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Commentary

イギリス式から中国式へ転換する香港の行進
香港の「青少年制服団体」にみる身体レベルの愛国化

銭俊華
東京大学大学院総合文化研究科博士課程
社会・文化
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2019年3月、香港警察機動部隊総部で、香港航空青年団の代表がイギリス式の行進を行っている様子(写真提供:匿名)
2019年3月、香港警察機動部隊総部で、香港航空青年団の代表がイギリス式の行進を行っている様子(写真提供:匿名)

香港は「青少年制服団体」と呼ばれる組織が数多く存在する。

日本のボーイスカウトやガールスカウトのようなものだと言えばわかりやすいが、香港には国際的組織であるボーイスカウトだけでなく、軍や警察などの法執行機関を背景に持つ団体も少なくない。その活動は行進、応急処置、遠足、社会奉仕活動など軍隊生活に親しみを持たせるような内容となっており、日本の戦時下の学校で行われた軍事教練と似ている。イギリス植民地時代にはイギリス発祥の組織やイギリス軍の関係者が創立した青少年制服団体が主流で、団に属する少年少女の訓練もイギリス式だった。だが、近年、青少年制服団体の性格や訓練内容における中国化が徐々に進んでいった。

金紫荊広場で行われた五・四運動記念式典

2023年5月4日に、香港の金紫荊広場(ゴールデン・バウヒニア・スクエア)で開催された五・四運動104周年記念の国旗掲揚式には、19の青少年制服団体(註1)に所属する中学生や高校生、そして見学に訪れた小学生ら約1,500人が参加した。その式典は青少年制服団体がすっかり中国式の行進に転換したことを印象づけるものであった。

19の青少年制服団体はそれぞれ各団の制服を着用して広場で列をなして行進した。各団の代表は、香港特別行政区政府や中央政府駐香港連絡弁公室、中国人民解放軍駐香港部隊からの高級官僚や将校などの賓客に向かって「五・四宣言」を朗読し、「…祖国を愛し、主権を守り、香港を愛し、新しい章を開く…」と誓った。ちなみに、「五・四運動」とは第一次世界大戦後の1919年のパリ講和会議において、大戦中に日本が中国に対して行った21か条の要求が認められたことに対して学生たちが起こしたデモなどの抗議行動を指す。中国革命の原点とされる。

主催者である香港各界青少年活動委員会によれば、当会は国旗掲揚式を通じて、青少年が五・四運動の愛国的伝統を継承し、民族と国家の復興に尽力した先人の偉業を学び、民族の誇りと団結の精神を高めることを願っている。

五・四運動は中国が帝国主義、とりわけ日本の圧迫のもとにあった歴史と、そうした圧迫を跳ね返した中国革命を想起させる。そうした歴史を想起することは、米中対立が激化し、日本との関係も悪化している今日、香港の若者たちを愛国、そして国家安全の擁護へと動員する上で有効であろう。ただし、現時点では、政府や主催者の公式発言において反日を強調せず、愛国心や祖国への帰属感に焦点を当てるにとどまっている。2020年の国家安全維持法と今年の国家安全維持条例の施行によって、国家安全は香港の至上の任務となった。中国を愛し、さらに的確に言えば中国共産党が指導する中華人民共和国を愛することで国家安全を守る精神が涵養(かんよう)される、と当局は考えているようだ。

金紫荊広場に集まった若者たちは、国旗を見上げ、国歌を合唱し、愛国的な宣言を朗読した。さらに、19の青少年制服団体は長年続けてきたイギリス式の行進をやめ、人民解放軍と同じような中国式の行進を採用し始めた。広場での集会では各団が速足行進しか行わなかったので、イギリス式(腕を肩の高さまで振る)から中国式(腕を腰の高さまで振る)への変更は目立たなかった。

しかし、国旗掲揚チームの動きを見ると、その変化が一目瞭然であった。彼らは、膝を屈曲させずに、足を直立させ、高く持ち上げる、人民解放軍のガチョウ足行進(グースステップ)を行った。ロシアや北朝鮮の軍隊もグースステップを採用している。香港がイギリス領だった時代には青少年制服団体は青少年の心身の規律化を通して植民地社会の社会統制と安定に寄与していたが、今では多くの団体は身体のレベルで中国への愛国を促進する役割を果たしている。

イギリスの植民地時代から中国返還後の今日までの青少年制服団体の変化を示す一例として、以下では、先月成立53周年を迎えた香港航空青年団(Hong Kong Air Cadet Corps)について見てみよう。

香港航空青年団とイギリス文化

1971年4月7日に成立した香港航空青年団は、香港の青少年に責任感と自信を育て、航空知識を提供し、航空業界の人材を育成する組織とされている。最初はあるアメリカ人が設立した団体であったが、帰国する際に香港の航空愛好者とイギリス軍関係者に引き継がれた。団員は14〜21歳で、21歳以上になると指導員となる。性別と国籍は問われないが、英語の理解と会話が求められている。団員の人数は1972年の約200人から1981年の約350人まで増加した。

香港航空青年団では、規律訓練、ロープワーク、応急処置、遠足、キャンプ、射撃訓練、ダンス、社会奉仕活動などを行うほか、航空をテーマとする活動も充実している。香港航空会(1982年に香港航空会と遠東飛行学校と香港飛行会が合併し、香港飛行総会になった)、イギリス空軍、王立香港補助空軍(Royal Hong Kong Auxiliary Air Force)の協力を得て、飛行体験やスカイダイビング体験が行われたり、香港におけるイギリス軍の航空基地や天文台、空港、機体工場、寄港してきたアメリカ航空母艦を見学したりする。内部の選抜によって、奨学金を得て飛行機操縦士の資格を取る団員や、世界の他の航空青年団との交換計画を通してアメリカ、シンガポール、フィリピン、イギリス、西ドイツ、ベルギー、オーストラリアに行って夏休みを過ごす団員もいた。

香港航空青年団は「航空」に特化したスカウト運動とも言えるが、イギリスの軍事文化を香港の青年たちに伝える役目を果たしてきた。イギリス空軍からイギリス(空軍)式の行進と儀礼の指導を受けており、制服もイギリス空軍式である。イギリス軍と共に、市民がよく泳ぐ池で尖った石を拾ったり、毎年8月にイギリス空軍の兵営内で一週間の合宿を行い、軍隊生活を体験したりすることもある。1975年9月にはイギリス軍の協力を得てチャタム・ロード兵営(Chatham Road Camp)の47号館を本部にした。兵営の閉鎖に伴い、本部は深水埗兵営に移設された。1976年の執行委員会には、キャセイパシフィック航空の機長、王立天文台長の他に、元イギリス空軍の中佐、少佐もいた。

1980年代に入ると、香港航空青年団はイギリスの航空訓練隊(Air Training Corps)に加入した。イギリスの航空訓練隊はイギリス空軍航空青年団(Royal Air Force Air Cadets)の一部であり、後者はイギリス空軍が後援する組織であり、現在の名誉指揮官はイギリス皇太子妃のキャサリンである。1987年に石崗空軍基地で行われた第16回閲兵式では、駐香港イギリス空軍の司令官が、訓練を修了した160名の団員を観閲し、空軍のバンドが演奏し、補助空軍の飛行機が観閲台の上空を飛んでいた。

こうしてイギリスの軍事文化を香港の若者たちに伝えてきた香港航空青年団は、1997年7月1日の香港返還で転換期を迎えた。返還後もイギリス軍の伝統を継承し、イギリス側との交流を継続したが、同時に、中国の人民解放軍との関係も正式に開始された。

1998年8月8日から12日にかけて、香港アドベンチャー・コープス、香港海事青年団、および香港航空青年団、すなわち英領香港時代の陸海空軍の文化を継承した3つの青少年制服団体は、初めて中国本土の人民解放軍兵営で夏合宿を行った。63名の参加者が北京を訪れ、人民解放軍の歴史、兵器の知識、軍隊の設立、編制などを学び、規律訓練、偵察兵の基礎訓練、野外サバイバル訓練、衛生保護訓練、警護訓練、実弾射撃などを体験し、外賓に披露する格闘訓練や壁を登る訓練を見学した。夜の懇親会では、参加者は兵士と一緒に「龍的傳人」、「東方之珠」、「打靶帰來」などの愛国歌や軍歌を歌っていた。当時の香港の新聞が次のような参加者の声を伝えている。「かつて、私たちの夏合宿は、香港に駐留していたイギリス軍で行われていました。今、私たちは祖国での合宿に参加し、自分たちに絶大な誇りを感じています!」(『香港商報』1998年8月13日)

国家安全維持法以後の時代へ

中国人民解放軍とのこうした交流が返還後に行われるようになったが、イギリス式の制服、行進、英語の号令も引き続き使用された。しかし、2020年6月30日に国家安全維持法が施行された後、香港の青少年制服団体は再び転換期を迎えた。2021年2月、人民解放軍駐香港部隊の儀仗(ぎじょう)隊が香港警察学院で中国式の規律訓練を行った。香港の入境事務処(出入国在留管理庁)、海関(税関)、懲教署(矯正局)、警察、および消防処から約80名の訓練教官が参加し、イギリス式の行進に慣れ親しんでいた身体で中国式の行進を練習した。2021年4月15日には、香港初の「全民国家安全教育日」が開催され、それらの部署が各自の見学会で中国式の行進を披露した。同年12月30日には、入境事務処が成立60周年記念と職員修了式を機に初めて中国式の行進を全面的に採用した。翌年1月には消防処、5月4日に海関、そして7月1日(香港返還記念日)に警察と懲教署も中国式を全面的に採用した。政府の法執行機関に倣うかのように、各青少年制服団体も徐々に中国式の行進を導入するようになり、2023年の五・四運動記念日の国旗掲揚式では、すべての団体が全面的に中国式を採用した。

号令を発する時の言語も英語から普通話(中国本土の共通語)に変わり、立つ時の姿勢や行進、敬礼などもイギリス式から中国式になった。悪天候の影響で今年の掲揚式が中止され、行進形式を確認できないが、こうした変化は他の式典でも見られ、今後も続くのであろう。

中国の国家安全が強調される香港では、社会と思想の統制を保つために、法、政治制度、メディアなどの他に、教育の一環としての課外活動も一つの手段と見做されている。28万人以上の会員数を擁する19の青少年制服団体は、多くの小中高校や大学には分隊がある。仮に一部の団体が身体の訓練を通じて、青少年に中国式の規律を植え付け、さらに中国本土を訪問するツアーや軍事体験の合宿を行うなら、その影響力は軽視できない。ボーイスカウトなど、会員数が多く国際的な背景を持つ団体であれば、内部の式典では依然としてイギリス式の行進を使用し、中国化がそこまで進んでいないようだが、返還後に最初から中国式を採用する香港青少年軍総会のような新しい団体も創設されており、既存の多くの団体も中国式の行進に転換しているのだ。それらの団体は、存続のために国家権力の指導に従ったり、指導者の意向に忖度(そんたく)し迎合したりしてきたが、自らの文化的伝統との間でどのようにバランスをとるのかを問われている。青少年制服団体に限らず、香港の人々や組織は日々この問題に直面しているのである。

註1:19の香港青少年制服団体は以下の通りである。

香港政府の支援を受ける民間団体:香港童軍総会(ボーイスカウト)、香港女童軍総会(ガールスカウト)、香港海事青年団(海洋少年団)、香港少年領袖団(1995年以前は王立香港軍団(義勇軍)少年領袖団)、香港紅十字青少年(赤十字に属する)、香港聖約翰救傷隊少青団(キリスト教系救急団に属する)、香港基督少年軍(キリスト教系の青少年制服団体)、香港基督女少年軍(同上)、香港交通安全隊、香港升旗隊総会(国旗掲揚に特化した青少年制服団体)、青少年軍総会

香港政府の法執行機関に属する団体:少年警訊(警察系)、消防及救護青年団(消防系)、入境事務処青少年領袖団(入国管理局系)、海関青年領袖団(関税系)、更生先鋒領袖(矯正局系)、民衆安全服務隊少年団(民衆安全服務隊は救助救出活動を行う補助部隊)、医療輔助隊少年団(医療輔助隊は病院搬送や救急救命処置を行う補助的救急隊)、香港航空青年団(イギリス空軍を背景とし、現在、航空消防救助機動部隊に当たる香港飛行服務隊に属する青少年制服団体)

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