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Commentary

中国の家庭貯蓄行動などを追跡する金融調査
中国学へのミクロデータ活用法:社会調査データ編③

唐成
中央大学経済学部教授
連載
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中国では、急速な高齢化やそれに対応した年金制度が普及している中で、家計貯蓄率は依然として高い水準にある。筆者は中国家庭金融調査(CHFS)のデータを活用し、その要因を分析している(写真:ryanking999/PIXTA)

 多くの経済学研究者がCHFSデータを用いて、国内外の主要なジャーナルで論文を発表しています。私自身も家計貯蓄行動の研究の一貫として、「高齢化・高貯蓄率の謎」を解き明かすために、CHFSデータを用いて、年金や遺産動機(子どもに遺産を残したいという気持ち)が家計貯蓄率に与える影響を研究しました。

 中国の高齢化が進むと、遺産動機が高齢者世帯の貯蓄行動に影響を与えている可能性があると考えられます。そこで、2015年、2017年、2019年のCHFSデータから高齢者世帯を抽出し、遺産動機の強さに関する3つの指標を設定して、記述統計で観察しました。その結果、直感的に両者の間に関係があることを確認しました。

 そこで実証分析を行い、遺産動機が家計貯蓄率に与える影響を回帰分析や内生性問題を考慮した2SLS推定で検証し、遺産動機は高齢者世帯の貯蓄率を正に高める効果があることが明らかになりました。また、中国ならではの特徴を明らかにするために、都市と農村、資産水準、子の職業と教育水準などの観点から、遺産動機が異質性を持つ高齢者世帯への影響を掘り下げて分析しました。

 CHFSデータに基づくこれらの研究結果は、遺産動機が中国における「高齢化と高貯蓄率の謎」を解き明かすうえで重要な役割を果たしていることを示唆しています(詳細は『家計・企業の金融行動から見た中国経済――「高貯蓄率」と「過剰債務」のメカニズムの解明』有斐閣、2021年。また、日本のミクロデータも用い、遺産動機に関する日本との比較分析はTang et al.,(2022)”Bequest Motives and the Chinese Household Saving Puzzle.”Journal of Chinese Economic and Business Studiesを参照してください)。

重要性が増している「中国経済への深い理解」

 CHFSデータは、中国の家庭金融に関する最も包括的なデータベースの1つですが、筆者の経験上、データのいくつかの限界も指摘することができます。

 その1つは、家計の債務規模の過小評価です。実際の家計の債務規模は、CHFSデータで推計されるよりも大きいと考えられます。また、家計貯蓄率の推計値の一貫性に少し疑念を抱くこともあります。これらは、回答者が収入、資産、負債などに関する情報の記憶や自己申告による測定誤差により、不正確な回答をする可能性があるためと考えられます。データの課題を理解したうえで、データを解釈することが重要です。さらに、CHFSデータベースは複雑であるため、データクレンジングとデータセットの複雑性を理解することが重要です。そのため、根気よく取り組む必要があります。

 CHFSデータは、中国の家庭金融に関する最も包括的なデータベースです。しかし、多くの研究者が利用しているため、オリジナリティの高い研究成果を上げることは、ますます難しくなってきています。そのため、研究者は、既存の研究を踏まえたうえで、新たな仮説や分析方法を提案することで、オリジナリティの高い研究成果を上げることが求められています。新しい研究を行うためには、たとえば、既存の研究との比較や研究のコンテキストを理解すること、研究の目的や仮説を明確にすること、適切な計量経済学の分析手法を用いることで、信頼性の高い研究成果を導き出すこと、さらに、結果の解釈に注意を払うことで、研究成果の意義を明らかにすること、などを心がけることが重要です。

 厳しい米中対立が続く中、2022年現在、日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、第3位の投資先国であり、最多の日本企業の海外拠点を有するなど、中国経済は切っても切れない重要なパートナーです。そのため、中国経済をより深く理解することは、日本にとっても重要な課題です。中国のミクロデータベースを活用した実証研究は、中国経済に対する新たな洞察を提供するために重要なアプローチです。経済理論に基づき、適切な計量経済学の手法を用いることで、中国経済の現状や課題をより客観的に把握することができます。

 また、日本経済は中国経済の鏡であるという視点からも、両国のミクロデータベースを活用した比較分析は重要です。中国は、日本が経験してきたバブル崩壊と債務問題の克服や、現在日本が経験している少子高齢化への対応など、日本の経験から多くの教訓を学ぶことができます。

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