Commentary
「剰男」「剰女」になるのはどんな人か、少子化とどんな関連があるのか
中国総合社会調査(CGSS)の個票データから読み解く
はじめに
受験競争で男子が女子に負けるという「男子劣化」(以下、「」を省略。なお、この用語法はフィリップ・ジンバルドー、ニキータ・クーロン著、高月園子訳『男子劣化社会』晶文社、2017年からの借用である)現象は以前から指摘され、近年の中国でもそれが広がりつつある。義務教育を終えた後の進学コースにおいて、普通高校、大専(3年制の大学専科)、大学へと教育ステージが上がるにつれ、女子の進学率が男子のそれを上回り、その結果、1人っ子政策の影響で元々歪(いびつ)な男女比があるにもかかわらず、高等教育機関に在籍する学生のうち、女子が男子よりはるかに多いという紛れもない事実が様々な統計から確認できる。
こうした状況が存続する中、最終学歴の高い階層において女性の人口数が男性より多くなっている。女性の高学歴化は結婚年齢の上昇つまり晩婚化をもたらすだけでなく、女性が学歴や収入のより高い階層の男性との結婚を志向するという伝統文化も影響して、女性の生涯未婚率の上昇につながる可能性もある。他方、高卒以下の階層において、女性が男性より少ないため、結婚相手の存在しない男性が堆積することになる。
高等教育を受けた女性は往々にして理想的な人生設計を胸に大中都市に移動し定住する一方、学力競争で淘汰(とうた)された男性は往々にして田舎または地方都市や町に留まらざるを得ない。そこで、都市の婚活市場で「剰女」と呼ばれる「売れ残り」の高学歴女性と、地方の婚活市場で「剰男」と呼ばれる「売れ残り」の低学歴男性が共に急増する、という深刻な社会問題がクローズアップされたのである。
「剰男」「剰女」の大量発生と同時に、晩婚化や未婚化、そして、それらに起因する少子化も深刻化の度合いを増し続けている。今後の中国で、高等教育の発展と共に男子劣化が進み、女性の高学歴・晩婚化・未婚化→「剰男」「剰女」現象の深刻化→少子化、という連鎖反応が否応なしに起きるだろうと予想される。本稿では、巷間(こうかん)流布するこうしたストーリーを中国総合社会調査(CGSS)の解析結果をもって検証することを目的とする。
学歴社会における男子劣化の急速な進行
中国は学歴社会である。よい就職や高い収入、出世のために、人々は子供の時から激しい受験競争を勝ち抜いていかなければならない。1980年代以降の1人っ子政策の下、男尊女卑という社会意識が子供の学校教育において薄らぎ、男の子も女の子も教育を受ける機会が平等化するようになった。また、就職等で男性と対等に競争していくため、女性はより高い学歴を手に入れようとする潜在意識も強く働くといわれる。それを背景に高等教育の急速な発展に伴い、女子が男子よりも高い確率で進学し、男子優位の状況が徐々に逆転してしまったのである。
図1は中国国家統計局が2020年に実施した第7回人口センサスで捕捉された高等教育の発展状況を表すものである。1950年以降の半世紀における生年別、最終学歴別に見た人口割合が算出されている。例えば、筆者と同じ1963年生まれの7.2%の人は大専以上(党学校・通信教育等の成人教育を含む)の最終学歴を持つ(そのうち、大専が4.4%、大学が2.6%、修士が0.2%、博士が0.1%)。また、1995年生まれの人では、大専が22.0%、大学が19.0%、修士が3.1%、博士が0.3%と合計で44.4%に上った。この30年間ほどで高等教育の最終学歴を持つ者の割合は6倍にも高まった。
高学歴化と共に男子劣化も顕著に進んできている。ここでは、男性と女性の最終学歴別人口割合を生年別に算出し、両者の差を求めたが、図2はその結果(男性-女性)を示している。同図から見て取れるように、1970年代生まれの世代までは、女性より男性の高学歴保有率が常に高かったが、1人っ子政策が始まった1980年生まれの世代を境に、男性優位が失われ、女性の高学歴保有率は男性のそれを上回るようになった(負の値)。そして、1990年代生まれ以降、大専、大学、修士のすべてにおいて女性優位が確立するようになった。ただ、博士において男性はわずかながら優位を保っている。
このような女性優位あるいは男性劣位をより正確に議論するため、高卒後、党学校や通信教育等を通して学位を手に入れた、いわゆる成人教育の高学歴者を除外して、全日制正規大専・大学・大学院を最終学歴に持つ者に絞って確認する必要がある。幸いに、CGSSには最終学歴の情報が豊富で、それを利用すれば、出生年代別、男女別の正規大専卒以上の全体比(保有率)を算出することができる。図3はCGSS2003-21の12回の調査をプールして得られたものである(都市と農村の両方を含む。以下同)。
同図から分かるように、正規高等学歴の保有率はやや高めのようになっているが、トレンドは人口センサスの結果とほぼ同じである。また、男性優位から女性優位への転換も明確に観測されるが、その逆転は成人教育も含む場合の1980年代よりおよそ10年遅れて起きた。具体的にいうと、1990年代前半と後半、2000年代前半に生まれた者において、女性の正規高学歴保有率は男性よりそれぞれ1.3、7.1、12.4ポイント高くなった。
婚活市場における伝統文化の存続
周知の通り、中国では、女性は自分と同等以上の階層(学歴や収入)に属する男性を、男性は自分の階層を上回らない女性を、結婚の相手に選ぼうとする伝統文化または社会慣習がある。ここで、学歴に焦点を当てて検証してみる。
図4は異なる年代に結婚した人々とその配偶者の学歴がどのように違っているかを男女別に見たものである。具体的には、自分より学歴の高い人と結婚した人が全体の何%を占めるかを男女別、初婚年代別に考察することにより、上述の社会慣習の有無や変遷を明らかにするということである。
図には示されていないが、結婚の年代を問わない、すべてのサンプルを対象とする集計結果によれば、男性では自分より学歴の高い人と結婚した者の割合は、中卒以下、高卒、大専卒がそれぞれ8.3%、7.2%、11.1%であるのに対し、女性ではその割合がそれぞれ16.6%、19.8%、24.8%に上る。
結婚年代別に見た図4よりさらに2つの特徴点が見出される。第1に、上述の社会慣習は高等教育が進んでいなかった1970年代までの世代においてより一層際立つ。自分より学歴の高い女性と結婚した男性はわずかしかいなかったのとは対照的に、自分より学歴の高い男性と結婚した女性の割合はほとんどすべての年代で見られた。
第2に、男性に関しては、結婚年代が若いほど、自分より高学歴女性と結婚した者の割合が急速に高まった。2000-21年に結婚した者の中、そのような男女格差が各学歴層でほぼ消えた。女性の高学歴化が著しく進んだことが背景にある。
大卒や院修了者の場合、その結婚相手の状況はどうであろうか。ここで、自分より学歴の低い人と結婚した大卒以上の全体比を男女別に算出し、その結果を図5に示す。同図から分かるように、1990年代までの半世紀にわたり、大卒以上の学歴層においても、女性は自分より高い学歴を、男性は自分より低い学歴を持つ者と結婚する傾向が強い。また、時代の推移と共に、女性の高学歴化も影響し、自分より学歴の低い女性と結婚した男性の割合が低下し続けている。裏を返せば、大卒以上の学歴を持つ男女の結婚が高等教育の発展と共に増えているということである。
とはいえ、男性に比べ、大卒以上の学歴を持つ女性は、中華人民共和国の建国直後の1950年代と、改革開放初期の1980年代を除く長期間にわたって、自分より学歴の低い男性と結婚した割合が低く、しかも、安定的に推移していた。1950年代の高学歴女性は非常に希少な存在であり、裕福な階層の出身者が多いはずだったが、政権を取った共産党の統治下で学歴が低いものの、権力を持つ男性の役人等と結婚する者が多かったと推測できる。また、1980年代の高学歴女性が、純情が謳歌(おうか)されたその年代に、好きな男性を結婚相手に選ぶこともよくあった現象である。
高等教育の発展に伴い、婚活市場で静かな変化が起きつつあるものの、それは主として男性の方で見られるものであって、女性に関してはほぼ一貫した傾向が見られる。また、その男性の方の変化も女性の高学歴化に起因した部分が大きく、人々の結婚観に関わる潜在意識または社会慣行が大きく変わったというわけでもない。高等教育を受けた女性がより高い学歴を持つ男性との結婚を追求する、という社会慣行は当面大きく変わらないと見てよかろう。
3.「剰男」「剰女」と少子化へのインパクト
学歴社会における男子劣化、婚活市場における伝統文化の存続が相乗し合った結果、結婚したいのにその相手が存在しない高学歴女性が多数いる一方、学歴の比較的低い層に堆積する男性の多くが選ばれなくなっている。増え続ける「剰男」「剰女」は正しくこのような人たちを言い表す用語法なのである。
図6(a・b)は出生年代別、学歴別、男女別に見た未婚率を表している。同図から下記のような統計的事実が分かる。①出生年代の経過に伴い未婚率が上がり続けている、②学歴に関係なく男性の未婚率が女性のそれを上回っている、③近年、大専卒以上の未婚率が高卒以下より高い傾向を見せている、④大専卒以上の未婚率における男女格差が比較的小さい、⑤高学歴女性の未婚率がそうでない女性よりはるかに高い(1980年代生まれが41.4%対17.9%、1990年代生まれが80.7%対50.1%)、など。
もちろん、図6は男女別に見た学歴と未婚率の関係を表したにすぎず、そこから「剰男」「剰女」の実態は読み取れない。そこで、20代のサンプルを抽出し、この世代における男女別未婚率を11回の調査別に集計してみると、図7(a・b、次ページ)が示すような興味深い結果が得られた(都市だけが調査された2003年を除く)。
低い学歴を代表する中卒者の未婚率を男女別に見た図7aによると、2005-15年における男性の未婚率がおよそ40%で推移したが、その後上昇する傾向に転じ、2021年調査では57.1%に上がった。対照的に、女性のそれは同期間中低下する傾向にある。婚活市場における低学歴の男性が売れ残ったという「剰男」が近年顕在化したということである。
他方の高学歴を代表する正規大学・大学院を出た者の未婚率を表す図7bをみると、男女ともその未婚率が時間の経過と共に上昇する傾向にあると分かる。特に2017年調査以降、女性の増加傾向が際立つ。晩婚化が進む中、高学歴男性は比較的学歴の低い女性と結婚する可能性がある一方、高学歴女性は加齢と共に、高学歴男性との出会いが益々難しくなる。つまり、未婚の20代高学歴女性は生涯結婚しない(できない)「剰女」となる可能性が増すのである。
選択の自由が広がっている現代社会では、結婚しないこともあって当然である。しかし、「剰男」「剰女」という社会現象は結果的に晩婚化、未婚化という別の社会問題を引き起こし、さらに、新生児の数が減少するという少子化も促される。このような連鎖反応に細心の注意を払う必要がある。
むすび
日本はこの間、少子化、高齢化、生産年齢人口の減少、総人口の減少を経て、もう少しで高齢人口も減少する局面に入ると予測されている。新興国の中国は急速な経済成長と共に日本と全く同じような人口転換のプロセスを経験し、しかも、その速度がより一層速い。両国で観測されるこの人口動態の発生メカニズムに共通点が多いが、相違点もある。
ここ40年間の中国では、高等教育の発展→男子劣化と女性の高学歴化→結婚に関わる伝統文化の存続→(1人っ子政策に起因した歪(いびつ)な男女比も影響して) 「剰男」「剰女」現象の広がり→晩婚化・未婚化の急進→少子化、という内的関連が見え隠れする。いささか単純化しすぎたのかもしれないが、本稿はCGSSからの関連情報を活用しそれを実証してみせることができた。
近年の中国では、就職難もあり、大卒者の修士・博士課程への進学が政府から強く推奨されている。男子劣化の中、大学・大学院における女性の割合が上昇しつつある。こうした状況が変わらなければ、「剰男」「剰女」が今後も増え続け、晩婚化、未婚化、少子化も必ず深刻化するだろう。男子劣化の社会経済に与えるインパクトは計り知れない。