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Commentary

中国で「QRコードによる乗車」が拡大した理由
北京・上海・深圳――デジタル化で激変した地下鉄&バス②

華金玲
慶應義塾大学総合政策学部訪問講師(招聘)
社会・文化
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中国では約7億5000万人が地下鉄やバスの交通にモバイル決済を使っていると推測される。写真は北京市地下鉄の花園橋駅(筆者撮影)
中国では約7億5000万人が地下鉄やバスの交通にモバイル決済を使っていると推測される。写真は北京市地下鉄の花園橋駅(筆者撮影)

 前回書いたように、中国の地下鉄やバスでは今や9割以上の乗客がスマホの画面にQRコードを表示して改札を通過する「乗車コード」を使っている。

 乗車コードがどれくらい普及しているのか、統計をみてみよう。

 中国インターネット情報センター(CNNIC)が中国のインターネット決済利用者、モバイル決済利用者について集計している。2018年にはインターネット決済の利用者が6億40万人、うちモバイル決済を利用している人が5億8339万人いた。つまり、インターネット決済利用者のうち97.1%がモバイル決済の利用者だったことになる。この割合は2019年と2020年にはそれぞれ98.1%、99.7%であった。2021年以降CNNICはモバイル決済利用者の数を集計しなくなったが、この趨勢からみてインターネット決済の利用者の99.7%以上がモバイル決済利用者だとみてよいだろう。

7億5000万人が交通機関でモバイル決済を使っている

 中国国内の支払い決済を取りまとめる中国支付精算協会という団体がある。この協会では銀行や銀行以外の第三者支払機構のデータを綿密に調査集計している。協会が発行する『中国支付産業年報(2021〜2023年)』によると、2022年のモバイル決済利用者の96.9%がレストランやスーパーなど食品関連の店でモバイル決済を使っている。それに次ぐのが地下鉄とバス等の交通機関で76.3%、さらに水道料金、ガス代、テレビ視聴料金などのサービス料金の支払いに68.5%の利用者が使っていた。

 下の表に示すように、2020年以降モバイル決済利用者のうち約8割の人が交通機関の料金支払いに使っている。2023年には9億4319万人がインターネット決済を利用しているが、そのうち8割程度(約7億5000万人)が地下鉄やバスの交通にモバイル決済を使っていると推測できる。

中国のモバイル決済利用者数(万人)とモバイル決済を交通料金支払に利用している割合

 日本の交通系ICカードや中国でかつて使われていた交通カードは、あらかじめ現金をカードの中にチャージしておく仕組みだが、乗車コードはチャージする必要がない。乗車する前に起動し、QRコードをコードリーダーにかざすと、ピーという音とともに0.3秒ほどで改札口を通過し、下車後に料金が自分のアリペイないしウィーチャットペイの口座から引き落とされる。この決済を実現するシステムはかなり複雑で、交通システム、第三者決済システム、QRコードシステム、ユーザー端末、改札口のAFC(自動料金収受システム、Automated Fare Collection)間のデータ連携と相互照合、認証が必要不可欠になっている(余ほか)。

 乗車コードを利用する際、スマホのアプリ(APP)やミニプログラムからインストールと承認、認証しておく必要があり(下の図 ①から⑦)、利用するときはスマホでミニプログラムを立ち上げて乗車コードを生成し、交通機関のAFC端末にかざす。交通機関から下車するとき、乗車コードを再び下車先のAFC端末にかざして改札口を出る(⑧から⑩)。その後、交通システムで乗車駅と下車駅間の乗車情報の照合が取れれば、決済が完了する(⑪から⑬)。

乗車コードの仕組み

 乗車コードという名のサービスは、2018年にテンセントが北京で中国交通報新聞社と共催した「中国スマート交通大会」で初めて発表した。同時に飛行機に搭乗する際のQRコードなどもリリースしたが、最も注目を集めたのが乗車コードだった。当時はそれによって生成されるビッグデータが価値を持つと思われていたのである(界面新聞、2018)。

 この乗車コードの仕組みは、コロナ禍の間に中国国民が外出する際の通行証となった健康コード(丸川、2021)の原型ともなった。健康コードは個人の移動履歴を管理することで感染防止に役立てられたのである(華、2022)。2022年から中国各地で健康コードを相次いで乗車コードに統合する動きがみられた(新京報、2022; 中国交通報、2022)(注1)。

「QRコードvs交通系ICカード」優れている乗車方式はどっち?

 前回も述べたように日本ではSuicaなど交通系ICカードが普及していて、スマホにQRコードを表示する仕組みによってそれが取って代わられる可能性は当面ないように思われる。

 利用者および技術の観点から見たとき、この両者はどちらが優れているだろうか。

 交通系ICカードは、スマホとは別にカードを持ち歩かなくてはならないことが難点である。今どき外出時にスマホを忘れる人は稀だろうが、カードを携行することを忘れてしまうおそれがある。ただ、モバイルSuicaなどを利用してスマホに内蔵しておけばこの難点はある程度克服できる。ただし、交通系ICカードにロックをかけることはできないので、カードであれスマホであれ、それを置き忘れたとき、拾った人が勝手に使ってしまうリスクがある。その点、QRコードはスマホのプログラムを立ち上げない限り表示されないので、スマホの画面にロックをかけておけば、誰かに拾われても使われるリスクは小さい。

 一方、QRコードの難点は改札機を通る前にあらかじめスマホを開いてアプリを立ち上げておかなければならないことである。その点、交通系ICカードはスピーディーである。カードを取り出して改札機にタッチする、あるいはモバイルSuicaであればスマホを改札機にタッチするだけでいい。専門的用語でいえばSuicaなどの交通系ICカードはNFC(Near Field Communication,近距離無線通信)という技術を使っている。カード内に入っている非接触ICチップを使い、カードとカードリーダーの間で通信をする。日本ではソニーが開発したType-Fと呼ばれるNFC「FeliCa」が主に利用されている。FeliCaの特徴は処理速度が約0.1秒ときわめて速いことで、日本の通勤ラッシュ時に滞りなく改札ができるよう、通信スピードを重視して開発された(立石、2010)。FeliCaはおサイフケータイ、スマホ、交通系ICカード、電子マネーのEdy、Nanaco、iD、QUICPay、さらには大学図書館の学生証、教員証などに日本では広く使われている。

 ただ、日本以外ではオランダのNXPやアメリカのモトローラが開発したType A/Bと呼ばれるNFCのほうが広く普及している。これらは価格がFeliCaの1/3~1/4と安いからだ(立石、2010)。中国でかつて使われていた交通カードもこのタイプである。FeliCaは日本でだけ普及しているので、いわゆる「ガラパゴス化」の典型例に挙げられることも多い。

 NFCの場合、FeliCaであれ、Type A/Bであれ、ユーザーの側はICチップを、地下鉄などのサービス提供者はICチップと通信する読み取り機を準備しなければならない。一方、QRコードの場合、ユーザーの側はスマホ、あるいは紙など、QRコードを表示できるものであれば何でもよい。サービス提供者の側ではカメラを備えた端末があればよい。スマホがすでに普及していれば、社会的には新たに投資する必要がほとんどない。ただし、地下鉄の改札口でQRコードを読み取るスピードは0.3秒であり、FeliCaの0.1秒より処理速度が遅いのが難点である。

 総じていうと、NFC(ICカード)とQRコードにはそれぞれ一長一短があり、日本のように交通機関のみならずコンビニやスーパーにもNFCのカードリーダーが備えられていて買い物の支払いにも使える状況では、QRコードに乗り換える動機が乏しい。中国では各都市の交通カードの間の相互利用はできないし、交通カードで買い物することもほとんどできなかった。中国の交通カードが日本の交通系ICカードほどの利便性を実現できていなかったことが、乗車コード(QRコード)への切り替えをもたらした要因の1つである。

 日本では交通系ICカードがQRコードによって淘汰されるとは思えないが、中国では乗車コードによって完全に淘汰されてしまった。その理由として、中国の交通カードが日本の交通系ICカードほど便利ではなかったこと以外に3点挙げられる。

 第1に、コロナ禍の期間中、健康コードが外出時に必携となったことである。スマホに健康コードを入れる習慣ができ、後にこれが乗車コードと統合されたため、外出時に乗車コードを使うようになった。第2に、アリババとテンセントという中国の2大ネット企業が競って乗車コードを開発したことも乗車コードの普及を後押しした。第3に、2012年以降、交通カードを購入する際に支払うデポジットに対して市民が不信感を持ち、その使途をめぐって訴訟沙汰にもなったため、市民が交通カードに対して反感を抱くようになったことも影響した可能性がある。

日本の交通機関におけるQRコード乗車の導入目的

 日本でも10年ほど前から交通機関においてQRコードを利用する動きがちらほらと見え始めている。その目的はICカードに代替するというよりも、従来の磁気乗車券に代えるものと位置づけられている。

 磁気乗車券と自動改札機は日本の技術力の結晶であり、改札機に乗車券を入れると高スピードで読み取られて出てくるような機械は日本以外ではなかなか目にすることができない。しかし、この仕組みの弱点はときどき機械に切符が詰まることである。2枚の乗車券を重ねて入れることのできる改札機は素晴らしい技術ではあるが、詰まりやすいようで、筆者の印象では東京駅の新幹線改札口ではかなりの確率で改札機のうちのどれか1台が修理中である。

 2014年10月、「ゆいレール」を運行する沖縄都市モノレールはQRコードを利用した乗車券を発売した。紙の乗車券にQRコードが印刷してあり、乗客は改札機に乗車券を入れるのではなく、読み取り面にかざすことで改札を通過する (日本経済新聞、2014)。

 さらに、阪神電鉄が2020年3月から2021年2月まで大阪梅田駅など5駅でQR乗車券の実証実験を実施し、2024年6月からQRコードを活用したデジタル乗車券サービスを開始すると発表した。これはウェブ上であらかじめ乗車券を購入するとスマホにQRコードを表示することができ、それを改札機の読み取り機にかざす仕組みである。

 近畿日本鉄道も2022年3月17日から主要7駅の自動改札機の一部にQRコードリーダーを設置し、スマホにQRコードを表示して改札を通過するデジタル切符サービスをスタートした。JR東日本は2022年11月に「えきねっと」で乗車券類を予約・購入する際に「QR乗車」を選べば、えきねっとアプリに表示されるQRコードで新幹線も在来線もチケットレスで利用できる乗車サービスを導入し始めた。

 JR西日本も2024年下半期からインバウンド客向けに、スマホでQRコードを表示、改札機にかざして利用するチケットレス乗車を順次導入すると発表した(産経新聞、2023)。サービス提供エリアは姫路駅から長浜駅までの244駅であり、そのエリア内に自動改札機を設置している211駅で2024年4月からQRコードリーダーの設置を順次に行い、QRコードリーダーのない駅でも駅掲示のQRコードを読み込むことで利用可能になるという。前回触れたように、2024年から東急電鉄でも全駅でQRコードによる乗車、およびクレジットカードをタッチすることによる乗車が可能になる。

 ただ、日本の鉄道各社は交通系ICカードに代わるものとしてQRコードを位置づけてはおらず、当面は訪日外国人などを主なサービス対象と考えているようである。

日本人が中国でアリペイ、ウィーチャットペイを使うには

 中国に住む人々の間でQRコードを利用した乗車コードなど各種支払いサービスが普及した反面、海外から中国を訪れる人にとっては交通機関などの利用がかえって不便になった面がある。乗車コードを利用する前提として、アリペイまたはウィーチャットペイを利用していなければならない。ところが、これらを利用するには中国国内の銀行口座と紐づける必要があった。しかし、中国を短期間訪問する外国人が銀行口座を開設することはかなり難しい。

 従来の乗車券や交通カードは現金さえ持っていれば買えたのだが、中国の住民たちが乗車コード一辺倒になる中で、稼働している自動券売機の数が減り、乗車券を現金で買う人にとってはかえって不便になっている。

 そんなわけで、コロナ禍が明けて、日本から中国を訪問する人が再び増えてきたとき、日本のマスコミでは「中国では現金が使えるところが少なく、不便になった」「現金だけでは生きていけない」などのネガティブな報道がなされた。

 ただ、幸いなことに、2023年7月の第31回FISU夏季ワールドユニバーシティゲームズ(成都市)、および9月の第19回アジア競技大会(杭州市)に際して、海外旅行者のキャッシュレス決済の利便性を向上させるために、ウィーチャットペイとアリペイが同年7月に海外クレジットカードとの連携を開始した。

 ウィーチャットペイはVisa、AMERICAN EXPRESS、Diners Club、Discover、Diners、JCB、Mastercardとの連携が可能になっている。利用にあたり、上記カード情報のほかにパスポートなどの身分情報の登録が必要になる。中国国内の携帯電話番号がなくても、日本でSMSが受領できる電話番号があれば登録できる。決済上限額が6000元、1回の取引額が200元以下の場合は手数料が免除され、それ以上の場合に生じる手数料は画面から確認できるようになっている。アリペイはVisa、Mastercard、Diners Club、Discoverと連携できる。こちらの決済上限額は3000元と設定されている。

 ということで、日本の皆さんも次に中国を訪問するときにはぜひ乗車コードを使って地下鉄・バスを乗りこなしていただきたい。

(注1)健康コード利用期間中の移動履歴に関する個人情報は、中国情報通信研究院(CAICT)と通信事業者(中国電信、中国移動、中国聯通)が2022年12月13日にオフラインすると同時に「中華人民共和国データ安全法」「中華人民共和国個人情報保護法」に基づき、全データをただちに削除し、個人情報の安全を確保すると発表している。

 

参考文献:

中国互聯網絡信息中心『第41〜52次中国互聯網絡発展状況統計報告』
中国支付清算協会『2019〜2023年中国支付産業年報』
界面新聞「騰訊力推乗車碼 意在公交大数拠(テンセントが乗車コードをリリース、交通ビッグデータが狙い)」2018年10月24日

余楽・張鵬・陳園園「城市軌道交通互聯網票務系統二維碼乗車碼編碼方式的研究」『電子技術与軟件工程』2018年8月15日

立石泰則『フェリカの真実』草思社、2010年

丸川知雄「2020年、世界は「中国の実力」を見せつけられた」Newsweek日本版コラム、2021年2月17日

華金玲「新型コロナウィルス感染症対策の「中国方式」と情報技術」、『日中社会学研究』第29号、2022年2月、16-32頁

新京報「北京市民注意! 乗車碼、健康碼已“二碼合一”(北京市民注意!乗車コードと健康コードの二つが一つに統合)」2022年5月30日

中国交通報「健康碼乗車碼合体了! 武漢公交実現“一碼通刷”(健康コードと乗車コードが一体化!武漢の公共交通で「一つのコードに統合」)」2022年8月8日

日本経済新聞「沖縄都市モノレール、乗車券にQRコード」、2014年9月2日

産経新聞「JR西日本がQRチケット導入へ 万博来場者の周遊視野」、2023年12月20日

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