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Commentary

中国社会の自己認識と改革開放史研究
改革開放を歴史化する新たな潮流を読み解く

中村元哉
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授
社会・文化
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中国の制約のある学術環境下にあっても、世界の学者と対話可能な改革開放史研究が育ちつつある。写真は北京の国家博物館で開かれた、改革開放40周年の展覧会を訪れた人びと。2018年11月(共同通信)
中国の制約のある学術環境下にあっても、世界の学者と対話可能な改革開放史研究が育ちつつある。写真は北京の国家博物館で開かれた、改革開放40周年の展覧会を訪れた人びと。2018年11月(共同通信)

中国における改革開放史研究の潮流の変化

 それでは、改革開放史とは、どのようなものなのだろうか。その理解の基盤となっている中国の学術界の大まかな流れを振り返ってみよう。ちなみに、「四史」が強化された2021年前後に、北京大学は中華人民共和国史研究センターを、南京大学は「新中国」史研究院を、上海の華東師範大学は「社会主義の歴史と文献」研究院を新設し、各地の大学も類似の研究機関を設置した。そして、それらのなかには、改革開放史に重点を置く研究機関もある。たとえば、華東師範大学の「社会主義の歴史と文献」研究院は、『社会主義歴史研究動態』を2023年から発行し、中国側の改革開放史研究の最新動向を丁寧に紹介している。この学術誌は、中国の改革開放史研究の動向を知りたい海外の中国研究者にとって、貴重な情報源の一つになっている。

 中国の改革開放史研究にとって最も重要な史料は、中国共産党中央文献研究室が2004年に編纂(へんさん)した『鄧小平年譜(1975-1997)』(上下)である。鄧小平の「改革開放の総設計師」というイメージは、この年譜によって、中国社会でほぼ定着した。

 その後、中国共産党は、二つの重要な党史テキストを編纂した。一つが『中国共産党の90年』全3巻(中共中央党史研究室、中共党史出版社・党建読物出版社、2016年)であり、もう一つが『中国共産党の100年』全4巻(中央党史和文献研究院編、中共党史出版社、2022年)である。

 普通に考えれば、党史テキストの内容は、よほどのことがない限り、わずか6年では変化しない。ところが、予想に反して、この二つの党史テキストには見逃せない変化がある。しかも、その変化は改革開放史の評価と大きく関わっている。

 私が2023年に東京に招聘した孫揚氏(南京大学歴史学院准教授)のご教示によれば、次のとおりである。『中国共産党の90年』は、鄧小平時代に続く江沢民・胡錦濤時代を「改革開放および社会主義現代化建設の新時代」として確定させた。ところが、『中国共産党の100年』は、「改革開放および社会主義現代化建設の新時代」の後ろに、中国共産党第18回全国代表大会(2012年)以来の歴史を「中国の特色ある社会主義の新時代」として追加し、この時代の改革開放の成果と変革を重視するようになった。

 このような変化は、現在の政治リーダーである習近平の政治的意図と彼の歴史観を体現したものであり、自身を「改革開放の総設計師」と評される鄧小平と同列に扱いたい意思の表れだと考えられる。確かに、中国共産党第19期6中全会(2021年)は「第三の歴史決議」(「党の百年間の奮闘に関する重大な成果とその歴史的経験に関する中共中央の決議」)を採択し、鄧小平に関する記述量を減らすなどして、毛沢東と鄧小平と習近平を対等に扱おうとした。そのため、翌年に発行された『中国共産党の100年』は、鄧小平時代の改革開放の問題点(社会矛盾)を習近平時代の改革開放の新たな政策(「共同富裕」)によって乗り越えようとしていると中国社会にアピールしたかったのだろう。

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