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Commentary

国際比較可能な「中国の45歳以上の健康調査」
中国学へのミクロデータ活用法:社会調査データ④

殷婷
一橋大学准教授、経済産業研究所特任研究員、東京学芸大学特任准教授
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2011年から2年ごとに実施されている中国健康及び養老追跡調査(CHARLS)は、45歳以上の中高年者とその世帯を対象に、健康・経済状況や医療利用状況などを調べる(写真:tomwang/PIXTA)

私は大阪大学で応用経済学の博士号を取得した後、経済産業研究所(RIETI)で日中の少子高齢化問題に関する経済分析を長年行っています。その一環として、日中比較の観点から、日本の「くらしと健康の調査(JSTAR)」のデータと中国の「中国健康及び養老追跡調査(China Health and Retirement Longitudinal Survey: CHARLS)」のデータを用いて、日中の高齢者における一連の経済行動(遺産動機、貯蓄行動、同居行動、就業行動など)を解明し、より現実に即した理論モデルを構築し、より適切な政策提案を行うことを目指しています。

例えば、中国のCHARLSデータを基に、子どもの数が親のヘルスケア利用に与える影響について検証しました。具体的には、CHARLSの農村部の高齢者サンプルを用い、出生数と老後のヘルスケア利用との因果効果や異質性について、世帯情報・個人の健康状態・医療サービスの利用状況などと組み合わせて研究を行いました。

中国の45歳以上を対象とした学際的な大規模調査

CHARLSは北京大学国家発展研究院(NSD)が主催し、北京大学中国社会科学調査センター(ISSS)と北京大学青年団委員会が共同で実施する学際的な大規模調査プロジェクトであり、中国国家自然科学基金(NSFC)による重要なプロジェクトでもあります。中国の45歳以上の中高年者およびその世帯を対象としたミクロデータを収集することを目的としています。

調査結果は、中国における高齢化問題に関する学術研究を促進するだけではなく、現実の政策立案の判断材料としても活用されています。政策の策定おび改善のための、より科学的な基礎研究として提供されています(http://charls.pku.edu.cn/en/)。

 CHARLSは、日本の研究者、院生、学部生も申請可能です。具体的な申請条件はURLをご参照ください(https://charls.charlsdata.com/users/sign_up/agreement/zh-cn.html)。

CHARLSデータには、高齢者の経済面、社会面および健康面に関する多様な情報が含まれているだけではありません。アメリカのHealth and Retirement Study(HRS)、欧州のSurvey of Health, Aging and Retirement in Europe(SHARE)、日本のJapanese Study of Aging and Retirement(JSTAR)といった調査との比較可能性を最大限維持するように設計されています。また、多国間の比較研究をより容易にするために「Harmonized CHARLS Dataset」を提供しています。

CHARLSデータの調査票は、高齢者個人の消費、仕事状況、資産、収入、健康状況、社会保障、ヘルスケア利用状況、血液検査データだけではなく、中高年世帯の経済状況、居住状況、家庭関係などの情報もカバーしています。高齢者個人に対する研究だけではなく、世帯研究にも適応しています。

出生数が老後の親のヘルスケア利用に与える因果効果

Xie, et al. (2023)では、農村部の高齢者を中心としたCHARLSサンプルを用いて、高齢者の世帯情報、個人の健康情報、ヘルスケア利用の情報を組み合わせることで、子どもの数が高齢者のヘルスケア利用に及ぼす因果効果と異質性を検証しました。

親の意思決定、健康状態、経済力および選好などが子どもの数に影響を与えると考えられます。これらの要因を制御せずに、単純に子どもの多い家庭と少ない家庭を直接に比較すると、子どもの数がヘルスケア利用に与える因果関係を誤って推定することになります。この問題を解決するために、われわれは「1.5人子政策」を実施した農村部における出産行動の内生性を考慮しながら操作変数法を用いて分析を行いました。他の代表的な論文は、CHARLSの公式サイト(http://charls.pku.edu.cn/en/Publications/English_Journal_Article.htm)で見ることができます。

また、Liu,Ma, and Zhao(2023)は2011年から2018年までのCHARLSデータを用いて、中国における介護保険が高齢者の消費に与える影響を検証した論文です。具体的には、各都市における介護保険の実施時期の違いを利用し、三重差分モデルを構築することによって介護保険が家計の健康のため以外の消費に与える因果効果を識別しています。

 CHARLSは調査の開始年が2011年であるため、それ以前の問題をカバーすることが難しいところはデータの限界といえるかもしれません。しかし都道府県レベルの都市を特定できるため、マクロ政策の関連データと組み合わせて政策評価を行いやすい点は貴重だと思います。さらにCHARLSは2014年の「中国居住者のライフコース調査」を実施しました。主要サンプルの中高齢者の職歴、婚姻状況、出産歴、健康歴などの情報を収集しているため、調査の対象年数の短さをある程度補うことができ、人生の初期過程や長期的な影響に関する研究を促進することができます。この意味でとても貴重です。

中国研究を志す学生には、「ビッグデータ時代、時代に乗り遅れず、ビッグデータに果敢に挑め」というメッセージを送りたいです。CHARLSの公式ウェブサイトには、質問票の設計、使い方の説明、すでに発表された論文など役立つ情報が掲載されているので、よく読んでおくことをお勧めします。またよくある質問を答えてくれる関連フォーラム、他国の姉妹データセットへのリンクなどもとても役に立ちますので、ぜひ活用してください。

参考文献:

Liu, H., Ma, J., & Zhao, L. (2023). Public long-term care insurance and consumption of elderly households: Evidence from China. Journal of Health Economics, 90, 102759.

Xie, M., Yin, T., Zhang, Y., Oshio, T. (2023). The Hidden Cost of Having More Children: The impact of fertility on the elderly’s healthcare utilization, RIETI Discussion Paper Series, April 2022 22-E-033

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