トップ 政治 国際関係 経済 社会・文化 連載

Commentary

イギリス式から中国式へ転換する香港の行進
香港の「青少年制服団体」にみる身体レベルの愛国化

銭俊華
東京大学大学院総合文化研究科博士課程
社会・文化
印刷する
2019年3月、香港警察機動部隊総部で、香港航空青年団の代表がイギリス式の行進を行っている様子(写真提供:匿名)
2019年3月、香港警察機動部隊総部で、香港航空青年団の代表がイギリス式の行進を行っている様子(写真提供:匿名)

こうしてイギリスの軍事文化を香港の若者たちに伝えてきた香港航空青年団は、1997年7月1日の香港返還で転換期を迎えた。返還後もイギリス軍の伝統を継承し、イギリス側との交流を継続したが、同時に、中国の人民解放軍との関係も正式に開始された。

1998年8月8日から12日にかけて、香港アドベンチャー・コープス、香港海事青年団、および香港航空青年団、すなわち英領香港時代の陸海空軍の文化を継承した3つの青少年制服団体は、初めて中国本土の人民解放軍兵営で夏合宿を行った。63名の参加者が北京を訪れ、人民解放軍の歴史、兵器の知識、軍隊の設立、編制などを学び、規律訓練、偵察兵の基礎訓練、野外サバイバル訓練、衛生保護訓練、警護訓練、実弾射撃などを体験し、外賓に披露する格闘訓練や壁を登る訓練を見学した。夜の懇親会では、参加者は兵士と一緒に「龍的傳人」、「東方之珠」、「打靶帰來」などの愛国歌や軍歌を歌っていた。当時の香港の新聞が次のような参加者の声を伝えている。「かつて、私たちの夏合宿は、香港に駐留していたイギリス軍で行われていました。今、私たちは祖国での合宿に参加し、自分たちに絶大な誇りを感じています!」(『香港商報』1998年8月13日)

国家安全維持法以後の時代へ

中国人民解放軍とのこうした交流が返還後に行われるようになったが、イギリス式の制服、行進、英語の号令も引き続き使用された。しかし、2020年6月30日に国家安全維持法が施行された後、香港の青少年制服団体は再び転換期を迎えた。2021年2月、人民解放軍駐香港部隊の儀仗(ぎじょう)隊が香港警察学院で中国式の規律訓練を行った。香港の入境事務処(出入国在留管理庁)、海関(税関)、懲教署(矯正局)、警察、および消防処から約80名の訓練教官が参加し、イギリス式の行進に慣れ親しんでいた身体で中国式の行進を練習した。2021年4月15日には、香港初の「全民国家安全教育日」が開催され、それらの部署が各自の見学会で中国式の行進を披露した。同年12月30日には、入境事務処が成立60周年記念と職員修了式を機に初めて中国式の行進を全面的に採用した。翌年1月には消防処、5月4日に海関、そして7月1日(香港返還記念日)に警察と懲教署も中国式を全面的に採用した。政府の法執行機関に倣うかのように、各青少年制服団体も徐々に中国式の行進を導入するようになり、2023年の五・四運動記念日の国旗掲揚式では、すべての団体が全面的に中国式を採用した。

号令を発する時の言語も英語から普通話(中国本土の共通語)に変わり、立つ時の姿勢や行進、敬礼などもイギリス式から中国式になった。悪天候の影響で今年の掲揚式が中止され、行進形式を確認できないが、こうした変化は他の式典でも見られ、今後も続くのであろう。

中国の国家安全が強調される香港では、社会と思想の統制を保つために、法、政治制度、メディアなどの他に、教育の一環としての課外活動も一つの手段と見做されている。28万人以上の会員数を擁する19の青少年制服団体は、多くの小中高校や大学には分隊がある。仮に一部の団体が身体の訓練を通じて、青少年に中国式の規律を植え付け、さらに中国本土を訪問するツアーや軍事体験の合宿を行うなら、その影響力は軽視できない。ボーイスカウトなど、会員数が多く国際的な背景を持つ団体であれば、内部の式典では依然としてイギリス式の行進を使用し、中国化がそこまで進んでいないようだが、返還後に最初から中国式を採用する香港青少年軍総会のような新しい団体も創設されており、既存の多くの団体も中国式の行進に転換しているのだ。それらの団体は、存続のために国家権力の指導に従ったり、指導者の意向に忖度(そんたく)し迎合したりしてきたが、自らの文化的伝統との間でどのようにバランスをとるのかを問われている。青少年制服団体に限らず、香港の人々や組織は日々この問題に直面しているのである。

註1:19の香港青少年制服団体は以下の通りである。

香港政府の支援を受ける民間団体:香港童軍総会(ボーイスカウト)、香港女童軍総会(ガールスカウト)、香港海事青年団(海洋少年団)、香港少年領袖団(1995年以前は王立香港軍団(義勇軍)少年領袖団)、香港紅十字青少年(赤十字に属する)、香港聖約翰救傷隊少青団(キリスト教系救急団に属する)、香港基督少年軍(キリスト教系の青少年制服団体)、香港基督女少年軍(同上)、香港交通安全隊、香港升旗隊総会(国旗掲揚に特化した青少年制服団体)、青少年軍総会

香港政府の法執行機関に属する団体:少年警訊(警察系)、消防及救護青年団(消防系)、入境事務処青少年領袖団(入国管理局系)、海関青年領袖団(関税系)、更生先鋒領袖(矯正局系)、民衆安全服務隊少年団(民衆安全服務隊は救助救出活動を行う補助部隊)、医療輔助隊少年団(医療輔助隊は病院搬送や救急救命処置を行う補助的救急隊)、香港航空青年団(イギリス空軍を背景とし、現在、航空消防救助機動部隊に当たる香港飛行服務隊に属する青少年制服団体)

1 2 3
ご意見・ご感想・お問い合わせは
こちらまでお送りください

Copyright© Institute of Social Science, The University of Tokyo. All rights reserved.