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Commentary

中国研究のカギは家計・企業の個別データにあり
「中国学へのミクロデータ活用法」の連載開始にあたって

伊藤亜聖
東京大学社会科学研究所准教授
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1990年代以降、細かな単位の社会調査や企業調査の結果が蓄積され、今や中国はミクロデータの宝庫だ。中国研究にそれらを活用する方法を本連載で伝授する(写真:freeangle/PIXTA)
1990年代以降、細かな単位の社会調査や企業調査の結果が蓄積され、今や中国はミクロデータの宝庫だ。中国研究にそれらを活用する方法を本連載で伝授する(写真:freeangle/PIXTA)

 過去数十年のスパンで見ると、中国に関わるデータを取り巻く環境は大きく変化してきました。少しだけ歴史的に振り返れば、1980年代に改革開放が本格化する以前の研究者はデータの制約を強く受けてきました。

 経済に着目して1つの例を挙げれば、嶋倉・中兼編(1980)は中国農村部で成立した社会主義の末端の仕組みである人民公社制度を明らかにするために、黒龍江省からの帰国孤児にインタビューして書かれたものでした。改革開放が本格化して以降は、『中国統計年鑑』を代表とする各種統計年鑑に掲載された公式統計が入手可能になりました。これらの数値は年ごと、地域ごと、産業ごとに集計されたデータですが、中国経済をマクロかつ分野ごとに検討するうえで基礎的な資料となりました(加藤, 1997; 中兼, 1998)。

 公式の統計指標の利用には吟味が必要ですが、それでも現在においても間違いなく最も重要な情報源となっています。公式統計に加えて、1980年代以降は、農村部や企業を中心に、現地訪問による量的・質的調査が数多く蓄積されてきました。

1990年代以降、蓄積されてきた個人・家計・企業のミクロデータ

 そして1990年代以降、ミクロデータが数多く蓄積されるようになりました。ここでいうミクロデータとは、個人、家計、企業といった個別の経済主体や、個別取引や個別新聞記事といった経済活動に関わる細かな単位のデータです。

 その代表は「Chinese Household Income Project (CHIP)」などの社会調査データで、これに加えて一部の企業データも利用可能となってきました。2000年代以降、こうしたデータを利用した所得格差や生産性に関する研究成果は国際学術誌のみならず、書籍として多数発表されており、中国経済研究の基盤の1つを成しているといえるでしょう(徐, 2014; Ma, 2018; 厳, 2021; 唐, 2021)。

 下の図1は、英語学術論文の要旨情報を用いて、中国経済に関する経済学の論文がどのようなデータと手法を用いているかをカウントし、論文全体に占める比率を示したものです。ミクロデータに関する研究は過去20年にわたって継続的に増えています。検索したキーワードは、本文末尾の注に記載したとおり、要旨情報にデータ名やデータレベルまで記載しない場合もあるため、実際にはさらに多くの論文がミクロデータを利用していると思われます。そして手法面では、近年、社会科学全般で因果関係を解明する研究、いわゆる因果推論が重視されており、それは中国経済研究においても例外ではありません。こうした因果推論の際にもミクロデータは力を発揮します。

図1 中国経済に関する論文のデータと手法
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