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Commentary

戸籍や政治的身分も調べる「中国総合社会調査」
中国学へのミクロデータ活用法:社会調査データ編①

厳善平
同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
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2003年から実施されている中国総合社会調査(CGSS)は、対象世帯の宗教・教育・政治的身分・戸籍・職業など700以上の項目を対面方式で調べる。調査結果を用いた研究成果も蓄積されつつある(写真:Dragon Images/PIXTA)
2003年から実施されている中国総合社会調査(CGSS)は、対象世帯の宗教・教育・政治的身分・戸籍・職業など700以上の項目を対面方式で調べる。調査結果を用いた研究成果も蓄積されつつある(写真:Dragon Images/PIXTA)

 CGSSの個票は各調査で1万程度にすぎませんが、調査対象は、社会調査の標準的な手続きに基づいて全国各地の都市と農村から抽出されています。そのため、データセットを解析して得られた事実発見をもって全国の状況を推測することは統計的に有意だけでなく、複数回の調査結果を比べて諸事象の経時的変化を観測することも可能です。これは特定の地域を対象とする一過性の調査にはないメリットであり、大きな魅力が感じられるところです。

 CGSSは専門的訓練を受けた調査員が質問紙に基づいて対面方式で実施し、回答者は対象世帯の18歳以上構成員からランダムに抽出された1人となっています。調査票は世帯員の基本属性から始まり、回答者の性別、生年、宗教、教育、政治的身分、戸籍、健康、就業、収入、職業、社会階層、社会保障、政治参加など社会、経済、政治、文化などの学術研究に資する豊富な項目に及んでいます。700以上にも上る調査項目の中に、客観的な状況を表す収入や職業のようなものもあれば、幸福感、階層帰属といった主観的な意識を表すものもあります。所得分配に重点を置くCHIP(China Household Income Project)、家計金融資産を主に調査するCHFS(China Household Finance Survey)に比べて、CGSSは社会各方面の総合的な情報収集に強みを有するといえます。

 たとえば、中国社会の特質を理解するのに、共産党員という政治的身分や、都市と農村を分断する戸籍制度に関する詳細な情報が欠かせないといわれますが、CGSSではそうした調査項目が最初から一貫して取り入れられています。実際、それらを用いた研究成果が蓄積されつつあります。アイディア次第ではCGSSの持つ可能性は非常に大きいのです。

データを用いて「中国における幸福感や公平感」を分析

 最新の統計によれば、CGSSを用いた学術論文は、中国語が4033本、英語が954本、博士・修士論文もそれぞれ1341本、123本に上ります。(2022年12月末)。中でも、幸福感、社会資本、人的資本、社会的信用、不平等、教育、生育意識といったキーワードに高い関心が集まっています(大学サロン第185期:中国大型学術調査二十年= https://m.youtube.com/channel/UChnTf6-SqrxZWafWNuIiNjA)。

 Wang et al.(2021)は、 CGSS2005-2015の計7回の調査データを用いて、中国における相対的福利貧困を測定し、幸福感に及ぼすその影響を計量的に分析しています(Measurement of relative welfare poverty and its impact on happiness in China: Evidence from CGSS, China Economic Review, 69)。また、朱赫・李昇(2023)は、CGSS2017を用いて情報技術の都市・農村間の所得格差や公平感に与える影響を明らかにしています(信息技術、城郷収入与公平感——基于CGSS数拠的実証研究、『社会学評論』第3期)。

 筆者もCGSSなどを解析し、中国社会の特質の解明に取り組んできました。具体的には、共産党員という政治的身分、戸籍の相違や農業戸籍から非農業戸籍への転換(農転非)、最終学歴およびその取得方法(正規か成人教育か)が、人々の就業選択、給与、昇進、階層移動にどのような役割を果たしたか、そのような役割が時間の経過とともにどのように変化したかについて、さまざまな角度から実証分析しています。それをとおして多くの興味深い事実が発見できました。

 たとえば、ほかの条件が同じ場合、一般人に比べて、共産党員という身分を持つ者は比較的高い給与を得ていますが、市場経済化が進むにつれ、そのような、いわば党員プレミアムが減少していきます。対照的に、人的資本を表す教育の収益率(受けた教育が1年増えたことによる給与の増加率)は市場経済化の深化に伴い、上がってきたことが明らかとなりました。こうした分析の背後には、市場化、国際化をモットーとする改革開放が進むにつれ、「党員身分のような政治的資本に代わり、生産性の向上に必要な人的資本の重要性が増すであろう」という仮説があります。

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