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Commentary

肉食の女神の庇護のもとでビールを飲む
中国とインドの農村社会の比較③

田原史起
東京大学大学院総合文化研究科教授
社会・文化
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インド農村には無数の神や女神が存在しているが、神々の間にはベジタリアンの神とノン・ベジタリアンすなわち肉食の神の区別がある。写真は肉食女神の祠前での会食(2014年、インド南部・テランガナ州ペダマラレディ村にて田原撮影)
インド農村には無数の神や女神が存在しているが、神々の間にはベジタリアンの神とノン・ベジタリアンすなわち肉食の神の区別がある。写真は肉食女神の祠前での会食(2014年、インド南部・テランガナ州ペダマラレディ村にて田原撮影)

解説:インド研究者からみた中国農村

 恥を承知で言ってしまうと、中国の農村の明確なイメージはほとんど持ち合わせていない。それはひとえに私が中国農村に関する勉強不足によるところが大きい。しかし、近年メディアに映し出される中国は、経済発展と都市化の急速に進むさなかにあって、近代化した都市のイメージが強く、農村の暮らしの実態は後景化される傾向にある。あるいは、発展著しい都市との対比として、過疎化や景気後退の成れの果ての地方農村という場面が強調して打ち出される印象がある。

 だが、本稿で描かれる中国農村は、血縁や地縁による濃密な社会的ネットワークのなかで、村人が共に儀礼・祭祀を行い、爆竹を鳴らして、酒を酌み交わし、同じ卓を囲んで賑やかに食事をするという、豊かな人間関係のなかでの活気あふれる情景が垣間見え、私もその場に居合わせたくなるような思いがした。ちょうどインドで春の訪れとともに祝うホーリー祭(ヒンドゥー教の色掛/水掛祭り)の路地に組まれた焚き火と爆竹、互いの顔に色粉を塗り合いながら上がる歓声、前日から用意した菓子や食事を振る舞い、会話を楽しむ人々の笑顔といった光景と重なる。

 しかし、大きく異なるのは、インドのカーストという血縁で繋がる氏族集団(現地語ではジャーティ、ビラーダリーという)に対して、中国では村民小組が人民公社時代の「生産隊」を引き継ぐかたちで、農村のネットワーク体制として現在も息づいていることである。もし村民小組が、居住区画ごとに完全に政治的に結成された単位をベースとしながら、時として親族関係以上に運命共同体的な機能を果たすのであれば、インド研究者にとっては非常に興味深い互助単位である。というのも、インド社会では物理的にも関係的にもどんなに遠くとも、近くの異カーストより遠くの同一カーストとの相互扶助が重視されるからである。

 また、こうした中印の違いを踏まえると、中国農村で折に触れて催される宴の場での「共食」が重要な意味を持つこともうなずける。ともに食し、ともに語らい合う。酒の力で気分が高揚し、また酩酊した状態(ある種のトランス状態)で互いの内面を交換し合う。誤解を恐れずにいうならば、共食には(「血」にも相当するような)「内面」の交換を通じて、村民小組内の血縁関係を超えた結束を生成し、維持する儀礼的役割が内包されているのかもしれない。

 一方、インド農村では、誰彼とでも食事をするわけではなく、酒を酌み交わすこともない。本稿でも説明されているとおり、カースト制度には浄/不浄の観念が存在し、あるカースト(下位層)から差し出された食事を別のカースト(上位層)が食することができない場合もある。ただし、「共食」という行為が存在しないというわけでもない。インドにおける共食は「ともに食す」こと以上に「同じものを食す」という意味合いが強い。そのため、共食関係にあるのは主に同じカーストに属するか同等の位階のカーストであり、冠婚葬祭や日々の食事のなかで、同じ食べ物を体内に取り込む行為を通じて、互いの同一性を再確認していると言われている。

 互助的ネットワークや共食といった同じキーワードで切り取っても、中国とインドの農村でこれだけの違いがあることは、私にとって新しい発見であった。研究者として、各地域・社会の多様性とその背後にある歴史や人々の価値意識を緻密に探求することの面白さと大切さを改めて認識させられたように思う。 

 菅野美佐子(青山学院大学)

カリフラワーのカレーとダール(ベジタリアンの多いインド北部のウッタル・プラデーシュ州の村にて、菅野美佐子撮影)
カリフラワーのカレーとダール(2019年、ベジタリアンの多いインド北部のウッタル・プラデーシュ州の村にて、菅野美佐子撮影)
チャパティを竈で焼く女性(ウッタル・プラデーシュ州の村にて、菅野美佐子撮影)
チャパティを竈で焼く女性(2019年、ウッタル・プラデーシュ州の村にて、菅野美佐子撮影)
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