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Commentary

経済指標が豊富な鉱工業企業個票データベース
中国学へのミクロデータ活用法:企業関係データ編①

甲斐成章
関西大学経済学部教授
連載
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「国進民退」は本当か。中国鉱工業企業個票データベースを利用すれば、国有企業と民間企業の生産性、収益性、参入退出、立地などの分析が可能だ(写真はイメージ:上海のビジネス街/PIXTA)
「国進民退」は本当か。中国鉱工業企業個票データベースを利用すれば、国有企業と民間企業の生産性、収益性、参入退出、立地などの分析が可能だ(写真はイメージ:上海のビジネス街/PIXTA)

筆者が最初にミクロデータを用いて中国経済に関する論文を書いたのは、2000年代の初頭でした。当時は中国の国有企業の民営化について研究が盛んに行われました。『中国統計年鑑』、『中国工業経済統計年鑑』、『中国基本単位統計年鑑』などにおいて、いくつかのオフィシャルに整理された鉱工業企業の集計データセット(所有、登記類型、業種、地域などに分けて企業を集計したもの)がありました。それを利用し、所有制別に鉱工業企業の全要素生産性を比較したG.H. Jefferson、T.G. Rawski、鄭玉歆の一連の論文が有名でした。

しかし、集計データでは、研究目的に合わせてさらにデータを深く加工することが難しいため、個々の企業の属性がわかる企業個票データの利用が増えました。中国社会科学院(CASS)の約1500の企業に対する1990年からの調査を利用し、林青松・杜鷹(1997)などは多くの研究成果を発表しました。また、証券報告書などによって経営状況が公開される上場企業データも注目され、株式所有構造と業績の関係を分析したXu and Wang(1999)の論文は、中国上場企業の所有分析の嚆矢(こうし)となりました。2001年からは上場企業データベースも開発・市販されました。筆者も、上場企業の支配株主、経営者、党組織、労働組合などによるコーポレートガバナンス構造、国有株の放出などについて分析を進めました。

国有企業の会社化が推進されたとはいえ、上場できたのはごく一部の会社にすぎません。また、資金調達のため、優良資産を分割して上場させる方式が一般的でした。上場企業の数も少なく、その産業分野も偏っていました。そこで、漸次に発表された各年次の「鉱工業企業個票データベース」が注目を集めるようになりました。

鉱工業企業個票データベースは、中国語の原文で「中国工業企業数拠庫」のことで、中国国家統計局が一定の売上高以上の企業、いわゆる規模以上鉱工業企業(原文「規模以上工業企業」)に対して行った調査の結果です。

鉱工業企業個票データベースでは、登記類型、企業支配状況、業種、住所、開業年次などの基本的な企業情報のほか、資産、負債、株主資本、売上高、補助金収入、利潤、研究開発費、賃金総額、鉱工業中間投入などの財務指標、鉱工業総生産高、新製品生産高、輸出額、従業員数などの生産指標も示されています(ただし、年次によってデータが欠落している場合があります)。

鉱工業企業個票データベースは長期にわたり多種の指標を蓄積

鉱工業企業個票データベース以外の企業個票データとして、「経済センサス個票データベース」もあります。これは、中国の経済センサス(原文「経済普査」)の対象企業からなるデータベースです。経済センサスは、農林漁業を除くすべての産業に従事する法人および法人格を有しない産業活動単位に対する全数調査、ならびに自営業に対する全面「清査」です。2008年の規模以上鉱工業企業が約40万社あるのに対して、2008年経済センサス個票データベースの企業法人は約500万社に上ります。

しかし、経済センサスは今まで、2004年、2008年、2013年、および2018年の4回しか実施していません(いずれも各年次の年末時点の調査、2023年も調査予定)。また、経済センサスでは、企業法人の所在地、業務内容、業種コード、登記類型、設立年月、従業員数、企業支配状況、営業収入、主営業務収入、総資産などの項目が示されていますが、鉱工業企業個票データベースと比べると、調査項目が極めて少ない。

鉱工業企業個票データベースは鉱工業しかカバーしておらず、企業数も経済センサス個票データベースと比べるとはるかに少ないものの、十数年間にわたって延べ数百万社の鉱工業企業に関する、経済分析に必要な豊富な統計指標を確保できています。それが、このデータベースの最大の魅力です。

鉱工業企業個票データベースを利用した論文は多岐にわたりますが、企業業績、生産性、企業金融、雇用、輸出、研究開発などを研究対象とするものが多い。また、国有企業と民間企業の違い、国有企業の民営化の要因と効果も注目されました。このほかに、企業の住所データを利用し、空間経済分析の手法によって、産業集積の要因や、集積が企業の生産性に与えた影響を分析する研究もあります。このように、このデータベースは産業組織、企業金融、移行経済、国際貿易、労働経済、空間経済など幅広い分野の研究に活用されています。また、このデータベースを特許データベースや税関データベースなどの企業個票データベースと接続すると、より深い分析も可能になります。

筆者は、このデータベースでは10年以上のタイムスパンにおいて企業データが継続的に示されていることに留意し、隣接年次の企業が同じ企業かどうかを識別したうえで各年次の企業データを接続し、1998-2007年の間の国有企業と民間企業の「進退」を分析しました(『中国の資本主義をどうみるのか――国有・私有・外資企業の実証分析』日本経済評論社)。その結果、主に次のことがわかりました。

①この間の「戦略的改組」によって、国有企業の株主資本は実に3倍に増え、国家資本の減少が確認できたのは紡織と衣服・革製品の2業種だけでした。国家資本は電力、原油、石炭、鉄鋼、自動車などの戦略的分野に傾斜的に投入されたとはいえ、驚いたことに、国家資本の撤退が期待された多くの非戦略的分野においても資本投入が続けられました。つまり、中国は当初からほとんどの業種において国家資本の撤退を予定していなかったのです。このことは「国進民退」批判を招きました。

②とはいえ、民間企業が国有企業以上に活発に投資した結果、大半の業種では民間企業が国有企業を抑えて主役になりました。「国進」は事実ですが、「民退」どころか、「国進」に勝る「民進」の事実も確認できました。

③存続企業、退出企業、民営化企業、国有化企業と参入企業の資産規模、労働装備率、自己資本利益率、全要素生産性を分析した結果、国有企業も民間企業も、新陳代謝がおおむね機能していることがわかりました。

④戦略的分野の一大主役は自然独占産業ですが、この分野の産業では、新陳代謝が機能しない場合があることもわかりました。

実際に、中国の民営化の停滞にいらだちを覚える人がいる一方、「国家資本主義」の一過性を主張する人もいます。近年の鉱工業企業個票データが入手できるならばもう一度検証しないといけませんが、上記の発見から判断すると、「民退」、すなわち民間企業の後退は実際には起きていない一方、自然独占産業などの戦略的分野からの国有企業の撤退も安易には期待できません。

データの利用には事前に入念な加工作業が不可欠

鉱工業企業個票データベースを利用する際の注意点を挙げておきます。1つ目は、このデータベースに入っているのは規模以上鉱工業企業ですが、「規模以上」の定義が変化してきました。2010年までは売上高500万元以上が「規模以上」でしたが、2011年からは売上高2000万元以上に基準が引き上げられました。また、2006年までは規模未満の国有企業もデータベースに入っていました。

2つ目は、業種基準も幾度変化したため、業種分類の統一が必要になります。また、企業の所有を表す指標として、「企業支配状況」、「登記類型」、「払込資本金」がありますが、分析目的に合わせて、よく吟味したうえで利用しなければなりません。

3つ目は、総生産高、資産、株主資本などの指標がマイナスであるような異常値が存在します。データの重複や欠損もあるので、事前に丁寧にクリーニングを行うことが欠かせません。異常値を探すには、利益率、資産負債比率などを計算して判断するのは効果的です。また、必ず国家統計局が発行する『中国工業経済統計年鑑』などの公式統計資料と照合してみてください。

論文執筆の際、データ分析の前にほかの準備作業も必要な場合があります。たとえば、生産性分析の際、経済データの実質化が必要になりますが、そのために物価指数の収集と加工が欠かせません。あるいは企業の立地分析を行うならば、企業の住所を経緯度に変換する必要があります。筆者はかつてジオコーディングサービスを使って住所データを経緯度に変換させた経験があります。APIによる自動変換はそれほど時間がかかりません。しかし、その経緯度が正しく取得できなかった地点は、手作業で変換するしかありません。この作業にはなんと10か月もかかりました。そのため、平日の深夜だけでなく、祝休日もすべて返上しました!

鉱工業企業個票データベースは1998年以降のデータを含みますが、管見の限り、2013年頃を最後にデータの更新が止まっています。データが若干古くなりましたが、経済改革が進んだ1990年代末から、中国経済が躍進を遂げた2000年代までの間をカバーしているので、利用価値は依然として高いでしょう。ただ、有名なデータベースなので、これを利用した論文は非常に多く、そのため、研究目的に合わせて、たとえばほかのデータセットと接続したりする工夫が、腕の見せどころになります。

20年前に数百社の上場企業のデータをネットから手作業で集めたことをふっと思い出しました。今やウェブから大きなデータを自作することも技術的に可能な時代になりました。中国経済の研究者になるためには、皆さん、まずデータの達人になりましょう!

参考文献:

・Dougherty, S., Richard Herd and Ping He (2007) Has a private sector emerged in China’s industry? Evidence from a quarter of a million Chinese firms. China Economic Review. 18(3).

・Jefferson, G. H., Thomas G. Rawski and Yuxin Zheng (1992) Growth, efficiency, and convergence in China’s state and collective industry. Economic Development and Culture Change. 40(2).

・Jefferson, G. H., Thomas G. Rawski and Yuxin Zheng (1996) Chinese industrial productivity: Trends, measurement issues, and recent developments. Journal of Comparative Economics. 23(2).

・Jefferson, G. H., Thomas G. Rawski, Li Wang and Yuxin Zheng (2000) Ownership, productivity change, and financial performance in Chinese industry. Journal of Comparative Economics. 28(4).

・Li, K., Heng Yue and Longkai Zhao (2009) Ownership, institutions, and capital structure: Evidence from China. Journal of Comparative Economics. 37(3).

・Xu, Xiaonian and Yan Wang (1999) Ownership Structure and Corporate Governance in Chinese Stock Companies. China Economic Review. 10(1).

・甲斐成章(2021)「習時代の国有企業改革の制度デザイン:混合所有制はどう推進されるのか」『関西大学経済論集』第70巻第4号。

・林青松・杜鷹編(1997)『中国工業改革与効率――国有企業与非国有企業比較研究』雲南人民出版社。

・王俊松(2012)『中国製造業空間格局与企業生産率研究』華東師範大学出版社。

・徐涛(2014)『中国の資本主義をどうみるのか:国有・私有・外資企業の実証分析』日本経済評論社。

・徐涛(2019)「中国の自動車産業の立地:集積と共集積」『中国経済経営研究』第3巻第1号。

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