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Commentary

中国の農村での棟上げ式と大宴会
中国とインドの農村社会の比較①

田原史起
東京大学大学院総合文化研究科教授
社会・文化
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調査地の一つである山東省の果村は、筆者にとって中国農村や中国社会のなんたるかを様々な側面から教えてくれた、「教室」のような場所である。写真は共同作業後の宴会料理(2006年、山東果村にて田原撮影)
調査地の一つである山東省の果村は、筆者にとって中国農村や中国社会のなんたるかを様々な側面から教えてくれた、「教室」のような場所である。写真は共同作業後の宴会料理(2006年、山東果村にて田原撮影)

宴席:共食と社会的飲酒

 棟上げの儀式が終了すると、主家の自宅での宴席に移る。道恵によれば、宴会の規模すなわちテーブル数は、北の世帯が9卓、南の世帯が14であった。南の場合は一箇所にそれほど多くの卓を置くスペースはないため、14卓は3部屋ほどに分かれていた。筆者らが通された部屋には5卓が詰め込まれている。身内らしき女性たちのテーブルが2卓。男性の卓と女性の卓は区別されている。

 中国農村では、こうした小規模の宴会よりも大掛かりな冠婚葬祭などの際、よく「100卓の宴会」を開いた、などのいい方をする。だがそうした場合、一箇所に100卓を並べたという意味にはならない。これらの宴会は通常、入替制をとる。農家の敷地の広さは限られているので、一度に並べられるのは10卓に過ぎなかったりする。だから、100卓の宴会の場合はこれを入替制で10ラウンド繰り返すのである。1テーブルに8人から10人座れるとして、ざっと800人の客を招くことになる。

 日本農村社会学の始祖、鈴木榮太郎は、日本の農家の座敷のスペースの限界が宴席の規模、ひいては一農家が接触しうる社会関係にまで影響する点を指摘している(『日本農村社会学原理』)。ところが、中国農村のような入替制を採用すれば、空間の制限を克服でき、その分、社会関係は一気に広がるイメージとなるだろう。

 宴会のやり方でも、宴席文化の発展した山東では、他地域では特に気にすることのないトリビアを重視する場合がある。その一つが、料理の皿数が偶数でなければならない点。特に、客人を招くような宴席では、8皿、10皿、そして今回の棟上げや冠婚葬祭では12皿をもって最高レベルの宴席とする。12は2でも3でも4でも6でも割り切れ、良い数字である。普段から偶数を偏愛するので、日常的な料理でも3皿では落ち着かず、イチゴをおかずに見立てて4皿にする、なんてこともある。

 中華のコースで魚料理が最高の目玉として供されるにはよくあることだが、果村では魚の頭の向きにも意味がある。尊敬の意を表し、テーブルを囲んだ人の中でも主賓の方に魚の頭を向けなければならない。頭が向いた客と尻尾が向いた客が杯を合わせて一杯飲む、などという習慣もある。

 こうして中国農村の人々は、基本的に「社会的飲酒者」である。社会的飲酒者とは、基本的に共食をベースとした社会関係拡張の手段として飲酒が位置付けられているような人々である。このような人々は、他人との交流を伴わない一人酒を必要としない。これに対し、交流の手段として飲酒もするが、一人酒を嗜(たしな)む人々は「個人的飲酒者」と呼ぶことができる。

 ――上記のような中国での農村調査を常としてきた著者がインドの農村で何を見たか?続きは「分節化していくインド農村社会」で。

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