くても高校までには戸籍所在地に戻って大学受験勉強をするのが一般的だ。

『シン・中国人』の表紙。(筑摩書房提供)
『シン・中国人』の表紙。(筑摩書房提供)

 このように、中国の高考はそれぞれの省が異なるルールで異なる試験を課し、省内の学生のランキングに基づいて、その専攻の最低点を満たしている省内の志望者リストを大学に提出する。そこから先は大学が学生を選ぶことになる。

 よって、各省の持つ大学の合格枠も異なる。例えば2024年の北京大学と清華大学のトップ2校への合格者(ネット推計)を見てみると、北京市(総人口2185万人、受験生数6.72万人)からは580人もいる一方で、人口の多さで知られる河南省(人口9815万人、受験生数136万人)は420人、山東省(人口1.01億人、受験生数100万人)からはたったの170人だった。

 北京に出稼ぎにきた両親のもとに生まれた子どもは、大学への門戸がより狭い両親の出身省で受験しなければならない。つまり、省間で同じ大学・専攻に合格する難易度が異なるという不公平が生じている。恵まれた教育資源とセットになった大学進学難易度の格差は、地方出身者が大都市の人との結婚を通じて子どもに北京市や上海市などの大都市戸籍獲得を目指す主な理由になっている。(詳細は拙著『シン・中国人』第1章を参照)

 また、試験問題は「I」、「II」、「甲」の3種類がある上、北京市、上海市、天津市だけは「自主設定」の試験問題なので、各省で異なる。その上、先に触れた通り配点や満点の設定も異なるので、省を跨(また)ぐ点数の比較はできない。

▼学生の志望より人材育成計画を優先

 高考のもう一つの特色は、人材育成計画が先にありきで、そこに学生が応募する設計にある。つまり、国の指導のもとで学校が細かい専攻枠を決め、次にそれを各省枠に割り振り、最後に学生が出願する。日本のように受験生本位で複数の専攻や学校を併願することはできず、しかも入学前に専攻を決めておかなければならない。なお、浪人は可能だが、24年から翌年の1回だけに限定された。

 このように、試験は一部のトップ校では多元化の試みが実施されているが、それはごく少数のエリートや特技を持った人材発掘のためであり、大多数は依然、一元的な筆記試験の一発勝負による域内序列で合否が決められる。負担削減の試みはあるものの、学生の重圧は日本の比ではない。

3.高額出願プランナーの隆盛

▼複雑な出願先選び

 上記に見てきたように、高考のマッチングは非常に複雑なため、出願先選びに必要な情報は膨大になる。まず、単純に大学や機関が多い中、自分の希望と得点に合う大学や専攻を選ばなくてはならない。4年制大学の「双一流」と呼ばれる上位校だけで112校、4年制大学全体では1242校もある。そこに800以上に及ぶ細かい専攻が設置されている。それだけでなく、上記に見てきたように、毎年出願に必要な最低点は公開されるが、実際の合格ラインはその年の試験の難易度や科目、人気などで変動するので、受験生側からは推測するしかない。自分の点数が、志望先の大学・学科の合格ライン以下だった場合は、第2希望、第3希望、第4希望と順番に回される。いずれの志望先にも満たず、「(学校側の)調整に従う」ことを選択した場合は、校内の不人気の学部に配置される場合もあるので、過去の合格者の省内ランキングなどを研究して、賢く出願先のリストを策定する必要がある。出願の際には自分の点数相応のレベル(と推測される学科)とそれより上と下(すなわち滑り止め)の3つのレベルを選ぶのが一般的だ。

 出願先選びで多くの人が焦燥するのは、自分の点数で入学できる「少しでも良い大学・専攻」に入ろうとするためだ。明らかに自分の点数より下の大学・専攻を受け入れれば焦りは生じないが、合格できるのは1大学・専攻だけなので判断は難しい。

 また、把握しにくいのが卒業後の就職見通しだ。もともと、中国では大学の専攻と就職の結びつきが強く、入学時の専攻決定を就職予備準備とみなす「常識」がある。にもかかわらず、テストの点の向上に全霊を注ぐ中国の高校では「進路指導」はほとんどない。その上、現在は史上最悪と呼ばれる就職難の時代である。さらに、数年前まで人気だったITや不動産業が近年大きく落ち込んでいるように、たった数年で中国の政策や経済状況は激変するので少し前の経験も情報も役に立たない。以下では近年にわかに盛んになった受験ビジネスの一つについて紹介しよう。

▼出願プランナー産業の勃興

 こんな中、爆発的に伸びているのが「高考出願申請表」(中国語で「高考填報」)作成を請け負うプロのプランニングサービスだ。すなわち、受験者の点数で入れる学校や専攻を絞り出し、将来のビジョンや学生の性格及び希望を考慮した上で、進学地域の推薦や就職案に合致する専攻などを総合的に判断して、「君にはこの大学・学部への出願を推薦する」と出願先を選び出す作業を有料で請け負うコンサルタントだ。従来これは、学生の両親が中心になって周囲の知り合いや親戚などから得られる情報や独自のリサーチを頼りに自分で行っていた作業だ。自分でやるのは荷が重く、「より充実した情報を得て、少しでも良い大学・学部に押し込みたい」と望み、万が一、不完全な出願計画ゆえに子どもが損をしたら大変だと感じる親が有料でプロに依頼するようになった。このサービスは2014年ごろから裾野を広げ、2019年からの3年間で急増した。

 新華社系の『新華毎日電訊』は「(同業界の)市場規模は10億元(約2000億円)弱に上り、2026年分まで予約がいっぱい」(2024年6月24日)と題した記事で、地方の小都市(「第5線都市」)の高校教師の話として、「大都市でもここでも、出願先のプランニングサービスはこの3、4年で急増した。クラスの約半分の受験生が利用している」と伝えている。筆者の周りでも「金を出しても情報は買う価値がある」という反応が多かった。

 この手のサービスは、大学受験はもちろん高校受験でも一般化しており、価格は日本円で数万円から数十万円と高額にもかかわらず、急速に市民に浸透している様子だ。中国の受験産業は日本以上に親の不安につけ込み、需要があればどこまでも値を上げる超市場化が進んでいる。

 早速、架空の国家認定証を宣伝に使う悪徳業者も出始めている。教育部(文部科学省に相当)は、2024年6月に「政府の関係機関は『高考出願申請プランナー』という職業資格認定証の類のものは一切発行していない」として、「高額指導の詐欺」に注意するよう呼びかけたほどだ。

 また、同サービスの大量発生を受けて教育部及び地方の教育庁は、出願手続きの指南書の「2024年高考出願申請10問10答」や、「無憂考網」(入試情報ポータルサイト、山西省)の開設、動画の発信などで手順の説明や情報公開を活発化している。有料サービスの隆盛は裏を返せば複雑さとわかりにくさに悩む親たちの叫びでもあったのかもしれない。

4.受験生の救世主?出願プランナーの張雪峰

 出願プランナー業界の第一人者として中国で誰もが知るのが張雪峰だ。彼はユーモラスで実践的な高等教育攻略トークで知られる教育インフルエンサーだ。中国国内版TikTok「ドウイン(抖音)」のフォロワーは2500万人級という。2016年に名門大学院を紹介する噺家(はなしか)顔負けの面白トーク動画が大ヒットしてネットで頭角を現したが、もともとは大学院入試補習塾の講師だった。彼自身も黒竜江省の貧しい農村出身なので、似た境遇にある後輩たちを助けたいと公言し、コネも何もない「我々」には勉強しかないと地方出身の受験生を励まし、黙々と高等教育を目指す多くの人々の心をつかんできた。今日の市民生活に圧倒的な影響力を持つスマホ動画時代が産んだ平民インフルエンサーでもある。

張雪峰(峰学未来創立者兼CEO)。峰学未来オフィシャルサイトより。
張雪峰(峰学未来創立者兼CEO)。峰学未来オフィシャルサイトより。

 ネットには彼を慕う庶民からの次のような声が多く寄せられている。「(彼は)平民の道を照らしてくれた。我々はコネも人脈もない家庭だ。張先生に感謝する」「(彼は)一般家庭から大学に行った子どもに地に足のついた指導をしてくれ、食べていく機会を与えてくれた」「張雪峰先生は誠心誠意普通の庶民の子どものためを思い、声を上げてくれた。尊敬に値する」などだ。これらに共通するのは、自分たちはコネも人脈もない平民だが、張雪峰はそんな我々に寄り添って大学進学の貴重なアドバイスをくれたという声だ。大学とは無縁だった農村出身者が高考に参与し戸惑い、将来の子どもの就職を憂う姿が浮かび上がる。

 振り返ってみると、中国の大学は、もともとはごく一部のエリートを対象として設置され、1980年でさえ高等教育機関の合格者はわずか28万人、進学率は1%以下だった。それが1999年に高等教育拡大政策が開始され、(短大や成人学校を含む)「高等教育」の進学率は23年には1096万人、67.8%にまで増えた。進学者数は40年で40倍近く膨れ上がった計算になる。その結果、高等教育の裾野は多くの農村出身者をカバーし始めたが、急速に大衆化した学生たちに制度の変化は追いついていないのかもしれない。そのギャップを埋めたのが張雪峰に代表される有料コンサルタントサービスだったのではないだろうか。

5.「焦慮」の時代に

 出願プランナーの隆盛には、もう一つ重要な背景がある。中国では大学教育を就業の前段階として直結させて捉える「常識」があることは上記でも触れたが、その傾向は新卒生の失業率が史上最悪と言われる現在、さらに顕著になっている。政府公式の過去6年間の若者(16〜24歳)の失業率データを見ても、2018年から23年の毎年6月の失業率は、10%、11.6%、15.4%、15.4%、19.3%、21.3% と増え続け、統計方法の調整を行った後の24年の7月も17.1%と依然高止まりしており、大卒者の失業増加は焦眉の問題だ。

 「修士号を取ってフードデリバリー、4大卒で家政婦、海外留学から戻って月給10万円というニュースを聞いて、突如、今までみんなが信じてきた『高考(大学入試、ひいては高学歴)で運命が変わる』のではなく、『(経済発展の)サイクルで運命が変わる』ということに気がついた…だから、張雪峰へ救いを求めるのだ」と指摘する声(老鉄仔勇哥「2024最も消耗する高考 張雪峰が話題の的に」2024年6月)があるように、不景気な時代に子どもを高等教育に送る親の焦慮がこうしたサービスの背景にありそうだ。

 張雪峰は大学の専攻と就職の現実に関して多くのアドバイスをしている。今年は4年後の就職を見据えて専攻を選ぶなら電力関係、口腔(こうくう)外科、臨床医学だと勧め、また、昨年は、息子のジャーナリズム専攻の是非を相談に来た母親に対して、「ジャーナリズムは中国で最悪の専攻で、職業にするのは難しい」と歯に衣着せぬ物言いでネットを炎上させたこともあった。その際も、綺麗事や建前ばかりを言う政府系メディアと対比させ、「庶民の味方として真実を伝える先生」として圧倒的な市民の支持を得た。

 2024年の大学の専攻選びの傾向に関して、張雪峰も今年はかつての「銭(高給)」志向から「穏(安定)」志向にシフトしていると指摘しているように、中国社会のシフトはあちこちで見られる。若年層のうつ病の急増や一元的競争への疲れの表面化などを受けて、選択の多様性や学生本人の主体性を重要視する声は中国社会でもこの数年で急速に強まっている。

 厳しい学生の就職戦線下で受験生家族の焦慮は深まり、それに呼応するかのように、にわかに有料サービスが急増している。最新の高考やそれを取り囲む社会サービスからも、急速に変容し転換期を迎えている中国社会が浮かび上がってくる。

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